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林業は木を切り育てるだけじゃない ――「負の遺産」と呼ばれた山でマウンテンバイカーと始めた取り組み

鈴木利岳写真・映像作家

林業が成り立たずに人の手が入らなくなった山林で、マウンテンバイク(MTB)を自由に走らせてみたい――。そんな夢の実現に、静岡県の山林地主とマウンテンバイカーたちが取り組んだ。日本の国土の半分以上を占める森林の多くは個人の地主が所有しているが、輸入木材の増加で採算が取れず、高齢化や管理者不足で荒れたまま放置される森林があちこちに見られるようになった。「負の遺産」になりつつあった森林を抱える地主と、山中で走り回り迷惑者扱いもされてきたバイカーたち。その出会いから始まったプロジェクトを追った。

●国内のマウンテンバイク事情
日本の山々には林道や地元の人たちの生活道路が無数にあり、マウンテンバイカーたちの格好の遊び場になっている。しかし、多くが私有地にあるそれらの道をバイカーたちが許可なく走っていいのものか、長い間あやふやなままになっていた。

「とにかく山を走るのは楽しいが、本当にここ走っていいのかハッキリしない所ばかり。いい所を見つけては正直グレイな状態で走っていたのが過去」と話すのは、マウンテンバイカーの小倉幸太郎さん(47)だ。「長い間、白黒ハッキリしない所を、いつ怒られるんじゃないか、いつ『お前らやめろ』って言われるんじゃないか」と常に後ろめたい気持ちで走っていたという。

その小倉さんと静岡県森町の森林組合長・甚沢(じんざわ)万之助さん(75)との出会いが、やがて小倉さんの後ろめたさを解消させることになる。2022年4月、甚沢さんが持つ山林に、だれもが走れるMTB専用パーク「ミリオンペタルバイクコース」がオープンしたのだ。

●「負の遺産」とまで認識される国内の山々
甚沢家は、江戸時代から所有する約200ヘクタールの山林で椎茸栽培と林業を家業としてきた。安価な中国産に押され、椎茸栽培は万之助さんの代で廃業。林業も1960年の木材の完全輸入化自由から価格の下落が続き、利益を出すのが難しくなった。いまは所有する山が荒れないように管理するので精一杯だという。

「一生懸命先祖が積み上げてきたものを、自分の代で『お金にならないから』と売ってしまう。そんなことは自分にはできない」と甚沢さん。第2次世界大戦後は「山持ち、お金持ち」と言われた時代もあったが、いまや山々の多くが高齢化による管理者不足や固定資産税の負担などを理由に「負の遺産」と認識されてしまっているのだという。

甚沢さんが所有する山は水源管理保安林に登録され、植林を目的とする林業以外での使用は認められていなかった。一方、木を切ったら必ず植えることを条件に固定資産税が免除されていた。「これからの林業は木を切り育てるだけじゃない」と予測していた万之助さんは1996年、林業以外の目的での山の使用が許可され、かつ固定資産税が免除される保健休用保安林に申請。10年後の2006年に政府から許可がおりた。この許可が、後に甚沢さんが管理する山でのMTBコース作りにつながった。

それまでの間、指導的立場だった仲間たちが「お金にならない」「後継者がいない」といった理由で山を売ってしまい、ショックを受けたこともあった。「諦めたって山はどこにも行かない。今の時代はかろうじてでもいいから、次の時代に渡していくのが自分の責任かな」。甚沢さんが小倉さんに出会ったのは、そんなことを考えていたときのことだ。

●甚沢さんとマウンテンバイカーたちの出会い
林業以外の方法で山の活用方法を模索していた甚沢さんに小倉さんたちの存在や国内のMTB事情を伝えたのは、義理の息子の甚沢攻さんだった。話を聞いた甚沢さんは、「とにかく日本の山が生き残る方法は、若い世代に山に来てもらって、まずは知ってもらうことから」と、所有している200ヘクタールの山林の約1割にあたる20ヘクタールを貸し出し、MTBコースを作ることを提案。小倉さんらメンバーは、二つ返事で受入れた。

自分たちが、ただただ心置きなく走れる環境を作りたい。こんな気持ちから、小倉さんを中心とするメンバーは2021年4月から手作業でコース作りを始めた。ただ、本格的なコースを作るには、ショベルカーが必要だ。限られた資金でどう対応するか。メンバーたちは考えた。

2021年8月、小倉さんたちは林野庁主催のビジネスコンテストに参加した。約7割の日本の人工林が再造林されていない現状をどう解決するかがテーマで、10月まで2ヶ月間に講習会が4回、発表会が2回あった。ショベルカー欲しさの軽い気持ちで参加したメンバーたちだったが、日本の森林が直面する問題などを勉強していく中で、気持ちが変わっていった。

「どうしたら森林問題を解決できるか、自分たちが持続的にMTBを楽しんでいくにはどうしたらいいのか」。コンテスト期間中、メンバーたちはほぼ毎晩オンラインでミーティングを重ね、計画を練った。メンバーたちは、これで考えの擦り合わせができたことで精神的にコース作りが加速化したと振り返る。そこで共有したのが「持続的にパークを使わせてもらうには、地主さんや森に何かを返していきたい」という思いであり、コースを一般客にも有料で開放し、甚沢さんに借地料を払うことを決めた。

そうしたプロセスをへて、コンテストでは「サステナブル・フォレスト・アクション(SFA)」部門で最優秀賞を獲得。賞金300万円でショベルカーをレンタルすることができ、コース作りに物理的にも役立った。

小倉さんは、勤務先のヤマハ発動機では行政と連携し、公道を走る電動車による移動サービスを中山間地や高齢者の足の確保につなげる計画を担当している。人事担当者と面談を重ね、「地域貢献になるなら」と副業が認められ、終業後や休日を使って仲間と運営会議やパークの維持管理に取り組んだ。

2022年4月。MTB専用の「ミリオンペタルバイクコース」がついに完成した。自然林であるコナラやクヌギを中心とした紅葉樹を生かし、子供から大人まで木々の間を縫うように楽しめる5つのコースがある。

甚沢さんの山にできたパークは、週末になるとたくさんの家族連れや地元の子供たち、MTBフリークでにぎわう。2022年4月から12月までに約1000人が訪れた。大人2000円、高校・大学生1000円(中学生以下無料)の使用料から甚沢さんへ借地料を支払い、法人として納税もした。

「子供たちが毎週のように遊びに来て、日に日にうまくなってく姿を見ていると、日本のマウンテンバイクシーンだったり、森であったり、作ったパークであったり、すごく面白い世の中が今後来るんじゃないかな、という気はすごくしている」と小倉さんは語る。今後はマウンテンバイク以外での山の楽しみ方も企画しており、樹木の上に建てる「ツリーハウス」や「ツリークライミング」の準備も進めている。他県からの視察のほか、近隣の自治体から「MTBコースを作ってほしい」との依頼が来ている。

「日本全国中にMTBコースを作って、MTBで日本1周するのが目標」と小倉さん。甚沢さんも、子供たちが自分の山で遊ぶ様子をながめながら「ああ、やってよかったな、やってもらってよかったな」と目を細める。

山桜に新緑、紅葉に落ち葉。日本の四季が味わえる自然林へ足を運んでもらうことで、日本の山がかかえる問題を解決したいと甚沢さんは願っている。その思いを受け、自分たちが愛するマウンテンバイクを通じて山を次世代に引き継いでいこうとする小倉さんたち。その試みは、さらに続く。

クレジット

監督・撮影・編集:鈴木利岳
プロデューサー: 初鹿友美、金川雄策
アドバイザー:庄輝士

撮影協力:ミリオンペタル、静岡県森町森林組合

写真・映像作家

静岡県出身。明治大学情報コミュニケーション学科卒業と同時に、ニュージーランド航空と環境保全局のサポートにより世界各国の選抜メンバーと共に日本人代表として同国観光PRプロジェクトに従事。以後写真家として独立。グラミー賞受賞アーティスト、大手企業のPR撮影、旅やアウトドアを中心とする各種媒体の撮影担当。2021年3月より映像制作開始。TV,CM,行政,企業PRと幅広く活躍中。 写真映像クリエイター集団「SIDDAC STUDIO」代表。 ドローンによる空撮映像「DRONE FILMS」代表。 環境保護団体「River to Sea制作委員会」代表。 日本語・英語バイリンガル。

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