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品物に怨念が宿ることを知れば あなたは、今、着ている服も怖くなる。落合正幸 映画監督/脚本家

落合正幸映像作家

恐怖の図鑑「物に宿る恐怖」 橘外男『蒲団』より

強烈な衝撃を与えられる怪談小説やホラー映画に接した時、それの何が、ホラーとして
効率よく機能していたのかと考えます。
今回は、初読みした時の怖さが未だに抜けない、橘外男作品、『蒲団(ふとん)』を例に、文芸評論家の東雅夫さんと、その恐怖の正体について考えます。
この作品は、タイトルそのまま、蒲団に染み込んだ得体のしれない何かが巻き起こす怪異を描いたもので、回想形式で始まります。
ある日、古着屋の店主が、かなりの高級品である、青海(せいがい)模様の縮緬ちりめん蒲団を仕入れて来た。店主は、安値で値切り落としたと、自らの商才を自慢し、妻と息子は、これが店の価値をあげる目玉になると、目を輝かせる。しかし、その日から、店にはジメジメとした重い空気が立ち込め出し、客足は一気に冷めてしまう。そして、怪異が始まる。店主の妻と店員が火傷やケガを負う。特に店員の傷口は化膿して、指を落とすハメになった。

そんな、ある雨の降る夜、一人の芸妓が訪ねてくる。
店主の妻で、若旦那の母が応対した。その芸妓は、集会に出ていた主人が間もなく帰って来ると、わざわざ告げにくるような事ではないことを残し、傘もささずに雨の中に消えて行ったのだそうだ。若旦那は芸妓を見ていないのだが、その不気味な容姿を心の中で想い描いて怯える。
やがて、若旦那は嫁をもらい、売れ残ったままになっていた青海模様の蒲団で初夜を迎えた。すると、夜中に新妻が悲鳴を上げて飛び起きる。何が起きたのかと、若旦那は妻に問い質すと、妻は、血濡れた女が部屋に現れたのだと証言した。
若旦那は、この話の視点人物なのだが、彼は物語の最後まで、この不気味な存在である女を見ない。ただ、聴かされるばかりである。だが、それが大きな効果をもたらしている。若旦那は、負の妄想を膨らませ、それが読者の探究心とリンクして、読み進むうち、掴みどころのない不安の中に引き込まれる。

その後、恐怖体験から実家に戻りたいと言い出した新妻を、若旦那の母は、寝室を交換しようと提案して、思い留めさせようとする。そして母は、自ら青海模様の蒲団に入った。しかし・・・。若旦那が悲鳴を聴いたのが最後だった。母は蒲団に絡みつかれるような格好で、原因不明の死を遂げていた。
若旦那は何も見ていない。しかし、蒲団が怪異を起こしていると、若旦那が一番、確信していた。若旦那は、蒲団の正体を知るべく、蒲団の解体を試みる。すると、そこには、怨念が染み込んでいる事を証明する物が出て来た。その結末は小説でお楽しみください。

映像作家

日常に潜む不安を扱った、『世にも奇妙な物語』など、テレビ・映画で、恐怖を追求する作品を多く演出。アメリカ映画、『シャッター』を監督した折、固有の文化と歴史による恐怖感覚の違いを実感する。

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