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加害者臨床から見る痴漢加害者の人物像は四大卒、会社員、妻子あり、痴漢目撃時に勇気がなくてもできること

おりえ総合危機管理アドバイザー三沢おりえ/防犯・防災・護身術

加害者臨床から見る痴漢加害者の人物像は四大卒、会社員、妻子あり。もしも、痴漢を目

撃した時に勇気がなくてもあなたができること。

第一章が【四大卒、会社員、妻子ありー痴漢はどういう人間か。第二章のタイトルは【多くの痴漢は勃起していないー加害行為に及ぶ動機】

日本初、痴漢の実態を明らかにした一般向けの書籍である通称「痴漢本」。2017年に出版され、そのセンセーショナルな内容が話題になった『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)。

第一章が【四大卒、会社員、妻子ありー痴漢はどういう人間か。第二章のタイトルは【多くの痴漢は勃起していないー加害行為に及ぶ動機】このタイトルだけでも、自分が思っていた痴漢像とその行為のイメージに大きなギャップを感じる人も多いのではないでしょうか?

本の中では、これらはあくまでもクリニックに治療に来る患者統計から算出したデータと記載はあります。(中には法務省がまとめた犯罪白書からの抜粋もありますので大きな相違はないかと思います)

痴漢行為や性犯罪の加害行為を実際行った加害者については、私も防犯セミナーなど様々な場所で女性の声やお子様を心配されるお父様などの意見を伺った時に、一般的に加害者は「欲求不満で女性に相手にされないタイプ」、痴漢行為の理由は「性欲解消のために」などイメージされている方が多いような印象を受けますので、痴漢加害者200名の聞き取り調査で約5割が痴漢行為中に勃起していないとの回答があったこともおそらく驚かれる方が多いのではないでしょうか?そこには痴漢=性欲解消、以外にストレス解消、達成感や優越感など複合的な快楽が凝縮した行為が「痴漢の実態」なのです。

緊急事態宣言も解除され、通勤通学の混雑もお酒の席やイベントなども徐々に戻りつつある現在、人手の増えるタイミングで満員電車内での痴漢行為も増えるのではと懸念されます。

そこで改めて痴漢問題にスポットを当ててみたいと思い、前回の『盗撮をやめられない男たち』(扶桑社)のコラムに引き続き、今回も2000人以上の性犯罪加害者の治療に日本で先駆的に取り組んできた『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)の著者であり、大船榎本クリニック精神保健福祉部長で精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳先生にインタビューさせていただきました。

痴漢本の出版による世間の認識の変化

――2017年にこの本が発売され、痴漢に対する世間の認識が覆されたのではと思いますが、痴漢の半数が「4大卒・会社員・妻子あり」また治療している200人への聞き取りにより痴漢の多くは勃起をしていない(もちろんしている人もいますが)、また痴漢の多くは依存症である、というセンセーショナルな内容に「痴漢」に対しての捉え方が大きく変化したり、世の中が「痴漢」に対して真剣に向き合い始めたのがこの本から始まったのではないかと私は感じていますが、いかがでしょうか。

斉藤氏

この本の出版後、原田先生の『痴漢外来』(ちくま新書)、牧野先生の『痴漢とは何か』(エトセトラブックス)など新たに痴漢に関する書籍が発売されたりと、世の中の痴漢に対する認識が確実に変わってきたなと思います。また性的な逸脱行動を繰り返している人たちに対して治療が必要なんだ、行動変容のための治療しなければまた繰り返してしまうんだという「痴漢に対して刑罰だけではなく治療による再発防止という方向性がある事」を示し、「治療をしなければまた繰り返す」という事を示した本であると思っています。

―確かに痴漢や性暴力に対しての認識や考え方、助けてと声を上げることは恥ずかしくない事など、この本が出版されてからじわじわ滲むように世の中に浸透してきた気がします。

斉藤氏

そんな中、我々は15年前から日本で先駆的に性犯罪加害者の再発防止プログラムを実施していますが、それだけではこの問題は解決していきません。もちろん、目の前の一人の加害者の再犯防止はもちろん大事です。一方で、彼らはこの日本社会の中で痴漢になっていったのです。我々の社会の中にある、前提となっている価値観を変えていかない限り、性犯罪は減っていきません。

クリニックに治療に来る人たちは氷山の一角です。加害者は被害者の泣き寝入りを期待し、行動変容をしようと思わない人たちが大多数です。クリニックに通院している人たちの行動変容だけ取り組んでも、例えばこのインタビューのこの瞬間もどこかで性犯罪が起きているのが現実です。

――ええ、確かに。では今後どうすれば痴漢行為が無くなっていくとお考えですか?

斉藤氏

日本の社会の根っこにある認識を変えていくアプローチをしないと変わっていかない。前提となっている古い価値観、いわゆるまだまだ根強く残る男尊女卑の感覚を変えていかなければならないと思っています。男性優位社会の中に脈々と受け継がれている男尊女卑的な価値観。ソーシャルアクションとして、社会の価値観の認識を変えていく方向と、目の前に来た加害者の行動変容と、この問題はこの双方向から同時に取り組んでいかないといけないわけです。

見て見ぬふりをする人々はすでに痴漢という加害行為に加担している

――ではこれからは社会の価値観や認識などを大きく変えていくのが課題だと?

斉藤氏

痴漢に対しての認識は痴漢の加害者と被害者だけではなく周囲で見て見ぬふりをしている当事者性のない第三者の認識をアップデートしていく必要があります。この人たちは実は間接的に痴漢にかかわっているのです。わかりますでしょうか?

見て見ぬふりをしている人たち、これは「見て見ぬふりをしている」という事で、すでに痴漢行為にかかわっている事になるのです。見て見ぬふりをしていることで最も得をするのは誰か?という問いを考えれば、第三者にも違った景色が見えてきます。

――なるほど。

斉藤氏

加害行為をしている加害者と被害を受けている被害者。それだけではなく周囲を取り巻く第三者、いわゆるサイレントマジョリティへのアプローチが必要だと考えます。

また、痴漢に限らずセクハラであったり性暴力を見て見ぬふりをする人。これも当事者性のない第三者ですが、彼らへのアプローチをどうするかが次のフェーズであり、その人たちの認識を変えるためのメッセージが世の中にどう伝わり、浸透していくかがこれからの課題だと考えています。

誰が得をするのか?について考えなければいけない

斉藤氏

実は痴漢行為を目撃した時、声を上げない事で間接的に加害行為に加担していることになります。もう一度言いますが、見て見ぬふりをして誰が一番得をするのか?よく考えて欲しいです。関わらない事で自分は関係ないと思っている時点で、実は間接的に痴漢行為に加担しているわけです。この認識が社会の当たり前の価値観になっていけば確実に変わってきます。

――確かに見ないふりをしている事は加害行為を知っていて黙認しているわけですからね。

このような考え方は早期に、例えば学校教育等でも倫理や道徳の常識問題として取り上げていただきたいと思いますね。

大丈夫?の三文字でも状況は変えられる

斉藤氏

今後は「もしかして被害に遭っているかも?」と思われる人がいたら声をかける。加害者を捕まえると思うとハードルが高くて勇気が出ない人が多いですが、できなければまずはハードルを下げて被害者に声をかけるだけでもいいのです。「大丈夫?」このたった漢字3文字だけで状況が変わることがあります。もちろん勇気のある人は加害者に対しても物理的に介入して欲しいとは思いますが、誰もが必ず対応できるとは限らない、だけど声かけならどうでしょうか?

――なるほどこれは新しい考え方ですね。加害者の手をつかまえる事だけが正義や助ける事ではないわけですね? 

斉藤氏

はい、一番怖いのは周囲が黙認して加害者が透明人間になる事です。被害者に痴漢被害のヒアリングをすると犯人の顔は怖くてよく覚えていないけれど色でいうと「黒」という答えが返ってきます

――これはメンタルとしての認識ですか?

斉藤氏

いいえ違います。これはスーツや靴や鞄などサラリーマンの色のイメージです。ビジネスバックとか、通勤時間のサラリーマンの色で加害者は景色と一体化し、加害行為を繰り返しても、誰もが見ぬふりをしていたらそのまま透明人間になる。本当はこれを景色のままにしてはいけない、透明人間にしてはいけない。

だからこそ声掛けなど、周りが見ているんだぞ!という空気を作っていく。女性や子どもたち等、弱い立場の者同士だけではなく権限や権力をもっている人たち、例えば電車内ではマジョリティー側である男性も見て見ぬふりをせずに率先して声があげられない側につくことが大切だと思います。

―なるほど、おかしいと思ったら「大丈夫ですか?」と声をかける、日常の痴漢行為が行われる中でそれが増えるだけでもかなり変わってくるでしょうね。

被害者と加害者の見えている世界の違い

斉藤氏

私は職業柄、被害者の見ている現実を知るために男性と女性では見えている世界が違う事を常に意識しています。実際に体験はできないので、あくまでも想像の範囲を超えるわけではないのですが、身長差や体重差、満員の時に押されたり挟まれたり、たとえば背が低くて華奢な中学生や高校生など被害に遭う可能性が高い側から見ている景色が、一般的な成人男性の体格を持つ人たちとは圧倒的に違うと感じています。そうやって強い立場の側が少し見方を変えて相手の目線や見えている世界を想像することによって意識を変える事もできるのではないかと思います。

――なるほど、想像力ですか。では、例えば現在VRなどの開発も進んできていて、地震体験や交通整備、消火活動など様々な臨場感を体験できます。そこで、痴漢をされる側、被害者側の目線等の体験などのパターンが開発されて体験できるとしたら、それは痴漢抑止に効果的だと思いますか?それとも痴漢は痴漢行為のあるアダルトビデオなども誘発の原因になっていると思いますが、この被害者側の体験VRなどがあれば反って痴漢行為を煽ることになると思いますか?

斉藤氏

この場合、被害者側の見えている世界の体験は痴漢抑止に効果があると思います。例えばクリニックでは「被害者と加害者の対話」というプログラムを行っています。そこでは元被害者の方の生の体験談や被害のその後について聞き、目の当たりにすると加害者は皆一律に表情がなくなります。これを私たちはアニメ「千と千尋の神隠し」のカオナシにちなんで「のっぺらぼう現象」と呼んでいるのですが、なんでこんな鮮やかに表情がなくなるのだろうかと考えてみて考察すると

1)自己防衛:直視すると辛すぎるためあえて感情を麻痺させて感じないようにする

2)知識がないことで想像できない:被害者のその後についてほとんど知らないため思考

停止する

3)解離する:一過性の解離現象(過度なストレスにより、記憶・知覚・意識といった通常は連続してもつべき精神機能が途切れている状態)

とういうことが考えられます。2)の「知らないので理解できない」事も重要です。

ただ、ここで大切なのは「知らない」ということは学習することができるということです。そういう意味では加害者だけでなく、普通に日常を送る一般の方々も、まずは女性や被害者の目線に立って想像してみて、性犯罪被害者の立場になり世の中の風景がどう見えているか、例えば同じ電車の中での風景がどう違うのか?考えていくべきだと思います。先にも述べましたが、これからは第三者が見て見ぬふりをする事はなくしていきたいですね。「見て見ぬふりをする」という行為で自分も痴漢行為に加担していること、その見ぬふりで誰が得をするのか?しっかり向き合い社会全体を変えていくためにも声掛けという形でかかわってほしいと思います。

また痴漢被害に遭った場合、そのまま示談に終わらせずに示談条件などにも治療を盛り込み、加害者を治療につなげることが、今後被害者を少しでも減らす、痴漢を許さない社会につながっていくのではと思っています。

―確かに加害者がしっかりと治療していくことも大切な抑止につながると思います。ありがとうございました。

痴漢への今後の考え方 インタビューを終えて

斉藤先生には以前ホンマルラジオという番組で著書『男が痴漢になる理由』(イースストプレス)の特集が組まれた際にゲストとして来ていただき、本の内容に沿って「痴漢」という課題に向き合い一緒に考えさせていただいた事があります。斉藤先生の著書が素晴らしいのは一般的なニュースや記事とは違い被害者の声だけではなく現在治療中の現場から加害者、つまり痴漢を行った本人たちから生の声を聞き、データ分析をされているところです。リアルな実態がわかるからこそ読み手である私たちも今後どう対処していくべきかのヒントが詰まっている本だと思います。

痴漢に遭ったら声を上げる、許さない。今では当たり前になりつつありますが、数年前までは問題として取り上げる、声を上げる事さえ何となくタブーとされていた痴漢問題が、現代の流れの中で真剣に向き合うべき問題として大きく取り上げられはじめて、今では数々の痴漢抑止アプリなども開発されています。

「痴漢に遭ったら泣き寝入り。声を上げたら恥ずかしい」から「痴漢に対して被害者は声を上げてもいいし、助けを求めてもいい」の時代へ、そして現在は当事者だけの問題ではなく社会全体問題として第三者も「見て見ぬふりをせずに声をかける」というフェーズに移行してきたことを改めて感じています。

痴漢行為は性犯罪です。心に、記憶に深い傷を残す性犯罪は魂の殺人とも言われています。実際電車に乗れなくなった、学校に行けなくなった。自分は悪くないのにそんなにつらい思いをしている被害者も数多く存在します。「これぐらいならいいだろう」などと思う自分の基準は相手の基準ではありません。自分の都合のいいように現実を歪めて解釈する「認知のゆがみ」に他なりません。

そして被害者は声を上げてもいいという認識があたりまえになりつつあるとはいえ、まだまだ声を上げられない弱い立場の被害者たちが大勢います。私たちはそんな理不尽な目に遭っている声をあげられず泣き寝入りを強いられている被害者に声をかけるくらいの事はできるのではないでしょうか?犯罪行為を許すべきではない、当たり前の事ではありますが、まずはできる事から「大丈夫ですか?」「どうしましたか?」から始めませんか?見て見ぬふりの加担をやめる。目の前の困っている人に声をかける。その小さな声かけが、今後の痴漢問題に大きな変化をもたらしていくのではないでしょうか?

そんな可能性を感じた今回のインタビューでした。(聞き手 総合危機管理アドバイザーおりえ)

取材協力

斉藤章佳(さいとうあきよし)
所属:大船榎本クリニック精神保健福祉部長(精神保健福祉士/社会福祉士)・1979年生まれ。大卒後、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、約20年に渡りアルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・児童虐待・DV・クレプトマニアなど様々なアディクション問題に携わる。
主な著書に「男が痴漢になる理由」(イースト・プレス) 「万引き依存症」(イースト・プレス)、「小児性愛という病-それは、愛ではない」(ブックマン社)など多数。
痴漢と並ぶ日本の2大性犯罪、盗撮の行為依存に切り込んだ最新刊「盗撮をやめられない男たち」(扶桑社・2021)も話題

総合危機管理アドバイザー三沢おりえ/防犯・防災・護身術

防犯・防災グッズ記事ランキング監修も手がける専門家。常識にとらわれない怖くない危機管理の考え方で講演会やメディア、セミナー、イベントなど幅広く活動。生活の中ですぐに取り入れられる対策や動き方、便利なグッズを提案。大学や企業向けに行う座学と実技のダイバーシティ系セミナーは防災、防犯だけでなくハラスメント対策など、身を守るために役立つと高いリピート率。 防犯整備士、危機管理士(自然災害・社会リスク)非常食研究家。 逃げるための護身術指導者、元硬式空手世界チャンピオン。 日本災害危機管理士機構、日本防犯設備士機構所属。

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