「生まれ育った家に住み続けたい」――独居の高齢者を支えるプライマリ・ケア医の奮闘

佐々木航弥

ドキュメンタリー映画監督・ディレクター

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「全てのリスクを管理しようとすると、全ての人が施設に入ることになってしまう」。鹿児島県南九州市川辺町、山間にある人口1万5000人ほどの町で、プライマリ・ケア医を務める森田洋之さん。「プライマリ・ケア医とは、要するに総合的なかかりつけ医のような存在。全てをひっくるめて、地域の医療や介護の困りごとを見ていく」。かつて「医療崩壊」後の夕張市で在宅医療に関わった森田さんは今、町の小さなクリニックから高齢者の自宅を訪問する。彼が目指す「患者中心の医療」とは?

●思い入れのある自宅を離れたくない

山間部に位置し、牧歌的な風景が広がる鹿児島県南九州市川辺町。そこに、「ひらやまのクリニック」がある。森田洋之さん(50)が、1人で昨年開業した小さなクリニックだ。森田さんはTシャツにハンチング帽で、白衣も着ていないため、見た目には医師と分からない。

現在、連携している介護施設「いろは」の利用者を中心に診ている。患者のほとんどは認知症の高齢者で、身体的な衰えもある。

小児まひを抱え、歩くことができない道子さん(80)は、一軒家で一人暮らしをしている。家族と同居していたが、両親と兄弟が亡くなった。思い入れのある自宅を離れたくないという道子さんの意思を、森田さんやいろはスタッフは尊重した。森田さんはこう言う。

「移動が困難で施設に入るという話がよくあるけど、道子さんより移動が困難な人は、そうそういないと思う。でも、這ってトイレにも行けるし、外で農作業もしている。歩くことだけが移動じゃない」

同じく患者のサヤさん(91)は、認知症で会話が困難で、歩行も難しい。それでも山間の一軒家で一人暮らしをしている。以前に足が凍傷のようになり、いろはに泊まったこともあるが、他の利用者とけんかになって自宅へ帰りたがった。

ある日、取材で診療に同行すると、軒先に横たわるサヤさんがいた。外に出ようとした際、誤って段差を踏み外してしまい、身動きがとれなくなっていたのだ。「あまりにも危険ではないのか」と森田さんに尋ねると、こう答えた。

「(こういうトラブルも含めて)受け入れるしかない。全てのリスクを管理しようとすると、全ての人が施設に入ることになってしまう。地域の人や僕らでどれだけリスクをカバーできるか。家族も含めて、どこまで受け入れられるか。サヤさんの問題でもあり、僕たち(医療・介護・家族)の問題でもあります」

サヤさんの望みをどう叶えられるか。それが最も重要なのだと森田さんは考える。

●患者の思いを医療や介護がどう支えるか

森田さんが医師になったきっかけは、阪神淡路大震災だった。当時は一橋大学で経済学を学び、就職活動をせずに過ごしていた。漠然と誰かのために役立ちたいという思いから、ボランティアに志願。現地に来ていた医師に「ふらふらしているなら、医者になりなさい。人のためになる仕事ができる」と諭された。それから、宮崎大学の医学部に入学して医師になり、大病院で忙しなく働いた。

「何となく医者になったものの、これが本当に必要とされている医療なのかと疑問を持ってしまった。病院に勤め、必死に治療しても、高齢の方の病気が完治することはほとんどない。喜ばれているという実感もなかった」

そんな折、北海道夕張市の財政破綻後の医療を請け負った村上智彦さんの、病院医療に頼らない患者中心の地域医療に関する『村上スキーム』という本に出会う。夕張市は唯一あった市立病院がなくなり、ほぼ9割の病床がなくなってしまった。まさに「医療崩壊」が起きた夕張市の、その後の医療について書かれた本だった。何か学べることがあるかもしれない。森田さんはそう思い立ち、縁もゆかりもない夕張市の診療所に飛び込んだ。

病床がなくなっても、高齢者のほとんどが夕張市に残る決断をした。在宅医療中心にシフトし、在宅介護・看護の体制を整えた。森田さんはそこで在宅医療に携わるうち、自宅で自分らしく生活することの大切さに気づく。

「夕張の高齢者は、ほとんどが自宅で亡くなります。その直前までとても生き生きとしている。プライマリ・ケアの重要性がよく分かった。高齢者の多くは慢性疾患。慢性疾患については病院で解決しません。上手に老いていくことがすごく重要なんです」

夕張市で4年を過ごし、その後は鹿児島県で在宅医療などに携わった。鹿児島で理想の医療を模索するうち、介護施設「いろは」に出会う。森田さんは、利用者にとことんまで寄り添ういろはの介護に魅了された。

「いろんな介護施設を見学するなかで、いろはは明らかにすばらしい介護をしていた。ここと連携したら、自分が追い求める、夕張のような、もしかしたらそれ以上の医療を提供できるかもしれないと思いました」

いろはの代表を務める中迎聡子さんはこう言う。

「この町は森田先生みたいなお医者さんがいれば、本当に死ぬまで自宅での生活が可能だなと思った。森田さんは、病気よりも生活を見てくれる。その人がどういう動作をしているか、何を食べているか、誰と会っているか。それに基づいて、薬の意味があるとかないとか、私たちに説明してくれる。すると私たちも、『こういう行動ができていれば、この薬はいらないんだな』と分かる。医療との連携ってこういうことなんだ、と感じています。これが珍しくない社会になったら、自分の持っている力で最期まで生きることが可能になると思う」

プライマリ・ケアはまだまだ日本では広く知られていないのが現状だ。森田さんは、医療・経済ジャーナリストとしても活動し、この新たな医療の形を広めていきたいという。

「プライマリ・ケア医とは、要するに総合的なかかりつけ医のような存在。全てをひっくるめて、地域の医療や介護の困りごとを見ていく。とりあえず何か不調があったりケガをしたりしたら、相談できるところ。ここで治療もできるし、場合によっては大きな病院を紹介する。基本的な考えは患者中心です。患者さんの思いがあって、それにどう医療や介護が介入して支えられるか。日本でこのプライマリ・ケアを進めていきたい。医療全体を変えることが最終目標です」

森田さんは鹿児島の小さなクリニックから、日本の医療を変えていく。

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