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【河内長野市】そのシュールな姿はまるで黒い坊主頭!河内長野の岩湧山で、山焼き翌日に登ってきました

奥河内から情報発信奥河内地域文筆家(河内長野市・富田林市)

昨年の秋、ススキが綺麗ということで、河内長野最高峰の岩湧山に登りました。ところが一般の人と比べてあまりにも時間がかかってしまったことで、以降山登りからはしばらく遠ざかっていました。

昨年登頂したときの岩湧山山頂
昨年登頂したときの岩湧山山頂

しかし、今年に入ってセミナーに参加したときのこと。講師の先生が「4月の恒例となっている岩湧山の山焼きの当日は、お昼までは入れません。でも、その直後の山の頂上の様子はいつもと違って独特なものがあり、一度見てほしいです」とおっしゃったのです。

そのように言われると、私はやはり気になってしまいました。予定より1週間延期されて4月10日に実施された山焼きの翌日、つまり昨日のことですが、その様子を見ようと再び岩湧山に登ってきました。

山焼きが行われた10日(日曜日)のお昼前の岩湧山。この距離からでも見えていた山頂付近の茶色が消えています
山焼きが行われた10日(日曜日)のお昼前の岩湧山。この距離からでも見えていた山頂付近の茶色が消えています

岩湧山にかぎらず「春の山焼き」ですが、私のような素人から見ると山の枯れ草を焼いてしまえば熱で土の中の根までも焼かれて根絶やしにされそうなイメージがあります。

でも実際にはそうではなく、高熱で焼かれても土の中では生命が維持されていて、新しい芽を出すんですね。

むしろ、前世代の枯れ草があると太陽の光がさえぎられるので、意図的に焼くことで新しい芽の成長が良くなるといいます。これを初めて思いついた人のことを「すごい!」と感じざるを得ません。

今回は地図の赤線のルートを歩きました。前回は滝畑ダムから登って、そのまま東の紀見峠駅に行きましたが、今回は神納(こうの)バス停から舗装された道を四季彩館まで歩き、岩湧寺の上にある登山口から岩湧山を目指し、帰りは西の滝畑ダムに向かいました。

河内長野駅から神納行きのバスに乗りました。

神納バス停に到着。ここから登山口のある四季彩館まで、舗装道路を片道徒歩90分歩かないといけないと聞いたので、前回はそのルートを避けましたが、今回はこのルートで登ることにしました。

バス停の横にはトイレがあるので、ここで済ませておいたほうが無難です。こうして舗装された道路を4.7キロメートル歩くところからスタートしました。

舗装道路を歩き始めます。個人的なことですが最近は西高野街道天野街道を歩いたり、小深バス停から石見川の行者湧水まで歩いたりするなど、舗装道路を歩くことにもずいぶん慣れてきました。

ここは加賀田地区ですが、加賀田川の水もきれいですね。

途中でこのような石碑を発見。この石碑「名勝 岩湧山」は1938(昭和13)年に大阪府古文化記念物等保存顕彰規則により指定されたものを記念して設置されたもののようです。

岩湧の森に入りました。ただここから四季彩館や岩湧山登山口はまだまだ先です。

岩湧の森には合計6ヵ所の駐車場があります。数字が小さいほど上にあるので、登山や四季彩館などに行くのに大変便利。なので、休日などのシーズン中は、数字の小さい駐車場は早い者勝ちなのでしょう。

いちばん上にある第一駐車場を越えてしばらく行くと木の階段があります。この上に四季彩館があるようですね。

岩湧の森四季彩館です。私は昨日月曜日に行きましたので、月・火曜日が定休日の四季彩館は閉まっていました。今回は登山がメインなので、また後日空いているときにじっくりと見たいなと思いました。

外のテラスは閉まっているときでも自由に使えるので、ここで軽い朝食を取りました。そのほか車は駐車場から歩かないといけませんが、自転車やバイクならこの四季彩館のすぐ目の前まで上がってこれます。

四季彩館の上にあるのが岩湧寺です。隣にある多宝塔は改修中。今年(令和4年)8月に終わる予定なので、それ以降に改めて新しくなった岩湧寺に参拝しましょう。

岩湧寺の上に林道が通じており、そこからいよいよ岩湧山に向かう登山口がありました。

登山口はふたつから選択できます。近道だけど急な階段が続く「きゅうざかの道(右側)」と、距離はありますが緩やかな道とされ、山頂まで少し時間がかかる「いわわきの道(左側)」です。

もちろん私はきゅうざかの道ではなく、いわわきの道を選びました。

緩やかな道とありますが、このように路肩が危険なところが時折あるので、歩くのに注意が必要です。

しばらく歩くと展望デッキに着きました。ここでは湧水も汲めるので、少し水を補充しました。また「ぎょうじゃの道」というルートともここで合流しています。

展望デッキからの眺めです。よく見ると左上(赤で囲ったところ)にPLの塔こと大平和祈念塔が見えました。

さらに歩くと、ダイヤモンドトレール(ダイトレ)の道と合流しました。ここからは前回歩いたのと同じ道を、逆方向に歩きます。

ついに東峰まで来ました。ここまで来ると西峰(岩湧山山頂)もあとわずかですね。

山頂トイレでトイレを済ませて歩くと、いよいよ山頂が見えてきました。そして美しい茶色いススキとは全く違う、シュールな黒い坊主頭をした山肌も。

いよいよ山頂に向けてラストスパート。昨年登った時とは全く違う光景に息をのむ思いです。

山焼きの翌日だったこともあり、まだ焦げた匂いが漂っていました。

綺麗なススキで囲まれた岩湧山も好きですが、山焼き直後の、黒い坊主頭の岩湧山も良いですね。何が良いかと言えばとにかく視界が広いこと。

いつもなら結構な高さまで育っているススキに邪魔をされて見えないような山頂付近がこの位置からはっきり見えるのは非常に貴重な瞬間かもしれません。

最高峰地点に来ました。

この最高峰の地点から、少し先の広場の地点が見えます。どこかの婦人会?らしき人たちが、お弁当を食べている姿が見えるのもこのときだからでしょう。

お弁当の広場まで来ました。広場そのものはススキがないから焼かれていませんが、周囲は黒い世界。

ベンチのすぐ目の前が黒焦げ。山焼きの最中に登山客の立ち入りを禁止している理由がうなづけます。

この広場で休憩しながら先ほど通った道をみると、やはり普段は見えない登山客の姿が良く見えました。

さて、山頂から西に進みます。この尾根伝いに滝畑ダムを目指しましょう。

前回の登山でいよいよ山頂のススキが見えてきたというところで、私は非常につらい思いをしました。

そのときはススキの美しさに隠れて気づきませんでしたが、その辛かった意味がようやくわかりました。ここは本当に急坂で、心臓破りの坂とでも例えたくなりそうです。

黒い坊主頭となったススキ地帯を抜け、いつもの山の中を進みます。

高圧鉄塔の下を通ります。ここは前回もはっきり覚えています。

この幻想的な木々の姿。いつか切り倒して、おおさか河内材として使うものでしょうか?この光景も前回見たので懐かしいです。

下りが延々と続きますが、山頂から4キロメートルの距離とあってなかなか登山口には行けません。

でも多くの人は、どんどん私を追い抜いていきます。中には私が乗る予定にしていたバスよりも2時間も早いバスに乗るために追い越した人もいました。

ここはカキザコといわれているところで、滝畑の登山口まであとわずかのところ。道標が倒されていたので、一瞬道を間違え掛けました。注意してください。

最後の急なくだりをゆっくりと降りて、林道まで出てきました。もうすぐゴールです。

ついにゴールしました。隣にはトイレや売店、駐車場があるところです。

こうして滝畑ダムバス停からバスに乗り、河内長野駅に帰りました。

前回と比べて2回目で慣れていたこと、さまざまな街道等、歩く機会が増えていたこと、あるいは今回はトレッキングポールを用意したことが幸いし、前回と比べると非常に早い道中でした。

岩湧山は11月のススキが美しい時がおすすめですが、もうひとつ4月の山焼き直後もおすすめ。年に2回はこの山に登らないといけませんね。

岩湧山
住所:大阪府河内長野市滝畑 
アクセス:南海・近鉄河内長野駅からバス 
     神納バス停から四季彩館経由で 徒歩180分以上
     滝畑ダムバス停から 徒歩120分以上 (いずれも個人差による)

奥河内地域文筆家(河内長野市・富田林市)

河内長野市の別名「奥河内」は、周囲を山に囲まれ3種類の日本遺産に登録されるほど、歴史文化的スポットがたくさんある地域です。それに加えて、都心である大阪市中心部に乗り換えなしで行ける複数の大手私鉄(南海・近鉄)と直結していることから、新興住宅団地が多数造成されており、地元にはおしゃれな名店や評判の良い店なども数多くあります。そして隣接する富田林市もまた、歴史文化が色濃く残る地域。また南河内地区の中核都市として、行政系施設が集まっています。これを機会に、奥河内(一部南河内含む)地域に住んでいる人たちのお役に立つ情報を提供していければと考えています。どうぞよろしくお願いします。

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