ドキュメンタリー

悪名高き禁断の酒「アブサン」造り 日本人バーテンダーの飽くなき探究

佐藤洋紀

映像ディレクター

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「僕は日本のアブサンの父になりたい」——ランボーやゴッホなど名だたる芸術家が虜になり、100年前に幻覚作用があるとして禁酒された “アブサン”を原材料から造る男がいる。世界各国のバーから50店舗のみ選出される「世界のベストバー50」の常連『Bar Ben Fiddich』の店主兼バーテンダーの鹿山博康さん(37)だ。自身の畑で香料植物(ハーブやスパイス)を栽培し、その植物を使って作り出すオリジナルカクテルが評判を呼び、店には世界各国から客が集う。そんな鹿山さんが心血を注いで奮闘しているのが薬草酒のアブサン造りだ。「世界に通用するようなアブサンを造りたい」という鹿山さんの挑戦を追いかけた。

■世界が注目するバーテンダー・鹿山博康氏
新宿駅から歩いて5分ほどの場所にある雑居ビル。看板のない店の扉を開けると、そこには中世ヨーロッパの山小屋のような、蝋燭の明かりがポツポツと照らすだけの暗い空間が広がる。壁際には鹿の剥製が飾ってあり、店内に目を光らせている。バーカウンターに目を向けると、赤・黄・緑の色鮮やかな美しいカクテルが並んでいる。そのカウンターの中心で、ひときわ異彩を放つ男が鹿山さんだ。何よりもその独特なカクテルメイキングに客は目を奪われる。和製の“すり鉢”の中で、自家栽培の「香草植物(ハーブ類)」やスパイスを調合し、すりこぎでする。「ゴリゴリ。カチャ! パチッ、トクトク」と小気味よい音と、その所作の美しさ。鹿山さんの唯一無二のカクテルは、海外でも高い評価を受けており、『Bar Ben Fiddich』は「世界のベストバー50」(ウィリアム・リード・ビジネス・メディアが選ぶ最も正統な世界バーランキング)で、2020年は世界ランク40位、アジアランク15位に輝いた。

カクテルの常識を覆し、唯一無二のカクテルを生み出す男——。自身の畑で栽培した40種類以上の薬草と野山で採取した植物を使い、リキュールを調合して “完全オリジナルのカクテル”を作る自称「農業バーテンダー」だという鹿山さんは、【農業】と【トップバーテンダー】を兼業する世界でも珍しい存在だ。そんな鹿山さんがライフワークとして挑んでいるのが原材料となる薬草からつくるアブサン造りだ。

■農業バーテンダーの昼の顔
新宿から車に乗って1時間半、着いたのは埼玉県ときがわ町、外秩父のふもとだった。ときがわ町は鹿山さんの地元で実家は農家だという。鹿山さんは週に1〜2日は寝る間を惜しんで実家の畑で農作業をし、カクテルの原料となるボタニカル(香料植物、ハーブ、スパイスなど)を栽培している。「地元の山も、僕のカクテルの生みの親」。自生の“モミの木の新芽”や“ドクダミ”なども、鹿山さんの手にかかればカクテルの材料と化す。

■究極のハーブ酒・アブサンに目覚めるまで
「実家の農家を継ぐのが嫌で上京した」。鹿山さんは都内のホテルに就職し、そこでバーに配属されたことをきっかけにバーテンダーの道を歩むことになった。「誰にも真似できない唯一無二のカクテルが作りたい」。その一心で修行を続け、酒の知識を蓄え、原料の栽培まで始めた鹿山さん。特に、薬草酒への関心が強く、「あの禁断の酒“アブサン”も自分で作れるのではないか」と、19世紀のレシピをもとに、2016年から千葉の蒸留所と提携してアブサンを作り始めた。鹿山さん曰く「アブサンは“究極の薬草酒”。十数種類のハーブやスパイスを調合し、アルコールに漬け込み数カ月かけて浸漬させる。植物のフレーバーが溶け込む頃、蒸留し完成する」。アブサンは、複雑で深みのあるハーブの香りと、“甘みと苦味”が調和した爽快な味わいを持つ。

■アブサン造りへの飽くなき挑戦
2019年、鹿山さんは日本人で初めて「Absinthiades(アブサンティアード)」と呼ばれるフランスのアブサン品評会に、自作のアブサンを出品した。しかし、入賞には手が届かなかった。2020年、鹿山さんは再挑戦を試みる。実家の畑で毎年栽培している原材料のハーブ類を6月から3カ月かけて収穫し、蒸留所でアブサンを完成させる。しかし梅雨の長雨の影響でアブサンの風味の決め手となるニガヨモギが不作、さらにそこへコロナ禍が追い打ちをかける。カメラは、その《知られざるアブサンづくり》の一部始終に1年間密着した。「“日本のアブサン”を再度フランスに持ち込み、勝負する」。そこに思いがけない大きな壁が立ちはだかることに——。彼の挑戦をぜひ映像で確認してほしい。

■芸術家も愛した禁断の美酒・アブサンとは?
アブサン(Absinthe)は、スイスを発祥とし、フランスが有名にした薬草系の蒸留酒。ニガヨモギ、アニス、フェンネルなどを中心に複数のハーブ、スパイスを混ぜ合わせ蒸留するため“薬草酒の総合芸術”とも言われる。アルコール度数は50〜70度前後。かのゴッホ、ロートレック、ランボーも愛飲し、19〜20世紀初頭にかけて多くの芸術家を虜にした。人気が高まるとともに、安価で危険な“工業用アルコール”でカサ増しした安い粗悪品も出回るようになり、「大麻のような幻覚作用を引き起こす」などと健康被害が現れ出した。また、「ニガヨモギに含まれる“ツジョン”という成分に問題がある」などと、次第にアブサンの中毒性が危険視されるようになり、20世紀初頭にアブサンは各国で順次製造禁止となった。それが《禁断の美酒》と呼ばれる由縁だ。
1981年、世界保健機関(WHO)はツジョンの残存許容量が10ppm以下であれば安全であると発表し、世界各国で解禁の動きが出た。2000年代に入って、アブサンの生まれ故郷スイスやフランスでも解禁となった。
解禁後、良質なアブサンが市場に出回るようになったが、本場フランスのパリでさえ“悪名高きアブサン”のイメージは未だに強く、伝統的にアブサンを作ってきた地域以外では、あまり流通していないのが現状だ。それでも「伝統酒を守り、後世につなげたい」と、スイス・フランスではアブサンづくりに励む蒸留家も多い。近年、日本国内でもアブサンの生産を始める蒸留所が出始めており、鹿山さんは数社とコラボレーションし、レシピ提携なども行っている。しかし、現状はまだまだ生産量も少なく、専門店やインターネット通販での少数販売が多い。鹿山さんは、バーでのアブサンの提供を始め、ワークショップを開催したりと、一般の人への認知の普及に努めている。

■100年後は朝ドラに出る酒を
アブサンの原料となるハーブを自身の畑で栽培し、研究を続ける彼の姿は、まるで、「マッサン」のようだ。日本で初めて国産の本格ウイスキーを作り上げた竹鶴政孝のように、彼の中には“アブサン愛”が溢れている。「今は日本ではアブサンを知らない人も多いし、知ってても“なんだこの味は!”なんていう人も多い。でも、100年前はウイスキーだって同じだった。今はみんなハイボールを飲んでいるのに」。鹿山さんの夢は、最高の素材でアブサンを造り、それを日本に広めることだ。

クレジット

監督・撮影・編集 佐藤洋紀
撮影 君野史幸
編集 大川義弘
プロデューサー 前夷里枝

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