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映画『ハナミズキ』に関別駅として登場 根室本線 尺別信号場【前編】(北海道釧路市音別町)

清水要鉄道ライター

平成22(2010)年8月21日に公開された土井裕泰監督の映画『ハナミズキ』。北海道を舞台に、すれ違いながらも相手を思い続け、再会してまた同じ道を歩みはじめる男女を描いたラブストーリーだ。その作中に新垣結衣さん演じる平沢紗枝の実家最寄り駅「関別(せきべつ)」駅として登場したのが根室本線の尺別駅である。平成31(2019)年3月16日に駅としては廃止となり、現在は尺別信号場だ。

駅舎
駅舎

信号場となったことで駅舎は封鎖されて立ち入れなくなっているが、今もその姿を留めている。戦後に流行った片流れ屋根と呼ばれる形状の駅舎で、昭和28(1953)年に建てられたものだ。昭和27(1952)年3月4日の十勝沖地震で倒壊した先代駅舎に代わって建てられたもので、この事情はそれから50年後の直別駅の建て替えと同じだ。

説明板
説明板

駅舎前には駅の歴史を記した説明板が設置されている。駅の開業は大正9(1920)年4月1日で、当初は貨物駅だった。同年1月22日には尺別炭山からの石炭を運び出す北日本鉱業軽便運炭軌道が駅裏の尺別岐線駅まで開業しており、この石炭を国鉄の貨車に積み替える駅として大いに賑わったという。昭和5(1930)年4月1日には一般駅となり、旅客などの取扱いも開始された。軽便運炭軌道は昭和17(1942)年11月3日に普通鉄道に切り替えられ、その起点として社尺別(しゃしゃくべつ)」駅が設置されている。社尺別駅は国鉄尺別駅との乗換駅だったが、国鉄駅から踏切を越えて駅裏まで約400mを歩かねばならず、不便だったそうだ。

撤去されたホーム跡は立入禁止
撤去されたホーム跡は立入禁止

尺別炭鉱は太平洋戦争中に最盛期を迎えるも、戦局の悪化によって昭和19(1944)年9月に操業休止となってしまう。これにより、運炭列車が使用していた駅構内の転車台は不要となって滝川機関区に移設された。尺別炭鉱は戦後に操業を再開し、その発展に合わせて尺別の街も大きくなった。その勢いは高度成長期まで続いたものの、炭鉱の運営会社である雄別炭礦の経営悪化により昭和45(1970)年2月27日に閉山してしまった。尺別駅と尺別炭山を結んでいた尺別鉄道は同年4月16日に廃止。尺別鉄道への乗換駅として多くの人と貨物で賑わっていた尺別駅の凋落はあっという間で、翌昭和46(1971)年10月2日には早くも無人化されてしまう。駅周辺の人口と利用者も減り続け、閉山から49年目にはついに尺別駅すらも廃止の日を迎えたのだった。

駅前通りの分岐点
駅前通りの分岐点

尺別地区の平成27(2015)年の人口は18世帯51人。炭鉱のあった頃には4000人以上の人々が暮らしていたということが信じられない数字である。尺別駅前にもかつては社宅や国鉄官舎が立ち並んで多くの人々が暮らし、商店や旅館、パチンコ店もあって「街」として賑わいを見せていたという。現在の駅前は、人家の消えた跡に草だけが生い茂り荒涼とした景色を見せている。廃屋が目立ち、人が住んでいるのは2~3軒のみだ。

駅周辺を駆け抜ける特急おおぞら
駅周辺を駆け抜ける特急おおぞら

海の近さゆえに風が強く、木があまり育たない尺別の風景はどこか日本離れして見える。太平洋をバックに根室本線を撮影できる有名撮影地「尺別の丘」も駅の近くだ。雄大で茫洋とした尺別の風景は駅が消えた今でも多くの旅人の心を惹きつけている。

紗枝の家
紗枝の家

駅前集落の一番奥にあるのが映画『ハナミズキ』で新垣結衣さん演じる平沢紗枝の実家として登場した建物だ。この建物はロケセットではなく地元住民が実際に暮らしていた民家で、撮影のために庭に沖縄から持って来たハナミズキを植えたそうだ。ハナミズキの木は撮影終了後に撤去され、現存しない。映画から10年以上経った今でも映画のファンが訪れているようだが、建物自体は空き家のため荒れてきており、今後が心配される。

前回の直別駅に引き続き、尺別駅も前編・後編の二回に分けてお届けする。後編では現役時代の尺別駅の様子を紹介しよう。

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鉄道ライター

駅に降りることが好きな「降り鉄」で、全駅訪問目指して全国の駅を巡る日々。

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