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千年先も震災を語り継ぐ庭を―建設費4億…73歳、孤高の庭師が10年かけて挑む鎮魂の境地 #知り続ける

大西達也

ディレクター

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京都の建仁寺や高台寺の庭を守り、海外のセレブからも作庭の依頼が舞い込む北山安夫さん(73)は、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」で日本庭園の監修もした日本を代表する庭師だ。「孤高の庭師」とも呼ばれる北山さんの心にあり続けるのが、2011年の東日本大震災のことだ。「犠牲者への追悼する気持ちを持ち続けている人はどれだけいるのだろう」。こう考えた北山さんは、町ごと流され、1700人以上の犠牲者を出した岩手県陸前高田市の広大な空き地に「鎮魂の庭」をつくることを決意する。作庭に着手しようとした矢先、現場の事故で生死の境をさまよい、自らの命に向き合った北山さんが、どんな庭を、どのような想いで作り上げるのか。これから4億円もの費用を集め、10年がかりで進めるという創作過程をたどった。

・亡くなった人たちを忘れていなかったか……
大学時代に野球部に所属していた北山さんは、選手として将来を嘱望されていたが、けがのため断念。母親が家業の植木屋を継いでほしいと強く願ったため、庭師の世界へ。普通ならば10年近く修行しなければかなわない独立を、「自分の思い描く庭が作りたい」とたった4年で成し遂げた。ついたあだ名が「孤高の庭師」。その腕の確かさが認められ、豊臣秀吉の正室である北政所が、秀吉の冥福を祈るため建立した高台寺の庭の修復と管理を任された。さらに北山さんの名を世に広めたのは、2005年に京都最古の禅寺・建仁寺で作庭した「潮音庭」が、360度どの角度から見ても美しいと評判になったことによる。現在、高台寺を含む6つの庭の管理に加えて、5つの庭を作庭中だ。庭師の仕事は庭をデザインし、石を立て、樹木を植えて庭を作ることだけではない。庭掃除から樹木の健康診断、コケの色づきまで、庭園の保守管理すべてにわたる。365日間、休みはない。

2012年、ロンドンのホーランドパークにある日本庭園では、オリンピック開催記念として、大震災で亡くなった人々へ捧げる植樹をしていた。庭園の修復のため現地を訪れていた北山さんは、その様子を見て「あの惨事を覚えていても、犠牲者への追悼する気持ちを持ち続けている人はどれだけいるのだろう」と感じたという。「自分も何かできないだろうか」と考えるようになったのは、それからだ。

震災から10年のひと区切りは過ぎた。政府はこの10年あまりの間に32兆円もの復興予算を費やし、土地のカサ上げ、巨大な防波堤や仮設住宅の建設などを進めてきた。一方、仙台市に拠点を置く河北新報が被災者を対象とした2022年のアンケート調査によれば、75%近くが「震災の風化を感じる」と答えている。こうした現状から、北山さんは「もちろん生き残った人へは手厚い手当ては必要だが、亡くなった人たちのことを忘れていないか」と感じるようになったという。そんな思いが、自身の全てを注ぎ込んで「犠牲者に捧げる鎮魂の庭をつくる」決意につながった。

・神仏と人をつなげる日本庭園
日本の庭園文化は、6世紀の仏教伝来とともに始まったと言われる。その美しさだけではなく、仏教の修行の場として重視されていたとされる日本庭園は、長い年月をかけて日本の自然信仰とも結びつく。北山さんが考える「鎮魂の庭」のモデルには岩手県・平泉の毛越寺庭園がある。庭園の原型はおよそ千年前にでき、平安時代初期には完成したとされる。戦乱や疫病で亡くなった人々を癒やす「浄土の庭」だ。「何気ない姿。優しい気配、神仏の世界を感じる」という北山さんは、「鎮魂の庭」もこれから千年にわたり、大震災の犠牲者を慰める毛越寺庭園のような存在になってほしいと考えている。

・乗り越えるべき「壁」
岩手県陸前高田市では、1700人以上が津波の犠牲となった。北山さんが「鎮魂の庭」を作る場所を探していることを知った市は、2021年2月に震災で空き地になった3000坪弱の土地の提供を申し出た。もともとは陸前高田の「肝いり」と呼ばれた地域のまとめ役・吉田家の屋敷があった土地だ。1802年に建てられた屋敷は、地元の人々にとっては「自分たちの大切な歴史そのもの」だといってもいい。震災で流されてしまい、「拠り所」を失った地域の人たちの喪失感は大きかったという。そこに持ち上がったのが、これから千年続く庭を作るという計画だ。「自分たちの歴史を、またこれから作っていく」「震災で離れていった人々が、再び戻ってくるかもしれない」。地元には、こんな期待もあるという。

想定される資金は4億円。北山さんは2019年に財団を作り、クラウドファンディングも利用し資金を調達しようとしている。陸前高田市も、「ふるさと納税の企業版」を利用して資金援助ができないか検討しているという。

北山さんと京都の弟子たちが担う作庭には、10年かかる見通しだ。ただ、「本当の完成」には、それから最低でも30年はかかるという。「樹木を根付かせ、石をその土地に落ち着かせ、時間をかけて面倒を見て、育てていかなくてはならない」からだ。だから日本庭園は「生き物」なのだと北山さんはいう。

「たとえ完成する前に私が死んでしまっても、弟子が、遺族が、地元の人々が、途中で諦めないと思う。かつて命のあふれていた陸前高田の地に『新しい命』が芽生えるのだから」

資金調達や職人の手配、さらには京都から遠く離れた地での維持管理。目の前に立ちふさがる数々の問題は、情熱で乗り越えていく。それによりこの庭に関わる人々は強く結ばれていくと、北山さんは信じている。

・千年続く庭になってほしい
北山さんが作ろうとしているのは、こんな庭だ。

「大きな池の周りには、人がぐるりと歩ける道をつくり、休憩できる場所をたくさん点在させる。そうすることで、皆が集い、語らう場所になる。ここはただ鑑賞するだけの庭園にはしない」

「『皆』とは生きているものと、亡くなったもののこと。『語らう』とは人と人との会話はもちろん、犠牲者と今生きている人との『声のない心の対話』のことだ」

北山さんは「鎮魂の庭」づくりを決意した翌年の2013年、作庭中に高さ10m近くの石垣からクレーンごと転落し、生死をさまよう大けがを負った。それが命や鎮魂への思索を深め、「鎮魂の庭」への思いをさらに強めたという。ただ、その後に重い心臓病を患ったこともあり、庭造りへの着手は遅れている。

73歳になった北山さんにとって、10年後の完成を目指すことが自分の夢であり、自身の最後の大仕事になると語る。「この鎮魂の庭は作品ではなく、人々の思いが形になったものだ。だからそれは人の心の中で生き続けるはずだ。それがずっとつながっていけば、きっと千年続く庭になると思う」

受賞歴

Tokyo Docs 2017
企画ピッチ優秀賞
「Tokyo Nofilter」

Tokyo Docs 2021
Short Documentary Showcase
優秀作品賞/FreshPitch賞
「A Garden Master]

クレジット

演出/撮影/編集
大西 達也

プロデューサー
前夷 里枝

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