Yahoo!ニュース

「若い子たちにどう響かせれば」お坊さんの熱き“法話バトル” 新たな旋風を巻き起こすか

小野さやかドキュメンタリー作家

お坊さんたちが全国から集まり、法話の腕を競いあう「H1法話グランプリ2021」が2021年10月に奈良県で開催された。全国規模での開催は初めてのことだった。チケットは完売し、宗派を超えた“法話バトル”が多くの観客を引きつけた。愛知県養寿寺の住職・畔柳優世さんは、古くから伝わる「絵解き地獄絵」を披露。「お坊さんはある意味、評価されない職業。そんな私たちが審査されるのは仏教界に起きた革命」。信者数の減少などさまざまな問題を抱える仏教界で、法話は新たな旋風を巻き起こすか。

●仏教界の新たな挑戦は“法話バトル”

文化庁の『宗教年鑑』によると、平成の30年間で仏教信者は約8647万人から約4724万人へ減少した。戒名やお墓・仏壇を持たない人々の増加、檀家離れなど、さまざまな要因が考えられる。この状況を打破しようと、若い僧侶たちが企画した「H1 法話グランプリ2021」が2021年10月30日、なら100年会館にて開催された。

「H1法話グランプリ」は日本一の若手漫才師を決める「M-1グランプリ」に対抗して名づけられ、法話日本一のお坊さんを決める大会である。参加資格は、全日本仏教会に加盟する宗派、教会、団体に所属する45歳以下の僧侶であること。制限時間10分で法話を展開し、観客760人と審査員が「また会いたい」と思える優勝者を決定する。審査員は釈徹宗(浄土真宗本願寺派如来寺住職・相愛大学人文学部教授)、いとうせいこう(アーティスト)、Gotch 後藤正文(ミュージシャン)など。

今回、初めて全国規模で公募し、選考会を経て、本戦出場者8組9名の熱い法話バトルが繰り広げられた。

●法話は人々に信仰を伝えるための最強の武器

愛知県西尾市にある、浄土宗西山深草派の養寿寺。29代目住職・畔柳優世(くろやなぎ ゆうせ)さん(43)は、今回の参加者の一人だ。

畔柳さんは、仏教とは縁遠い育ちだった。実家には仏壇がなく、キリスト教系の高校出身。ところが、龍谷大学法学部政治学科に通い、オーケストラサークルで養寿寺の長女と出会う。

長女が、養寿寺の跡継ぎに畔柳さんを選んだのは「これからの時代は、人でお寺を選ぶ時代だと思った。サークルで団長をしながら友人からの人望も厚く、説得力のある話し方に惹かれた」

28歳で結婚、仏の道へ。それから布教講習所で7年にわたり、古くから浄土宗西山深草派で引き継がれてきた「五段法」に基づく法話の型を学ぶ。五段法は、「讃題」「法説」「比喩」「因縁」「結勧」という5つからなる。畔柳さんはこう説明する。

「まずは、お経の言葉を引用して、解説があり、楽しいたとえ話をして、少し長めのエピソードトークがあって、南無阿弥陀仏のお念仏を唱えてもらえるように終わる構成です」

「はじめしんみり中おかしく、終わり尊く」といわれている方法だ。

「妻から、説教師さんを呼ぶとお布施や交通費がかかるから、あなたがやりなさい、と言われて。経費削減は人件費から。すごい経営感覚やな、と思いました」

行事のたびに法話を披露し、法話の型を身につけた畔柳さん。その甲斐あって、法話グランプリの予選を突破した。今回参加したのは、「『五段法』が、令和の時代に通用するのか証明したい」という思いからだった。

畔柳さんは「五段法」にさらなる“武器”を加えた。「地獄絵」を用いた「絵解き」だ。絵解きとは、仏画や絵巻物を使って法話をすることである。

畔柳さんは、養寿寺20代目住職・恭翁上人が描いた「往生要集図(地獄絵)」が、お寺の襖奥に仕舞いこまれているのを発見。これをいつか法話で使いたいという一心で絵解きの方法論を学んだ。畔柳さんは言う。

「どんなに話芸があっても、仏教を知らない人に地獄の話をしたところでピンとこない。絵を見れば、閻魔大王はどんな顔をしているのか、三途の川をどう渡るのか、閻魔大王の前で嘘をついたらどうなるのかがイメージできる。絵解きは、パワーポイントを使ったプレゼンのようなものです。今回の法話は、地獄絵を使った死後セミナー。悪いことをしたら地獄へ行きますよ、とビビらせて、聴衆に信仰心を持ってもらう。地獄はそのための方便です」

その昔、愛知県三河・尾張地方では絵解きが盛んだった。浄土宗西山深草派では「往生要集図(地獄絵)」と「当麻曼荼羅(極楽浄土)」を並べた絵解きが伝統とされてきた。今ではその方法を引き継ぐものがいないため、畔柳さんは復活させたいと考えている。

「昔々、何もないところからお布施を集めて、お寺を建てたお坊さんたちは、話がうまかったに違いない。法話を使いこなせるようになれば、人々に信仰を伝えるための最強の武器になる」

しかし、畔柳さんの法話は、審査員間で評が割れた。

「地獄に対する想像力みたいなものが、いまを生きる僕たちにとって慎ましく豊かな日々の力になっていくのでしょうか。現代の地獄以上の何かをアニメや作品の中でみている若者たちに、どう響かせれば良いのかなって少しだけ考えました」(アジアン・カンフー・ジェネレーションの後藤正文さん)

「何年か前にこのままでは生き地獄だ。と自死したお子さんがおられました。まさにいま、地獄を感じている方に、声をかけるとしたら、どんな言葉をかけられるでしょうか」(審査委員長の釈徹宗さん)

畔柳さんは釈徹宗さんの問いにこう答えた。

「人は一人で生きていますが、信仰心があると、いつも仏様と居るという心持ちがあるので、どんな時も超えられる。わたしはそのことを伝えたい」

●法話に勝敗は必要か

近代の話芸の歴史を紐解くと、法話とお笑いのルーツでもある伝統芸能は、切り離せない関係にあったことが分かる。

関山和夫著『説教の歴史的研究』では、「日本の話し方技術の伝統は説教によって主流が占められ、その方法から落語・講談・浪曲などの話芸が生まれた」とある。

さらに関山和夫著『庶民芸能と仏教』には「その昔の説教者たちの威勢は物凄く(中略)浄瑠璃語り、講釈師、噺家、浪曲家と同様、もしくはそれを上回るほどの人気があった」と書かれている。数百の持ちネタを持つ者も居て、二里も三里も離れた場所から信者(ファン)たちがやってきたのだそう。

今大会で闘う8組9名は、各々宗派で伝わる法話の型やスタイルを用いて、信仰を広げる役割を持つ。そこに話芸に優劣をつけるという仕掛けを組み込んだ理由を、法話グランプリ実行委員長の雲井雄善さんに聞いてみた。

「いろんなものがないまぜになってよく分からない感情で向き合っています。本来、法話に順位とかない。投票した人にとってはその人がチャンピオン。だけどこういう形でないと思いが盛り上がっていかない。元は仏様のお話から始まっているので、私たちは仏さまと聴衆のお取り次ぎになる。全員が本当に尊くて、一番だと思いました」

観客席には、仏教とは普段縁がない、審査員のファンという若者も訪れていた。

コロナで人との触れ合いが断絶し、閉塞した時代。傾聴するという時間が、私たちにもたらす安心について考えさせられた。

法話グランプリは2年後に再び開催予定。新しい船出が始まったばかりだ。

H1法話グランプリHP
https://www.houwagrandprix.com/

クレジット

演出・編集 小野 さやか

撮影 井上 裕太

MA 西山 秀明

プロデューサー 新津 総子

映像提供 毎日新聞社

取材協力 H1法話グランプリ2021

編集協力 金川 雄策 井出 麻里子

技術協力 104 co ltd

製作 ドキュメンタリージャパン

ドキュメンタリー作家

1984年 愛媛県生まれ。日本映画学校の卒業製作作品として自身と家族を被写体にその関係を鮮烈に描いた長編ドキュメンタリー映画『アヒルの子』監督。HOTDOCS国際ドキュメンタリー映画祭(カナダ)、シャドードキュメンタリー映画祭(オランダ)、ニッポン・コネクション(ドイツ)など国内外の映画祭に招待される。フジテレビNONFIXにて原発反対を歌うアイドルたちの心の揺れを描いた『原発アイドル』 (2012)、セクシャリティを超えた恋愛映画『恋とボルバキア』(2017)、 東日本大震災後に訪れた四国遍路の記録『短編集さりゆくもの 』の一篇として「八十八ヶ所巡礼」(2021) など。

小野さやかの最近の記事