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市販薬などの過剰摂取“オーバードーズ”「誰にも言えなかったけど」チャットで救う命 #今つらいあなたへ

佐々木航弥映画監督・映像ディレクター

市販薬や処方薬を多量に摂取して精神的苦痛から逃れる「オーバードーズ」(以下、OD)。ODに悩む人たちの相談に、日々チャットで応える人がいる。日本ではまだ馴染みのない「ハーム・リダクション」という試みの一環だ。日本語に直訳すると「害 (harm) の低減 (reduction)」。主に薬物などの依存症に関して、健康被害をもたらす行動習慣をできる限り減らす取り組みである。「薬があるから生き延びられた」というケースも。だからこそ、薬の量や使用法を間違って命を落としてしまうことを防ごうとしている。ODに悩む人々とどんなふうに向き合っているのか、話を聞いた。

●大事なのはとにかく生きていること

「ハーム・リダクションを一番シンプルに言うと『シートベルト』。ODしてしまう人の命を守るためにできることは何だろうか。それを考えてチャットをしています」

日本薬物政策アドボカシーネットワーク(以下:NYAN)の事務局長・古藤吾郎さんはそう語る。今年6月、少数のメンバーとともに「ハームリダクション東京」を立ち上げた。精神保健福祉士の資格を持ち、TwitterやLINEなどのSNSを通じて、ODに悩む人々と日々チャットでやりとりしている。ちょっとした悩みにも耳を傾け、精神的支柱となる。

「『死にたい』という言葉が出てくることもあります。『誰にも言えなかったけど、初めて話せた』という感じが多いですね。チャットのやりとりの間はやり過ごせても、状態がよくなっているとは限りません」

一般的な薬物依存の治療は薬物の使用を断つことに専念する傾向にあるが、薬物を断てなかった場合、社会的に孤立し、薬物への依存がより強くなってしまう。場合によっては死に至ることもある。ハーム・リダクションは当事者の立場になって考え、共に悩み、「やめさせる」ことに固執せず、どうしたらうまく薬と付き合っていけるのかをとことん考えていく。

「薬があるから生き延びられた場合もあります。使わずにいられたらもちろんいいけれど、それだけじゃない。使うなかでダメージを回避する方法も考える」

NYANの代表を務める上岡陽江さんは、自身も処方薬依存、摂食障害、アルコール依存の当事者だった。幼少期、ぜんそくで小児病棟に入院していた上岡さんは、同じ病棟の子どもたちが亡くなっていくことに心を痛めた。成長しても、その痛みが消えることはなかった。

「痛みを大人たちと共有できず、誰にも話したことがなかった。ただ、死にたいと思っていた。処方薬とアルコールを山のように摂取して、忘れたいというか、時を飛ばしたいというか。薬をやっていなかったら自殺していたかもしれない」

20代半ばで回復プログラムにつながり、1991年、薬物依存症からの回復を望む女性たちのための民間施設「ダルク女性ハウス」を設立。30年以上、薬物依存やODに悩む人と向き合ってきた。

「薬物依存をいかにやめさせることができるのか、これまでそこに注力してきました。でも薬を使ったとしても、どうしたら健康的に生きられるのかに力を注ぐべきだった」

海外でハーム・リダクションを学ぶなかで、その概念に触れ、まずはとにかく生きていることが大切だと考えを改めた。

「どう薬物依存と向き合っていくか、長い時間をかけてでも伴走して考えたい。どんな方法があるのか、どんな社会資源があるのか、ハームリダクション東京で考えていけたらと思います」

●悩みを抱える人たちが安心して話せる場所は

古藤さんがハーム・リダクションと出合ったのは、アメリカの大学院で学んでいる時だった。

「インターンで薬物依存に悩む人と一緒に映画を観たり食事したりした。そこで、『今日は楽しかったから薬をやらなくても大丈夫かも』という人がいたんです。自分も楽しかったし、彼のためにもなった。こんなすばらしい活動があるのかと思いました。悩みを抱える人たちがこうして安心して話せる場所は、日本だとどこにあるんだろうと思った」

2005年に帰国後、NPO法人アパリにて薬物関連の仕事をしながら、日本でどうハーム・リダクションを実現できるのかを考えた。ようやく今年、自分なりに活動を始めた。現在もアパリで、パートタイムで働いて生計を立て、自身の目指すハーム・リダクションを展開していこうとしている。

ある日、こんな相談がチャットで送られてきた。

「ODしたいけど、したくない。何年も我慢してきた。けどどうしてもしたくなった。このままじゃとても乗り切れる気がしない。せっかくずっと我慢してきたのに、1回したら何もかもだめになっちゃう。どっちもつらい」

古藤さんは返事に窮した。「薬によって今のつらさを乗り越えられるのなら」という思いもよぎる一方で、「ずっと我慢してきて、使わずに乗り越えたいと思って話しているのだから」とも思う。

そこで古藤さんは信頼する臨床心理士のもとへ急いで向かった。原宿カウンセリングセンター顧問の信田さよ子さんだ。信田さんは古藤さんの相談にこう応えた。

「ODをやめていたのを継続してほしいと思うなら、そう言うべきでしょうね。『両方ありだと思うよ』と言ってもいいんじゃないかな。古藤さんが相反する気持ちを持っていることを正直に書き込んだらどうかな」

信田さんはチャットというツールの特性も考え、指摘する。

「カウンセリングもそうですが、とにかく命を落とさないことが大事。『次に来るまでは生きていてね』というのが基本です。カウンセリングは、電車に乗ってきてお金を払って会うものだから、ハードルが高い。チャットはすごくパーソナル。24時間、絶え間なくその人の懐に飛び込んでいけるのは大きいですよね」

アドバイスを受けて、古藤さんは相談者にこう返信した。

「したい気持ちとしたくない気持ちの両方があるんですね。どっちもよくわかるし、どっちもあり、っていうのが正直な気持ちです。もっとよく知りたいので、お話を詳しく聞いてもいいですか」

古藤さんがチャットをツールとして選んだのは、誰でも相談しやすいと考えたからだ。応える自分にも合っているという。

「自分は口下手だし、返事をじっくり考えて返すことができるチャットは性に合っている。これなら自分にもできると思った」

試行錯誤しながら慎重に取り組み、少しずつ活動の幅を広げようとしている。

「親切な支援を受けられる社会のほうが、当事者や身近な人たちだけではなく、誰にとっても暮らしやすいと思う。日本全国どこに暮らしていても、ハーム・リダクションが当たり前にある社会になってほしいと思っています」

<相談窓口>

●クスリや薬物の困りごと相談窓口「OKチャット」

・「ハームリダクション東京」
https://hrtokyo.net/

●つらい気持ちを抱えていたら

・「こころの健康相談統一ダイヤル」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/kokoro_dial.html

・「よりそいホットライン」(一般社団法人 社会的包摂サポートセンター)

電話:0120-279-338
https://www.since2011.net/yorisoi/ 

●自分や身近な人が依存症かなと思ったら

・全国の相談窓口・医療機関を探す 「依存症対策全国センター」
https://www.ncasa-japan.jp/you-do/treatment/treatment-map/

・全国の精神保健福祉センター
https://www.zmhwc.jp/centerlist.html

クレジット

記事・撮影・編集・監督
佐々木航弥

映画監督・映像ディレクター

1992年生まれ。岩手県宮古市出身。大阪芸術大学卒業。AOI biotope所属。大学時に映画監督の原一男に師事。撮影・編集・監督をした卒業制作のドキュメンタリー映画「ヘイトスピーチ」(2015年)が座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバルのコンペティションで入賞。その後、劇場公開される。その他、撮影・編集・監督をしたドキュメンタリー映画「僕とケアニンとおばあちゃんたちと。」(2019年)「僕とケアニンと島のおばあちゃんたちと。」(2022年)を劇場公開している。

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