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「『事故物件』と冷やかさないで」――専門不動産会社が、住人が亡くなった家を再生するまで

庄輝士映像ディレクター

「事故物件」として世間に避けられる住宅がある。自殺や他殺、孤独死など、さまざまな理由から人が宅内で亡くなった物件だ。東京にそんな事故物件を専門に扱う不動産業者がいる。これまでに売買・賃貸などで取引した事故物件の件数は400〜500件。その数だけ人の死に接してきた。なぜ同業者も苦心する物件に注力するようになったのか。どんな苦労があるのか。話を聞いた。

■売れなければ、空き家問題にもつながる

「当社のモットーは、事故物件を世の中に再生していくことです。人が亡くなってしまったという事実は隠せません。そのままで扱うのは難しいですから」

そう語るのは、「お困り不動産解決本舗 ハッピープランニング株式会社」の大熊昭さん(45)だ。

大熊さんの言う事故物件の”再生”とは、事故物件を買い取り、多くの場合、リフォームやリノベーションなどをし、事故物件だと感じられないようにして、世の中に流通させることだ。建築業に勤務後、26歳で通常の不動産業に就き、今から5年ほど前、事故物件専門になった。

「『事故物件』ともう呼ばなくてもいいようなものまで含めれば、国内に10万件くらいあるんじゃないでしょうか。死因は高齢の方の孤独死が一番多いように思いますね。今は近所付き合いも減っていますから。そのままずっと売れなければ、空き家問題にもつながります」

事故物件は「幽霊がいる気がする」「縁起が悪い」といった理由で人から避けられやすい。大熊さんによると、通常の不動産業者すら扱うのを避ける傾向があり、個人だけでなく同業者からの相談も多いという。一方で、気にせずに借りる人、購入する人もいる。メリットはもちろんその値段だ。

■実際に住人が孤独死した物件へ

住人が孤独死した一戸建ての物件に同行した。開封されていないビール、積まれている小説、きれいに整頓されたキッチン、使いかけの調味料、携帯電話……。亡くなった方の荷物がまだ残っている。住んでいたのは単身の60代男性で、死後2週間ほどで発見された。恒例になっている親族の集まりに来なかったため、心配で見にきたきょうだいが発見したという。

「残されている物を見ると、亡くなった方の生活が見えてくる。どういう方なのか、想像しますね」

大熊さんはそう話しながら、階段の段数に至るまで、物件の間取りを細かく記録した。物件が現状どうなっているか、まず把握する必要があるためだ。リフォーム、リノベーションする際の間取り、デザインなどは、全て自身で考える。

事故物件はしばしば怪談話の対象になる。大熊さんはこう言う。

「事故物件という言葉の背景には、人の死があり、いくつもの悲しいストーリーがある。冷やかす行為は止めてほしいと思います」

通常の不動産の売買、賃貸に比べ、関わる人たちの複雑な感情が入り込みやすい。いったん相続人の名義にした後に大熊さん所有とするため、相続人とのやりとりが発生するが、人数が多いこともある。多いときには、一つの物件で20名近くの相続人と話したこともあったそうだ。

大熊さんは、どういった亡くなり方をしたのか、遺体を発見されるまでどれくらいの時間がかかったのかなど、遺族に一つ一つ聞く必要がある。遺体の発見が遅れた場合、遺体から出る体液や匂いなどによって建物へのダメージが大きいこともあるため、それを加味して値付けするのだ。報道されるような凶悪殺人事件や、一家心中で何人も亡くなるような物件は、値下がり率は大きくなる。

遺族の方に事情を聞く作業は、同情してしまい「毎回つらい」という。大熊さんが、事故物件を専門に扱うようになったのはなぜなのか。

「私の親友と、可愛がってくれた父みたいな存在の人が自死されたんですね。信じられないという気持ちを超えて、時間が止まるような感覚がありました。しばらく経ってから、『本当かな』と思えるようになった。そのときはこの職業ではなかったので、何にもできませんでした。その後不動産業についたのはたまたまなのですが、当時の気持ちを思い返すうち、ご遺族が亡くなってショックを受けているなか、物件の処理に困っている人がいるんじゃないかと思うようになりました」

■告知義務には明確な期間の設定がない

リノベーションが完了した物件にも同行した。昨年は住人の荷物がそのまま残り、生活感にあふれていたが、打って変わり、悲しい出来事があったとは思えないほどきれいになっていた。

しかしきれいに生まれ変わっても、事故物件であることは変わらない。じつは事故物件の告知義務には明確な期間の設定がない。過去に裁判になったこともあるが、判例はさまざまだ。

「一回誰かが住んだだけで次のときに告知義務が消えるかというと、僕はそうではないと思っています」

家主と借主間でトラブルになることもあり、現在国土交通省でガイドラインの作成中だ。

大熊さんは、事故物件を減らすような取り組みも考えている。親と離れて暮らす方や、大熊さんのところへ相談に来た不動産業者に対し、ライフラインの使用状況によって家族に連絡が届く各会社の見守りサービスや、行政のサービスを紹介するなどして、事故を事前に防ぐことにも注力している。「こんなサービスがあるのか」と驚かれることも多いという。

「この仕事では、いろんな人といろんなケースでお話をします。そのなかで、逆に僕が再生させてもらっているような気がしますね」

悲しい出来事を経験した物件は、今日も大熊さんの手によって再生され、次の誰かの帰る場所となり、世の中に戻っていく。

クレジット

監督・撮影・編集:庄 輝士

映像ディレクター

京都府出身で関西を中心に映像制作を行う。大学で語学を学んだのち映像の世界に入り、様々なジャンルの映像制作に携わって来た。語学力を武器に海外のクライアントとの映像制作にも積極的に参加し、英BBCなど海外メディア媒体のショートドキュメンタリーの制作も任されてきた。自分の視点での日本のストーリーを世界に発信中。

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