Yahoo!ニュース

「実家の鏡が怖い」30年間恐怖映画を作り続ける監督が作り出す恐怖の源とは

笹田百合映像作家

今や確立された映画の一ジャンルとして世界的に認知され、世界中にファンがいる「Jホラー」。ブームの火付け役となったのが1998年に公開された『リング』だ。ヒロイン貞子の登場シーンは強烈な印象を残し、社会現象になるほどの大ヒットを記録。この映画がなければ後の数々のJホラー作品は生まれなかったかもしれないといわれている。脚本を手がけた映画監督の高橋洋さん (63)は、幼少期に実家で体験した奇妙なできごとを膨らませて貞子の登場シーンをつくったという。その体験とはどのようなものだったのか、30年にわたり恐怖映画をつくってきた高橋さんが考える「恐怖」とは。

●『リング』で描いた実家での奇妙な体験
「いま怖いものは何ですか?」。Jホラーの最前線を走る高橋さんに聞いてみると、返ってきた答えは「実家」だった。千葉県の利根川に近く、自然がほどよく感じられる住宅街にあるその家は、両親が結婚した時に中古で購入。高橋さんは大学に進むまで住んでいた。

『リング』は、鈴木光司さんの小説を映画化した。監督の中田秀夫さんと高橋さんは映画化にあたっていくつかの変更点を加え、背筋が凍りつくような秀逸なホラー映画に仕上げた。

高橋さんが脚本に取り入れた体験のひとつは、小学生の時のものだ。昼間にテレビを見ていると、突然得体の知れない映像が映った。白い霊体のようなものが画面からこちら側に近づいてきて、バスっと消えた。「ぎゃあ」と大騒ぎすることはなかったが、しばらくテレビに近づけなかった。

中古で購入した日本家屋は、複雑に入り組んだ構造で、あちこちに影ができる建物だった。1人で留守番をしている時などには不安に襲われた。奇妙な出来事は他にも起こる。

「いつもここを曲がる時、怖いんだよね」。高橋さんはトイレへと続くL字になった廊下を歩きながら、こう話す。夜中にトイレにいく時はこの暗い廊下を歩き、角を曲がらなければならない。角の先には何かがいそうで、いつもびくびくしていたという。そしてある夜、角を曲がると白いモヤっとした霊体のようなものに遭遇する。見た瞬間手が震え、背中を打ち付けられた感触がして気を失った。父親にたたかれて我に返ると、背中の感触は床に倒れた時のものだとわかった。失神するというのはこういうことかと理解した。

後日、白いモヤモヤの正体が気になり、廊下の突き当たりにあった納戸の中を調べてみると、奥に隠し階段があった。実家は2階建てだったが、当時は2階を使っていなかった。そもそも家の中には2階に上がる階段もない。高橋さんが見つけた隠し階段も、途中でベニヤ板が打ち付けられていて上がれなくなっていた。

やがて妹が大きくなり、2階を子ども部屋に改築することになった。工事にきた大工さんが階段のベニヤ板を外して上がっていった時、後についていった。そこで初めて2階の様子を目の当たりにした。その部屋には布団が敷きっぱなしで、ちゃぶ台の上には茶碗などが載ったまま。あるとき突然閉めきられ、そこで時間が止まったままのようだった。

居間にある鏡も怖かった。のぞいてみると、背後にある母の部屋が見える。理屈上は後ろの部屋が映っていることはわかるが、どう考えても鏡の向こう側に部屋があって、秘密の抜け穴から向こう側にいけるような気がした。その鏡からは、そんな感覚がいまだに漂ってくるという。

「妄想しやすい子どもだった」と高橋さん。小学校の時から物語をつくり、妹や友達に即興で語り聞かせていた。その場で妄想が広がり、物語をどんどん展開させていった。「怖いことを妄想するのが楽しいのですか」と聞くと、「楽しいから妄想しようというのではなく、勝手に向こうからやってきて、そっちに引っ張られていってしまう」という。妄想の世界に引っ張られていくうちに、どこまでが現実で、どこまでが妄想か、わからなくなる瞬間があった。

高橋さんは思いついたことをすぐに書き留めるメモ魔でもある。家中の至るところにメモ用紙を置き、怖いことに限らず思いついたことを片っ端から書いている。メモをまとめたアイデアノートは何冊にもわたり、映画づくりの源泉になっている。

実際に起きた事件もメモし、脚本に取り入れている。昔のメモの中に、1988~89年の東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件に関するものがあった。犯人の宮崎勤元死刑囚が現場検証に立ち会っているニュース映像を見て、簡単な図を添えたメモを取っていた。これは『リング』の中で真田広之が演じた高山竜司が白い袋をかぶり指をさしているポーズの原型になった。宮崎元死刑囚は「今田勇子」の名で報道機関などに犯行声明を送り付けるなど、その残虐さと不可解さに関心が集まった事件だ。メモには「宮崎勤は犯人ではない 今田勇子は実在していた?」と高橋さんの「妄想」が書かれていた。

●新作で「人間の輪郭の曖昧さ」を表現

「Jホラー」は、1990年代末から2000年代初頭以降のホラーブームで定着したが、その運動は高橋さんや、当時からの友人である黒沢清監督が、子どもの頃に熱中して観ていた1960年代の英米の幽霊映画『たたり』や『回転』の心霊実話や心霊写真の怖さを復興しようとしたのが始まりであるという。60年代には興行的にはふるわず実験作にとどまったが、高橋さんたちはこれこそが本当に怖い映画だと感じていた。ポイントとなったのはリアルな心霊表現。心霊実話や心霊写真のリアリティを自分たちの作品に取り入れた。この試みはエンタメとしても当たり、海外にも影響を与えて、リメイクもされた。ただ、次第に模倣が繰り返され、飽和状態になってゆく。

Jホラーでよく表現された「白い服を着て髪が長い貞子みたいな女が立っている」「パンフォーカスの映像の中にボケた何かがいる」といった幽霊の表現は、もはやパロディーのように思われるかもしれない。つまり、もう怖くはない。目指しているのは怖い映画だから、これを繰り返すことに意味はない。高橋さんは「人間の輪郭の曖昧さ」を表現した映画が今後の新たな「霊的」な映画として可能性があると考え、2022年9月に最新作『ザ・ミソジニー』を製作した。

『ザ・ミソジニー』は、謎めいた母親殺しの事件を2人の女優ミズキとナオミが台本化して演じることで真相に迫っていくストーリーだ。母親の霊を降ろした霊媒師役のナオミが台本にないセリフを言い出したり、突如ミズキに襲いかかったりして、憑依(ひょうい)したのは母親の「役」なのか母親の「霊」なのか、わからなくなっていく。演ずることがはらむ怖さは、何が本当なのかがわからなくなっている現代の感覚ともつながっている。

高橋さんが考える人間の輪郭の曖昧さとは、凶器をもった人が襲ってくるような狂気的な「人怖」ではなく、1人の人格はひとつの存在で、 常に1か所にしかいないという人間の存在概念を疑ったものだ。生きている人の怨念や執念が「生霊」となって現れる、自分ではわかっていない人格が存在し無意識のうちに他人に影響を与えている――。こんなことが、あるのかもしれない。

社会で生きていく中で、自分の認識と相手の認識にズレが生まれることは誰もが経験することだろう。社会はよくも悪くもそのズレによって成り立っている。しかし、そのズレというのも、自分が作り上げた虚構かもしれない。「自分の知っている人のキャラクターは自分が知っている通りだろうと思い込んでいる。それは本当なのか?現実は違うのではないか」と高橋さんは言う。

子どもの頃に実家で体験した、触れてはいけない世界に触れたかもしれないという恐怖。それを追求し続けているうちに、本当に怖いのは「人間の輪郭の曖昧さ」なのではないかと思うようになった。どこまでが現実でどこまでが空想か。高橋さんは、イメージや固定観念を疑い、真の恐怖映画を追求し続けている。

クレジット

監督 / 撮影 / 編集 / ライター:笹田 百合

プロデューサー:初鹿 友美

アドバイザー:長岡 参

音楽:長嶌寛幸 『ザ・ミソジニー』オープンニング・テーマ

協力:Playtime、『ザ・ミソジニー』フィルムパートナーズ

映像作家

徳島県生まれ。映画美学校フィクションコース修了。広告会社を経て、映像作家としてドキュメンタリーや広告映像を制作している。