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産後うつやうつ病闘病に終わりが見えなかった私がうつを抜けることができた理由

しゃーごん

保育士/チャイルドカウンセラー

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こんにちは!保育士母さん、しゃーごんです。

現在、保育士として地域の公民館や療育教室で親子遊び講座をしたり、地域の保健師さんと一緒に子育て講座にまわったりするような働き方をしながら、子育てに関する情報発信をしています。

先日おたよりフォームにこんなご相談をいただきました。

【ペンネーム:Nさんより】
突然の質問、すみません。しゃーごんさんは鬱病が完治しているとの事。
聴いて救われる嬉しいで気持ちです。その時、主治医から「あたなは鬱病です」とか「鬱病は完治しました」とハッキリと言われましたか?
私は何年もずっと同じ心療内科に通っているので、このまま一生薬を飲み続けて、「これで終わりです」や「鬱病は治りました」と言われるのかなー?と感じているもので。
今は希死念慮もあり、酷い状態なので仕方ないですが、、、これって病気が原因?ただ生理前でイライラしてるだけ?病気の話を持ち出して、言い訳にしてるんじゃないと、自分に問いかける日々?いや数年です(^_^;) 数年こんな状態だから、本来の自分ってどんなだったけ?の忘れかけもしていて。。
こんな思いをされている方が他にも居るのか、しゃーごんさんご自身がこんな風に感じたことはなかったか、お聴きできたら幸いです。長々と失礼致しました。

今回はこちらのご質問をもとに、うつ病闘病経験についてのお話していきたいと思います。

私は医学の専門家ではありませんので、あくまで個人の闘病体験談として参考にしていただければ幸いです。

▼治すにはうつ病であると自覚することから

わたしは21歳の時に1回、28歳の時に1回、心療内科に通ってうつ病治療をした経験があります。

初めてのうつ病の時は、まさか自分がうつ病になるとは思ってもいなかったので、病院に行くことも病気の発見も遅れました。

まずは今回のおたよりでいただいている、「主治医から「あなたはうつ病です」とか「うつ病は完治しました」とハッキリと言われましたか?」というご質問に関してお答えします。

わたしの場合は、1回目のうつ病は大学在学中、2回目はフルタイムで仕事をしていた時だったので、どちらも学校と勤め先に説明が必要だったため診断書を出してもらいました。

「うつ病」という名称ではなかったですが、「抑うつ状態」のように書かれていたと記憶しています。

そのため、特に初めてうつ病になったときは、診断がついたことによって「これは病気なんだ。これ以上自分の力だけでなんとかしようとしなくていいんだ」とホッとした気持ちがあったことを覚えています。

うつ病のような心の病気は、一見すると普通の状態と変わらないように見えたり、言わなければ他人に気づかれないことも多いと思います。

実際にわたしもうつ病闘病中は、1回目も2回目も必要最低限にしかまわりには伝えていませんでした。

そのため、少し調子が悪そうに見えるだけの場合「気の持ちようだよ」とか「誰だって落ち込むことあるよ」など、悪気なく励まされることがあると思います。

しかし、うつ病は気の持ちようや考え方を変えるなどで簡単に治る病気ではありません。しかもうつ病は、脳の働きに何らかの問題が起きて発症すると考えられています。

脳の中では、情報を伝達するためにさまざまな神経伝達物質が働いていますが、一説ではうつ病は、その神経伝達物質のひとつが減ることで引き起こされるのだということを、私もうつ病を闘病していく中で学びました。

ですからまずは、自分ひとりでなんとかしようとせずにうつ病であることを自覚することは、適切な治療を進めていくうえでもとても大切なことだったと思っています。

▼先が見えない治療の中でどううつ病と向き合うか

そしていただいているご質問のもう一つ「完治したとハッキリ言われたか」に関して、これについては「完治しました!」とその場で主治医に宣言されたというよりは、「きっと大丈夫だと思うけどまた不安だったらいつでも来てくださいね」と言われて、予約を取らずに行かなかったらそれきりになったという感じでした。

そしてそれからいきなり絶好調になったわけでもなく、調子がいい日、悪い日を繰り返しながらも段々と完治を実感できるようになっていきました。

うつ病の治療中は、まさにわたしもご質問者さんと同じように「先の見えない不安」を抱えていました。

本来の自分がわからないという感覚もよく分かりますし、そもそも自分という存在が自分でもよくわからなくなっているから、生きる意味を見失いがちでした。

しかしやはり治ってみて思うのは、焦りは禁物で「きっと治る」と信じることが大切だったということです。

ただそうは言っても、うつ病闘病の渦中にいるときは、そんなふうに前向きに考えることはできませんでした。自分のことが信じられないから「きっと治る」なんて簡単には思えないんですよね。

それでわたしはまず、支えてくれる周りの人が言ってくれることを信じることにしました。特に1回目は学生時代で結婚前だったので実家の家族、2回目は結婚していたので夫からかけてもらう言葉を励みにしていました。

はじめてうつ病になったときは、特に母がうつ病のことを理解しようとしてくれて、「〇〇(私)のせいじゃないし、考え方が悪いわけでもない。脳の何とかっていう物質が今は働いていないだけでしょ♪」と言って励ましてくれていました。

そして2回目も、夫が何もできない日がある私に対して「ゆっくり休めてよかったね。だんだんよくなるから大丈夫。」のように声をかけてくれたことに救われました。

うつ病の渦中にいる時は、明日のことを考えるのも嫌で何もかも投げ出したい気持ちになることが多い中、未来のことを明るく前向きに考えるなんて無理な話だったと思います。

でも自分のことが信じられない分、「根拠はないけどきっとみんながいるから大丈夫」と周りを信じて気持ちを持ち直すことができました。

▼「本来の自分」より「望む自分」へ

今回のご質問者さんは「数年こんな状態だから、本来の自分ってどんなだったけ?の忘れかけもしていて…」とおっしゃっていますが、私も最初のうつ病から今の自分になるまでは10年かかっているのでお気持ちが分かります。

大きなうつ病でいうと2回で、最初のうつ病か2〜3年で一度治ったとは思ったのですが、無理しすぎる生活に戻るとまた再発してしまいました。

わたしは結局うつ病を経験する前の生活に戻ってしまうと、うつ病を繰り返す原因に逆戻りしてしまい、心身ともに健康に生きていくためには「本来の自分」に戻るだけでは、あまりよくありませんでした。

いまは2回のうつ病経験を経て、わたしはうつ病になりやすいタイプなんだと自覚して日々のモットーが「無理しないこと」になりました。これは育児でも仕事でも日々の生活でも大切にしている心得です。

しかしこれは、うつ病の前のわたしにはない感覚で、うつ病を経験したからこそ得た人生の大切な指針です。

うつ病を経験する前の状態が「本来の自分」であるとするならば、わたしは今本来の自分にはなかった別の自分になって人生を前向きに生きていることができています。

わたしもうつ病闘病の渦中にいるときは、まずはうつ病になるの前の自分に戻りたいと願っていました。投薬やカウンセリングなどがなく、普通に日々を生きられていたころに戻りたいと思うからです。

それもひとついい目標ではあると思うのですが、わたしが自分自身の闘病経験を経て思うのは、うつ病を乗り越えれば、本来の自分以上の望む自分になれてラクに生きられるようになるということです。

うつ病の経験は本当につらいものでしたが、今となっては人生に必要なものだったんだろうと思います。それをキッカケにわたしはがんばりすぎる生き方をやめてラクになりましたから。

もしもうつ病と闘わず、自分をごまかしながら無理して頑張り続ける人生を送っていたら、そっちのほうがこの先どうなっていたか怖いです。

うつ病になった方は、それまで心身のSOSを無視してがんばりすぎていた可能性が高いです。そのためうつ病の経験をきっかけに、その先の人生はがんばりすぎず辛くないものにしていけるチャンスでもあると思います。

ですからまずは闘病中は徹底的に無理しないこと、そして焦らないことの練習と思って、しっかりと心、体、頭を休ませてほしいと思います。

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今回も最後まで読んでくださりありがとうございました。また次回の記事でお会いしましょう!

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