ショートフィルム

命の終わり いのちとは何か?トドを仕留める老猟師その複雑な胸中 後編

下口谷充

テレビディレクター/プロデューサー

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「ここまでつぶさに撮したことは、いまだかつてなかったど」。
冬の極寒の海でひとり、トドを追う猟師・俵静夫(84)が呟いた。彼に出会ってから5年、僕はついにその猟の一部始終をほんの目の前で記録する機会に恵まれた。

波の高さ1〜1.5mうねりを伴う、晴時々曇、気温マイナス5度。空が明るみはじめる朝7時に出港する。海を潜って逃げるトドを、ライフル銃を片手にボートを操りながら海上で仕留める俵の秘技。トドが遠くの海面に顔を上げる、まさにその一瞬を狙うのだが、トドは逃げ、波にボートはゆられ、双方突発的なうねりに翻弄される中で照準をつける。そんな過酷な条件下で、1発で仕留めるのが俵の信条だ。

例えば、トドが80m先にいるとして、銃身が1mmずれても、角度が0.1度ずれたとしても、当たらないだろう。しかもボートには僕と池村カメラマンの2人が同乗している。無理ではないだろうか…‥?5年越しで俵の元へ通い、そう思いはじめた矢先、その時がやってきた。

俵がライフルを構えると、「ずたっ」という異音がする。S E(効果音)ではないかと思える程の、ビタっと静止して構えるときの音が出るだ。これが僕たちに緊張をもたらす合図だ。その瞬間、彼は息を止めている。呼吸していたら銃身がブレて当たらない。しかも、ボートはずっと波で揺られる。俵の上半身はかたく硬直しているが、下半身はしなやかに波の動きを吸収する。

ライフルは単身自動装填式のブローニング・ロングトラック。全長102cm口径7.6mmの銃だ。トド猟に出ない夏も手入れを欠かさず、サビひとつない。これが俵にとっては体の一部になっているという。その引き金は、ほんのちょっと人差し指に力を入れだけで発砲するほど「絞り」きっている。4kgの銃身だから、しばらく固定するにはかなりの筋力がいる。

トドのどこを狙うかというと、頭、もしくは脊髄だ。ただトドの頭蓋骨は前方に尖っていて非常に硬く、「迎え撃ち」という顔の真正面から撃ちこんでも、銃弾がはじかれることがあるという。だから、頭で狙う角度は、骨の薄い側面を狙う「横撃ち」と、後ろから狙う「追い撃ち」になる。当たれば一発で仕留められ、苦しませることがない場所だ。

俵が集中し、呼吸音と波の音だけが聞こえる緊張した空気を一瞬で破るように、銃声が耳をつんざいた。それはトドが深く潜る直前、遠くへ移動するために大きく息をしようと首から胴体の部分が海面から垂直に半分ほど上がる、ちょうどその時だった。

トドの口から、俵がいうところの「寒天のような」血の塊が出た。こんなに多くの血がどうすれば出るのか、とにかくドッと出た。首を海面から出したトドは吠えた。俵はその瞬間の開いた口を狙った。だが、弾はわずかに逸れ、食道を破ったものの脊髄には当たらず、手負いになった。暴れるトド、曇る俵の表情。そこで彼は深呼吸し、「止め弾」の発射態勢に入った‥‥。

俵のトド猟の目的は、仕留めて終わりではない。貴重なタンパク源であるトド肉を陸へ持ち帰り、食ベることにこだわる。島民にとって、トドは貴重なタンパク源で、その脂身は冷えた体を温める。俵のところには肉のリクエストがあり、人々はいつも順番待ちだ。

名人と呼ばれる俵だが、海に出ればいつも獲れるという程、トド猟は簡単ではない。昔のように岩礁に乗った動きの鈍いトドを狙うのとは訳が違う。近年は、数回海にでてやっと1回仕留められるくらいだ。

トドの亡骸を港に一晩係留しておき、翌日自らの手で解体する。マキリという両刃のナイフで腹から皮を剥いでゆき、その上で全ての作業をする。肉は骨がガリガリ言うほどこそぎ取る。食べない筋の辺りもとっておき、解体後に鳥にやる。臓物は研究用に北海道水産試験場へと送り、トドの生態研究や管理に役立てる。そして、残った皮と骨は、海に返し養分にする。「粗末にしない」とはこういうことかと教えられる。

熱すると濁りのない脂になる白身、そして鉄分たっぷりの赤身の肉は食べると体が火照り、子どもが食べればオネショが治るとされてきた。俵はすき焼きにして食べるのが好みだ。トドがやってくる季節になると、俵家の冷蔵庫には、手ヒレを酢漬けにした保存の効く珍味「テッピ」が常置される。

こんな風にトドがとても身近な生活が、礼文島にはある。トドを狩って持って帰り、島民が思わず笑顔になる。それは、島に住む民族や文化が変わっても、変わらない営みなのだろう。縄文時代も、オホーツク人の時代も、アイヌの時代も、現代も、本質的に変わらない生き方を、俵が体現しているように思えてくる。生き物を無闇に殺生せず、敬意を払い、その命を充分にありがたがる生活が、この島には時代を超えて毅然と存在しているのだ。

最後に。老齢でありながら現役の俵から、「老い」について学ばされた。ずっと漁業で使っていた中型船を手放した時俵は言った「老いるということは、絞り込んでゆくことだ」。海のことなら負けないと自負する俵は、一年中海で魚介をとり、トドを狩って生きてきた。そして、80歳を過ぎると、中型船での漁師人生を終わりにし、小型船でのトド猟などに絞り込んだ。

なぜ俵静夫は老いてなお、ひたすら真面目に信条を守り、トド猟師を続けているのか?知り合って6年目、こんな考えが僕の脳裏に浮かんだ。俵さんにとってトドを狩ることは、その行為自体がいのちに対するある種の供養であり、同時に、自らの死と向き合うための儀式みたいなもの、なんじゃないかと。

前編「撃たない猟師」はこちらから
https://creators.yahoo.co.jp/shimoguchiyamitsuru/0200056817

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