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「まるでトロみたいに美味しいけど、食べすぎると(社会的に)死ぬ魚」を食べた

茸本朗

野食ハンター

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ぼくのことではない

突然ですが、皆さんは「マグロの大トロみたいに美味しいけど、食べたら肛門が言うことを聞かなくなる」という魚がいたら、食べてみたいと思いますか?

おそらく、ほとんどの方は「バカ言うな食うわけねぇだろ」あるいは「ちょっと意味が分からない」というのではないでしょうか。

しかし大変遺憾なことに、この国にはそんな「どう見ても危険なブツ」を進んで食べたがる変人が少なからず存在しています。その一人で「野食ハンター」なる珍妙な職業を名乗り活動している「Tくん」という知人について、この場を借りてちょっと話をさせていただきたいと思います。

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Tくんは幼少時から今に至るまで、野外で採取してきた食材を普段の食卓に活用する「野食」という活動をライフワークとしています。

卑猥な目つきでキノコのひだを覗き込むTくん
卑猥な目つきでキノコのひだを覗き込むTくん

なんでわざわざそんな変なことをしているのか? と彼に問うたことがあるのですが、曰く「めちゃめちゃ美味しいのに食用にされていないものって結構ある、なんなら街中にも。そういうのを見つけるのがテレビゲームよりも楽しくて、気が付いたらずっとやってた」のだそう。

とはいえ、ひとつの美味との出会いの陰には、その何倍もの失敗があるはず。実際に彼はそういった負の体験もいっぱいしているようで、それをまとめたウェブサイトや動画チャンネルを公開しています。

そして、その中でも最も強烈な失敗をもたらしたものが冒頭の「大トロみたいに美味しいけど、食べると肛門がいうことを聞かなくなる魚」です。
Tくんはよせばいいのにそれを食べ、そして大変な目に遭いました。なのでさぞその魚のことを憎んでいるだろうと思ったのですが、話を聞いていると口では最悪だ、大嫌いな魚だといいながらも非常に楽しそうな顔をしており、あまつさえ「また食べたいから今度釣りに行ってくる」なんていう始末。

彼がそんなアンビバレンツな愛を注ぐその魚はいったいどんなものなのか、せっかくなのでぼくも釣りに付き合うことにしました。そして、そのやべー魚を口にする機会を得ることになったのです。

彼が食べた「ワックス魚」なる魚について

では早速釣行記を……と思ったのですが、せっかくなので今回はまず、彼が遭遇した「ひどい目」について語りたいと思います。

当時、Tくんはアルバイト生活から久しぶりに正社員の身分を取り戻し、新しい環境で意気揚々と働き始めたばかりでした。平日は一般人の皮をかぶって社会人として暮らし、週末ごとに釣りやキノコ・山菜狩りに行って平日食べる食材を確保する、という日々を送っていたのです。

そんなある日、Tくんはとある友人から釣りに誘われました。静岡の清水という港から「夜中に船に乗って釣る」という話を聞いてちょっと躊躇したものの、それを上回る好奇心、そしてその友人がいう「大トロみたいに美味しい」というセリフの魅力に押し切られる形で参加を決意しました。

だってそんなん言われて食べたくならない人なんています? いや別に自分の話じゃないですけど……


釣りの日は幸いにも天気も良く海も凪、Tくんを乗せた釣り船は予定通り出船。
狙う魚は「バラムツ」そして「アブラソコムツ」というもの。

左がバラムツ、右がアブラソコムツ
左がバラムツ、右がアブラソコムツ

最近は知名度が上がっているので聞いたことがある人も多いかもしれませんが、当時はまだ非常にマイナーな魚でした。いずれも体長1mを超える大魚で、日中は水深1000mほどの深い場所に棲息する深海魚ですが、夜になるとエサを追いかけて100mほどの場所まで浮上します。

そうなると、釣りとしては難易度の低いものとなります。釣り開始からすぐに船中あちらこちらで「釣れた!」という声が聞こえ、ぼくTくんも初体験ながら釣り始めて30分ほどで本命であるバラムツをゲット。

バラムツを持つTくん
バラムツを持つTくん

続けて友人がアブラソコムツを釣り上げ、両本命の肉を確保することに成功したのです。

よかった、清水までわざわざ足を運んだ甲斐があった……と胸をなでおろしたものです……Tくんが。


しかしここで、皆さんの中には「そもそもそんな美味しい魚がいるならわざわざ遠くまで釣りに行かなくても、お店で買えばいいんじゃない?」と思う人がいるのではないかと思います。しかし、残念ながらそうはいかない事情があります。

バラムツを解体したものがこちら。

尾びれ寄りの、普通の魚なら一番脂乗りが悪い部分
尾びれ寄りの、普通の魚なら一番脂乗りが悪い部分

ご覧の通り、脂で真っ白! マグロであればこんな見た目の肉は腹身のごく一部分だけでしょうが、バラムツやアブラソコムツは見渡す限りこの状態です。彼らが俗に「全身大トロ」と呼ばれるというのもさもありなんです。

こんな個性的な身質になっているのには、深海魚ならではの特殊な理由があります。

多くの魚は体内に鰾(うきぶくろ)を持ち、その中の気体の量を調整することで浮力の調整を行います。しかし、水圧の非常に高い深海では鰾が機能しづらくなるため、深海魚のなかには鰾を持たず、水より比重の軽い「脂肪」を溜めこむことで浮力を得ている魚が存在します。バラムツやアブラソコムツもこの類の魚で、彼らの体脂肪率は40%ほどにも達します。まさに「大トロ」。

しかし冷静に考えれば、そんなデカくて味も大トロなどという夢の魚がいるとしたら、それが「流通していない」というのはおかしいなと考えるべきでしょう。ここに、彼らの立場を決定づける最大の特徴が存在します。

魚の脂肪といえば、一般的には健康食品で知られるDHAやEPAといった不飽和脂肪酸、それからギンダラなどにはトリグリセリド(牛脂やサラダ油と同じ中性脂肪)も含まれています。しかしバラムツやアブラソコムツの脂はそれではなく「ワックスエステル」と呼ばれるものです。これは髪につけるワックスや肌に塗るオイル(ホホバオイルなど)にも含有されている種類の油脂で、人体の消化器官では消化・吸収することができません。

そのため食べると脂が吸収されないまま消化管をくだり、液体となってお尻から出ます。海外で市販されるような強力なダイエット剤を飲んだときと同じような状態になるわけです。このことから彼らは「異常脂質魚」と呼ばれ、食品衛生法により流通が禁止されています(すべての異常脂質魚の流通が禁止されているわけではない)。わが国ではこれらの魚を購入することはできないのですね。

ただ、このワックスエステル、基本的には毒性はありません。また舌の上ではワックスエステルとDHA等の食用油を区別することはできないので、食べるとその見た目の通り「大トロみたいな味」と感じます。そのためかつては食用にされており、好んで食べていた人も少なくなかったそうです。

そういうわけでこれらの「ワックスエステル含有魚」は現状「売ったらダメだけど、自分で釣るなり採るなりしたものを食べるのはご自由」という状況になっています。そして基本的には釣る以外に手に入れる方法がないため、食べたいと思う人たちはバラムツ・アブラソコムツ釣りのメッカであるところの清水に集うのです。

ワックス魚を食べてみた

解体されたバラムツ&アブラソコムツ。

脂で手が滑る
脂で手が滑る

鮮度もバッチバチによく、脂でテラテラに光った身はいかにも「刺身で喰らってくれ!」と言わんばかりです。

上がアブラソコムツ、下がバラムツ
上がアブラソコムツ、下がバラムツ

というわけでぼくTくんはこれらの魚をお刺身にしてみたのですが、しかしここで下船際に船長から掛けられた言葉を思い出します。

「生で食べたら出るよ! でも火を通せば大丈夫だら!!」

出るというのはもちろん「液体ワックスが」「Get out of 尻穴」ということです。生の状態だと重量の50%強がワックスエステルであり、刺身一切れでも大量に摂取してしまう形になるわけで、危険だよということ。一方でやつらは脂なので火を通せば通すほど肉から出ていきます。そのため加熱したものは刺身よりもお尻から油が出るリスクが低くなるわけですね。

とはいえ、読者の皆様は「脂ノリノリの大トロを、一口目からしっかり焼いて」食べるようなことはありえますか? ぼくにはTくんにはそんな選択肢はありませんでした。ということでまずは刺身で数切れ、2種の魚の味比べをしつつ楽しんでみることにしました。

ちなみに豆知識ですが、釣り人の間では「ワックス魚の刺身は一度に3切れまでにしとけ!」などと言われています。


いただきまーす!

……うーん、、、

正直な感想は「ぼくはこれ、あんまり好きじゃないな」でした。
確かに脂乗りはすごいよ、ぶっちゃけ大トロより上だと思う。でも、なんていうか、脂の液体感がすごい……まるで白身魚の刺身にサラダ油をぶちまけて食べてるみたいだ。

噛み締めると口中に液体油がビューっと広がる刺身、好きな人は大好きだと思いますが、ぼくにはちょっとしんどい。大学生のころならどんぶりに山盛り乗せた海鮮丼でも食べられたのでしょうが。


残りは船長からの言いつけを守り、茹でて脂を抜いてシーチキンにしたり

煮れば煮るほど油が出てくるのよ
煮れば煮るほど油が出てくるのよ

照り焼きにしてみたり、こってり煮てみたりと加熱しながら食べ進めていきました。

加熱すると水分と脂が適度に抜けて、しっとりとほぐれる身はまるでギンダラやサワラのよう。刺身と比べるとはるかに美味で、ご飯に乗せてバクバクいけちゃいます。

気が付いたら、両魚種合わせ、生肉換算で1kg程は食べてしまっていました。そしてこれが後の悲劇につながります。

「ワックスが尻から出る」の真実とは

さて、生だろうが加熱調理だろうが、バラムツやアブラソコムツを食べることはワックスエステルを摂取することと同義。食べた後、どこかのタイミングでそれはお尻から出てきます。

「でも要はケツからなんか出るってことだろ? じゃあ出そうになったらトイレに行けばいいじゃん大人なんだから」

そう思われる方もいらっしゃるでしょう。ぼくもそう思っていました。便意が来たらトイレに駆け込めばいいのだと……

実際に、食後半日ほど経ったところでにわかに便意に襲われ、トイレに駆け込みます。

用を足して振り返ってみると、便器の水面にラー油のような真っ赤な油が浮いているのが確認できました。ワックスエステル自体は無色に近い油なので、これは胆汁などの消化液による着色でしょうか。ぶ厚い油膜を構成しており「予想以上に出たな……トイレが間に合ってよかった……」とその時は思いました。

しかもこれで終わりではなく、その後も2時間おきくらいのペースで便意があり、断続的にトイレに油膜を生成する作業が行われます。

それでも徐々に油の量は減り、便意も発生しなくなっていき、安心しながら迎えた翌日。

勤め先で仕事をしていると、突然お尻の下からふとともの付け根にかけて暖かさが発生し、続けて履いていたジーンズがぷぅっと膨れる感触を覚えました。

「あっ……えっ……? アッ!?!?」

一瞬の疑問符ののち、顔からサアっと血の気が引いていくのを感じます。そのまま悟りを開き、諦めの境地に到達するのを自覚しました。

あ、今、自分、死んだわ……(社会的に)

それまでの油排出時は、なまじっか明確な便意があったので誤解してしまっていました。液体ワックスなんてしょせんはただの液体、彼らにあるのは「蠕動運動と重力に従って肛門に向かい、肛門から外へ出る」という意思だけだったのです。

肛門はその形状上固形物をせき止めることはできますが、液体をとどめるにはやや不向きです。ましてやハンドクリームにもなるほどのなめらかでさらさらした油、括約筋で完全にストップするのはどだい不可能だったでしょう。

お尻から噴出したワックスの量は優に100ccを超えていました。これだけの脂が直腸に溜まれば、お尻さんサイドとしても何らかの対応を取るほかないとも思います。というか自律神経が「ご主人様は今めっちゃ排便したい状態にある」と判断したんだと思います。

全く不随意に、思い切り噴出してしまったのです。尻穴から、大量の油を、職場で、同僚と上司に囲まれながら。

ちなみに豆知識ですが、トイレ以外でワックスを漏らしてしまうことを、業界では「失格する」といいます。何に?


丸1日かけてあれだけ何度も油を便器に出した後でなお、これだけの量のワックスが体内に残っていたという事実……。これらの魚がいかに大量のワックスを含んでいるか、そしてそれを食べることがどれだけ危険かということが実感されました。一番大切なことに気づくのはいつだって、すべてが終わったあと。絶望でマジ泣きしそうになったのをはっきりと思い出します。

「流通が禁止されている魚」を食べた末の惨劇である以上言い訳のしようもなく、その後ずっと「会社でうんこ漏らしたヤツ」として後ろ指をさされ続ける人生をも覚悟しました。


しかしとても幸運なことに、そのときぼくは偶然腰回りに不調を抱えており、椅子の上にビニール製のクッションを敷いていたのです。ジーンズを通過したワックスは彼が受け止めてくれました(そのまま殉職)。さらに、会社のロッカーには外回り用のスラックスがあり、それに履き替えることができました(ジーンズとパンツはビニールに包んで破棄)。さらに加えて終業間近で人が少なかったことなどが幸いし、誰にも気づかれることなく、また会社の備品を汚すことなく退散することに成功しました。

その時点でぼくは完全に自分の肛門を信じられなくなっており、帰り道、会社の最寄の薬局で介護用おむつを購入しそれを履くことで、ようやく心の安寧を得ることに成功しました。

おむつ生活はその後3日にわたり続きました。

それでもワックス魚を食べたい

この恐怖体験から分かったことは

  • 液体ワックスの排泄をコントロールできると思ってはいけない
  • 予想以上の量の油が出てくるが、本格的な排泄が始まるまでに1日ほどかかり、食後3~4日はいつでも出る可能性があるので油断してはいけない
  • どんなに美味しくても、ワックス魚を一度に大量に食べてはいけない(一度にたくさん食べるほど社会的な致死量は低下する)

ということです。意志の力だけでワックスエステルを御することは不可能です。今回は「勤務中」というよりにもよってなタイミングでやらかしたわけですが、そうでなくても寝ている間にお漏らしして布団を汚したり、満員電車の中で突如噴出させてテロを彷彿とさせたりしてしまう可能性は大いにあります。

ワックスエステルをなめてはいけない。美味しいからといって無思慮にばくばく食べると、必ずやしっぺ返しを食らいます。賢明な読者諸兄はぜひぼくの轍を踏まぬようお気をつけいただければと思います。


とはいえ! この魚、実は国外では流通しているところも少なくありません。北欧諸国ではステーキで食べられていたり、アメリカでもホワイトツナという名前でスーパーに並ぶこともあるようです。もちろん彼らもワックスエステルは消化できないので、時に集団油漏らし事故が発生してしまうこともあるようですが……(アメリカでは寿司屋で生のワックス魚が提供されるために事故が起きていると聞きました)。

日本でも、駿河湾沿岸や南西諸島では古くから食べる文化がありました。ワックスエステルの危険性を知っていてもなお食べたくなる魚なのだといえます。


かの体験は、あくまでぼくがワックスエステルに対する知識を持たぬまま食べてしまったことが原因だというべきでしょう。今なら経験値もあるし思慮深さも多少は身に着けた、そして何より今はフリーランスなので外出する必要もありません。

というわけで、今一度釣って、今度はプロの方に調理していただいて、バラムツやアブラソコムツの「本当の美味しさ」を探求してみたい! という思いが強くなり、やってみることにしました。


……ああ、またオンラインでこんな下品な話をしてしまった。ひとえにインターネッツの皆様が「いい大人が尻からなんか出す話」が好きすぎるせいでしょう。

次からはもっと上品に、老若男女誰もが朗らかに楽しめるエピソードをお届けしたいと思います。

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