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就活でうつ病になった10年前の自分に伝えたいこと

しゃーごん

保育士/チャイルドカウンセラー

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こんにちは!保育士母さん、しゃーごんです。

現在、保育士として地域の公民館や療育教室で親子遊び講座をしたり、地域の保健師さんと一緒に子育て講座にまわったりするような働き方をしながら、子育てに関する情報発信をしています。

今回は、10年前大学生だった頃にうつ病だったわたしの体験談のお話です。

▼初めてのうつ病は就職活動がキッカケだった

わたしはこれまでの人生で2回のうつ病闘病経験があります。1回目は10年前に大学3〜4年生だったころ、そして2回目は4年前に社会人でフルタイム勤務をしていたころです。

はじめてのうつ病発症は、大学3年生の終わりの就職活動がキッカケでした。その当時は民間企業への就職活動は大学3年生の12月ごろから始まる時代で、4年生の夏頃までには卒業後の進路を決めている人が多くいました。

わたしは大学2年生の終わりから1年間、中国の北京大学に留学していたので、1月に帰国してすぐに就職活動を始めました。

留学中は語学の勉強やサークル活動など、自分のやりたいことだけやって過ごす1年間を過ごしていたのですが、就職活動となると目の前のやりたいことだけやっていくわけにもいかず、大きなギャップを感じて苦しくなりました。

同じ就活生のなかには、「就活サークル」というものに1年生の時から入っているという人もいて、当時のわたしは「そうやって将来のことを考えて動いてきた人じゃないと、世の中に求めてもらえないんだ」と思い込んでしまっている部分もありました。

わたしは大学では教育学を専攻していたので、ぼんやりと「教育や子どもの育ちに関わる何かがしたい」と思ってはいたものの、教員養成の課程は専攻しておらず、保育士などの資格も持っていませんでした。

そのため民間企業への就職活動の方向に進んでいて、自分が就きたいのはどんな職業でどんな働き方なのか、具体的にイメージできないまま月日が流れていきました。

いま思えば、民間企業とくに株式会社への就職は、営利を追求する働き方が求められるので、根本的に自分の目指す方向性(教育や保育)とギャップがありすぎたと思っています。

そしてさらに就職活動でよく言われるのが「自己分析」です。わたしも自己分析の本などをもとに、自分はどんな人なのか、これからどんな仕事をしたいのか、など考えてみたのですが、それがますます自分を追い詰めることになってしまいました。

自己分析をきっかけに「これから何をしたいんだろう」と考えすぎているうちに、日々が楽しめなくなってしまい「私は何で生きているんだろう」という疑問が湧いてきて、生きていく意味を見失ってしまったんですね。

そしてそのときの就活では苦しいながらに面接などを受けて内定をもらった企業があったものの、うつ病の症状も進行していたので一度休学をして療養しながら将来について考え直すことにしました。

▼「学生のうちにしかできない」ことはない

当時就職活動をしていたわたしは、就活攻略の話でよく聞くことに、面接時に面接官から「最後に何か質問はありますか?」と問われたら「社会に出るまで、残りの学生時代にやっておいたほうがいいことはありますか?」と聞いた方がいいという話がありました。

面接官からの印象もいいし、学生時代を有意義に過ごすためのヒントが得られるなどの理由だったと記憶しています。それくらい「今しかない学生時代」というのを意識させられていたなぁと感じます。

たしかに「学生時代だからこそできること」もあるとは思うのですが、「学生のうちにしかできないことはない」というのが、いま10年経ってわたしが思うことです。

しかしうつ病になっていた21歳のわたしは社会に出たあとに希望が持てず、「学生である今がピークでもうこれから人生下り坂だ」と思っていました(笑)

自分が自分として生きていけるのは学生のころまでで、社会に出たら「勤め先の企業の人」として見られる生活が始まって、自分がなくなってしまう…といった思考になってしまっていたんですね。

どこかの企業や組織に所属することが安心材料になる方もいると思うのですが、わたしにとってはそれがあまり嬉しくなく、自分がなくなってしまうような気がしていました。

今思うとその感覚や価値観が、結局現在フリーランスとして働く心地よさにつながっているのだとも思います。しかしその時のわたしには、民間企業への就職という道しか見えていませんでした。

そもそも人間は多種多様で、世の中の働き方も多様化しているのに、全員が全員同じように民間企業への就職がしっくりくるわけもありません。

これは就職だけじゃなくて、学校生活などの集団生活についても同じように感じます。だから人の感じ方は多種多様なので、不登校になったり学校への拒否感がある人がいても全然おかしくないと思うんです。

しかし、当時のわたしは「みんな普通にできている就職活動に拒否反応がある自分がおかしい」というような考え方をして落ち込んでしまい、うつ病を発症しました。

でも10年経って自分らしい働き方を見つけたいま、当時の自分に何か言うとしたら、「その拒否感を大事にして自分の感覚を信じていい」ということです。

やりたいことが分かるならやりたいことをやるべきだし、やりたいことが分からないならやりたくないことはやらないという消去法で選択していっていいと思います。

▼学生時代にいろんな働き方を知ることが大事だった

「学生時代にしかできないことはない」と言いましたが、社会人になって朝から晩まで仕事ばかりで自分の趣味の時間が取れないほどに働く働き方を選んでしまうと、そうなってしまう可能性はあります。

企業や組織に勤める人の働き方で、もっとも一般的なのは1日8時間労働だと思いますが、それなら学生が朝から夕方まで授業に出る時間とあまり変わりません。

その後の自由時間は学生でも社会人でも同じように自分のために使うことができますので、社会人になったからいきなり自分のやりたいことができなくなるということはないですよね。

たしかに学生には夏休みや春休みなど、何ヶ月もあるような休みの期間があるので、社会人より旅行や留学などがしやすくはありますが、社会に出たらそれが全くできなくなるかというとそういうことはないです。

しかし、社会人になって残業が多すぎたり、持ち帰り仕事があって自宅でも休む時間や自分のために使う時間がないと「社会人になると時間がない」ということになってしまいます。

実際にわたしも社会人になって、2回目のうつ病を発症した時がまさにそのような働き方をしていた時で、今ではそれは本当に間違っていたと思っています。

仕事のために毎日があるような生き方で、何のために生きているか見失ってしまうような毎日で、人間の本能に逆らうような日々でした。

わたしは人として自然で、あるべき姿というのは、自分のやりたいことや自分のために生きていくことだと思っています。

もしわたしがうつ病だったときのように、自分のやりたいことが分からずに、自分のために生きたいと思えない時は、自分を大切に思ってくれる人のために生きることが大事です。

しかし、自己犠牲が多い働き方はその両方を満たすことができません。自分も辛いし、自分を大切に思ってくれている人を喜ばせることにもなりません。

10年前に就職活動に必死だった頃のわたしは、どこかの企業に属す働き方に捉われすぎていました。でも今となっては、フリーランスで日々楽しく自分らしい働き方ができています。

そのときの自分に何か伝えることができるとしたら、「こんな働き方もあるよ」と今の自分の働き方を教えてあげたいですし、この働き方になってからのほうが組織に属して働いていたときよりも、学生の頃よりも、自由度が増していることを伝えたいです。

だから21歳でうつ病になった私が感じていた「この先の人生下り坂だ」ということは全くありませんでした。たしかに、うつ病の再発もあり苦しい20代を過ごす時期もありましたが、30代では自分らしく無理しない人生を歩めています。

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今回も最後まで読んでくださりありがとうございました。また次回の記事でお会いしましょう!

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