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歌舞伎座で寺島しのぶの初日を見てきた!音羽屋の掛け声に涙

大木奈ハル子/ていない東京で小さく豊かに暮らす40代

10月2日が初日の『文七元結物語』を観てきました。
寺島しのぶが出演する(数十年ぶりに女性が歌舞伎座の舞台に立つ)、山田洋次監督が演出を手掛けるなど、話題性抜群の舞台です。

感想としては、予想をはるかにうまわる面白さでした。
特に主演の中村獅童がすばらしかった。
寺島しのぶもよかった。

話題性を重視して、寺島しのぶをもっとフィーチャーするのかと思っていましたが、過剰な演出はなく、あくまで主役は中村獅童でした。

寺島しのぶにかかる「音羽屋」の掛け声と温かい拍手に涙

寺島しのぶさんは、父は七代目尾上菊五郎、母は富司純子という芸能ファミリーの一員です。
祖父も弟も歌舞伎俳優という、歌舞伎家系に生まれた女性でもあります。

寺島さんの家系は、音羽屋(おとわや)という、歌舞伎役者の屋号があるのですが、「寺島しのぶさんは音羽屋の家系だけど女性だから、大向こうさん(客席から絶妙なタイミングで○○屋!と叫ぶ人のこと)から掛け声がかかるのだろうか?」というのが、気になっていました。

実際は、寺島さんが第一声を発した瞬間に間髪いれず、大きな声で「音羽屋」という声がかかり、会場がゆれるような拍手が起こりました。

歌舞伎座温かい。歌舞伎ファン温かい。女性が歌舞伎座の舞台に立つと言うこと、寺島しのぶさんが音羽屋ということが、肯定された歴史的な瞬間に立ち会えて、胸が熱くなり、涙が溢れました。

特にコアな歌舞伎ファンでもなく、寺島さんの作品は鑑賞していてファンではあるものの、ちょっと面白おかしく「見たくもないのに脱ぐ女」と独自のニックネームをつけたりしていたにも関わらず、めちゃ泣けました。

チラッと見ると、隣の席の女性もハンカチで目頭を押さえて泣いていました。私でも泣けるんだから、歌舞伎ファンはもっと感極まるものがあったのだと思います。

寺島さんに声をかけるために大向こうさんが大集合しているのか、感極まって普段は声をかけないファンも叫んでいるのか、この後もあちこちから「音羽屋」の声が飛び交っていました。

中村獅童演じるチャーミングなろくでなしは最高だった

『文七元結物語』は、江戸時代が舞台の人情もの。落語でも人気の演目です。

中村獅童演じる左官屋の長兵衛(ちょうべえ)は、腕は良いけれど酒とばくちで身を持ち崩した借金まみれのろくでなし。

寺島しのぶ演じるお兼(おかね)と夫婦喧嘩が絶えず、娘のお久(おひさ)はお金を工面するために自分で女郎屋に身を売るなど、現代の感覚で考えるとただただ迷惑な男でしかないのですが、とにかくかわいい。

山田洋次監督が演出を手がけているだけあり、長兵衛に寅さんのような、愛らしさやユーモラスがありました。手がけた映画『男はつらいよ』は、50作という超人気シリーズとなり、寅さんは国民的人気者になっただけあり、「憎みきれないろくでなし」を描かせたらピカイチなのです。

獅童さんは長兵衛をコミカルに快演(怪演?)。ろくでなしだけど、チャーミングな長兵衛に、会場は何度も笑いが起きていました。

獅童さんの、ロックが好きで(それもオジー・オズボーンとかハードなやつ)、サブカルも好きで(初音ミクと共演したりスパイダーマンのファンだったり)、最初の結婚は浮気でお騒がせとかもあってという、やんちゃなリアル人物像との相性もよく、はまり役でした。

間合いも絶妙で、寺島さん演じるお兼との丁々発止のやりとりの、リズミカルな小気味よさも絶品。一瞬間合いを置いて、獅童さんがときおり、はにかみながらセリフを言うところとか、もうかわいすぎた。リアル中村獅童が、長兵衛の役の合間から垣間見える瞬間がたまりません。

吉本新喜劇の「ごめんやしておくれやしてごめんやっしゃー」後のように、尻餅をついてひっくり返るようなシーンもあり、ドッと大きな笑い声や拍手があがっていました。

獅童さん主演で、次の山田洋次映画を撮ってほしいぐらい出来の良いろくでなしっぷりで、「ダメなヤツだな〜でも、かわいいな〜」と、獅童長兵衛にメロメロになってしまいました。

山田洋次監督の演出はさすが!初心者でも大いに楽しめた

歌舞伎と言えば、白塗りに派手な隈取りを書いて、大見得を切って「いよぉ〜〜」とか、昔の言い回しで何を言っているのかチンプンカンプン……というようなイメージを持つ方も多いかと思うのですが、今回の作品のような江戸時代が舞台のものは、だいたいほぼ何を言っているかわかります。

ほんの150年ほど前まで江戸時代だったので使っている言語が現代に近いんですよね。なので、通常の歌舞伎を観ていても9割ぐらいは何言ってるかわかるのですが、今作は完全に現代語にアレンジしてありました。江戸なまりの言い回しなどは使っているものの、通常の演劇と同じような感覚で見られるので、初心者でもまるごと楽しめるようになっています。

もともと山田洋次監督は、『文七元結物語』でも、十八代目中村勘三郎ともタッグを組んでいて、その時点ですでに誰にでもわかりやすい台詞まわしになっていたようなのですが(私は拝見できておらず……)、今回寺島さんの出演にあたり、歌舞伎的な時代を感じさせる言い回しがないことで、寺島さんが違和感なく馴染んで、作品の内容に集中できました。

舞台セットも美しく、歌舞伎らしさは損ないままに、長兵衛の長屋の屋根の組み方などは前衛芸術のようなおしゃれさもあり、まるで映画のセットのようでもあり。細部までこだわりを感じさせます。

そして何より、江戸時代の市井の人たちの人情をみごとに描かれていて、登場人物誰もが愛らしく生き生きとしていて、山田洋次監督作品の映画を観た後のような、心がポカポカする作品に仕上がっていました。

極上のホームコメディを観たなと。

心が暖かくなって、幸せな気持ちで歌舞伎座を後にしたのでした。

さいごに

歌舞伎の名門に生まれ、屈指の演技力を持ちながら、女だからと歌舞伎座の舞台に立てなかった寺島しのぶ。歌舞伎の家系ではあるものの、父親が歌舞伎俳優ではないため(子供の頃に廃業している)後ろ盾がなく、オーディションでテレビやドラマの端役から実力を認められ今の地位を得た苦労人である中村獅童。決して恵まれたスタートとはいえない、歌舞伎の業を背負った2人が、歌舞伎座の舞台の上の貧乏長屋で夫婦を演じている姿は、胸にグッとくるものがありました。

もちろん「そんなバックグラウンド興味ないわ」という方でも、「歌舞伎ようわからんわ」という方でも、誰もが楽しめる作品に山田洋次監督が仕上げてくれています。

10月8日には「情熱大陸」で寺島さんのドキュメンタリーが放映されるらしいので、気になる方は要チェックです。

歌舞伎座「錦秋十月大歌舞伎」は、2023年10月2日(月)から25日(水)までです。
一幕見席なら当日券もあるはずなので、興味のある方はぜひ。

歌舞伎座公式ホームページ

情熱大陸ホームページ

都心の小さな1Rで夫婦暮らし中の、ミドルシニア主婦です。日々のテーマは「ささやかな贅沢」と「遊び心のある節約」。

東京で小さく豊かに暮らす40代

朝メニュー愛好家。都心の小さな1Rで夫婦暮らし中。「ささやかな贅沢」と「遊び心のある節約」をテーマにグルメ・カルチャー・ライフスタイルなど雑多に発信しています。東洋経済オンラインにて「チェーン店最強のモーニングを探して」連載中。ブログ「せまいえ(1ルームで2人暮らし)」運営。著書に「台所図鑑」

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