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街中で体温検査 「新規感染者ゼロの街」新型コロナ封じ込め徹底する中国・南京を歩く

竹内亮ドキュメンタリー監督 番組プロデューサー(株)ワノユメ代表

新型コロナウイルスの感染者が中国全土に広がる中、2月19日〜3月2日まで「12日間連続で新規感染者ゼロ」を実現した都市がある。それが、筆者が住む江蘇省南京市だ。南京市は中国東部に位置する江蘇省の省都で、人口約850万の大都市。累計感染者は93人、現在は63人が治療を終え、残りは30人。死亡者はゼロだ。中国有数の都市として経済発展も著しく、大勢の人が行き交う街で、どのようにして新規感染者をゼロに抑え続けているのか? 徹底的な監視体制を敷く南京市のコロナ封じ込めの現場を歩いた。

<2週間の強制隔離システム>
私は、中国人の妻とともに5年前から南京市でネット番組を制作しており、日本と中国を行き来している。2020年2月中旬、日本への出張を終えて南京市に帰ってきた私は、帰国日から2週間、自宅待機を余儀なくされた。その日、私が空港から直行で自宅に向かうと、門の前で守衛が私を止め、「もしマンション内に入ったら2週間、自宅待機をしてもらいます。それでもいいですか?」と告げられた。私が帰国したその日から、南京市では国内外問わず外部から市内に入ってきた人は全員、自主的に隔離生活をしなければならないという決まりができたという。しかも、同じ家に住む私の家族も、私と一緒に隔離生活を強いられる。

自宅待機中は、マンションの管理人が私たちが指定した食材をスーパーに行って購入し、マンションの入り口まで届けてくれるという、徹底ぶりだった。
新規感染者をゼロに抑えるため、南京市は厳しい隔離政策を行っている。動画でも紹介したが、弊社スタッフが私の家に入る際、南京市が新しく開発した「感染情報管理アプリ」に、氏名・身分証番号・武漢渡航の有無・何月何日どこにいたのかなど細かい情報を登録し、各誓約書にサイン、体温を測り、いろいろな手続きをへてようやく私の家に入ることができた。市当局はとにかく人の移動・出入りを徹底的に制限しているのだ。
外部からの人を管理するのは「小区」と呼ばれる日本の団地にあたるコミュニティーで、小区に入る時は必ず守衛の体温検査を通らないと、私も家に帰れない。
こうした管理を現場で行っている方の多くは地域のボランティアの方だ。地域のコミュニティーが一体となって感染を防ごうとしている。

<「人と接触しない」飲食店>
2月28日、2週間の自宅待機を終え、家の外に出てみると、街から人が消えていた。現在、南京市では、ほぼ全ての飲食店が店を閉めている。そんな中、ファストフードチェーン・マクドナルドが営業していたので行ってみると、店内に入るのは禁止されており、スマホで注文して外で受け取るサービスのみ稼働していた。注文したハンバーガーセットを受け取ると、紙袋には「非接触安心カード」が貼られていた。カードには、なんと調理人の名前と体温チェック、さらに運んだ人の名前と体温チェックが記されている。その他のファストフードも似たような状況で、デリバリーか外で受け取るかの選択肢しかなく、店内で食事ができる店舗はまだない。弊社社員も皆、毎日弁当を作って持参し、会社で食べている。従業員の一人は「外のレストランは空いてないし、デリバリーは誰が触ったか分からないから不安」と話す。

<交通機関では>
南京市内には、10路線の地下鉄が張り巡らされている。地下鉄改札の手前には、検査官がいて、体温検査が義務付けられている。さらに乗車後は、窓に貼ってあるQRコードから南京地下鉄が開発したサイトにアクセスし、何時に何号線の何号車両に乗ったのかなど、乗車情報を登録しなければならない。感染者が発生した際に、感染ルートをたどりやすくするための施策である。
一方、タクシーの「DiDi」で配車すると、車内は運転手と客を仕切るビニール壁が設置され、感染防止を徹底されていた。運転手は「常に消毒アルコールを持ち歩き、2時間に一回、全身にかけているよ」と語った。

<驚きのオンライン学習>
中国の受験情報サイトによると、江蘇省は中国で一、二を争うほど教育レベルが高いという。その中でも南京市は特に教育熱が高いといわれている。1月下旬に新型コロナが蔓延し始めるとすぐ、南京市は全ての学校の休校を決断し、素早くオンライン学習に切り替えた。休校が始まってからおよそ1週間後の2月中旬にはもうオンライン学習が始まったのだが、その内容もまたすごい。南京にいる何千人もの教師が持ち回りで授業動画を制作し、毎日たくさんの授業動画が更新されていく。授業動画は市が開設するクラウドサーバーにアップロードされる。子供達は好きな時にアクセスし、授業を受ける。
授業で分からない事があれば、自分の担任の先生にメールで聞く事もできる。宿題も毎日ある。回答を撮影し、画像を送ると、先生が正解と不正解をチェックする。
息子とともに体育の授業動画を見てみたが、自宅待機中に家の中でできる運動を先生が自ら考え、撮影・編集してアップロードしていた。短期間で作ったとは思えないクオリティーだった。

<会社再開の厳しい条件>
今年2月初旬に中国政府が企業活動を大幅に制限してから、私たちが経営する会社も、再開までにいくつもの高いハードルをクリアしなければならなかった。2月中旬、南京政府が指定した感染防止グッズを全てそろえないと、会社を再開してはならないというお達しが来たのだ。
指定されたグッズは、社員全員分のマスク5日分、手袋、アルコール消毒液、感染防止メガネなど。特に苦労したのは非接触型の体温計だ。上記のグッズは中国全土の人々が買い求めて欠品状態が続いているため、まず店には売っていない。でも何とかして自力でそろえないと会社を再開できない。その頃私はちょうど日本の仙台にいたので、非接触体温計を探したが、どこの家電屋に行っても売り切れだった。
知人のつてをたどり体温計を入手し、なんとか会社を再開した後も、政府の厳しい管理は続く。毎日社員全員の体温を測り、行動記録もつけさせ、全て政府に報告しなければならない。それでも「プライバシーの侵害だ」という声は上がってこない。プライバシーよりも命の方が大事だからと私の周囲の人たちも考えているようだ。

<「スピード重視」の感染対策>
私が中国に来てから常に感じる政治・経済・社会の特徴は、兎にも角にも「スピード重視」である。何をするのも決断と実行がとにかく早い。そんな中国から日本を見ていると、感染対策が後手後手になっているように感じる。私自身も2週間の隔離を言い渡された時は「そこまでやる必要があるのか」と、その強引さに驚いたが、結果的に新規感染者ゼロを達成し続けている現状を見ると、彼らが正しかったのだと今は思っている。

受賞歴

2017年〜2019年 中国版Twitter・ウェイボー「影響力のある十大旅行番組」三年連続受賞

クレジット

動画内のグラフは「今日头条」参照

ドキュメンタリー監督 番組プロデューサー(株)ワノユメ代表

2005年ディレクターデビュー。NHK「長江 天と地の大紀行」「世界遺産」、テレビ東京「未来世紀ジパング」などで、中国関連のドキュメンタリーを作り続ける。2013年、中国人の妻と共に中国- 南京市に移住し、番組制作会社ワノユメを設立。2015年より中国の各動画サイトで日本文化を紹介するドキュメンタリー紀行番組「我住在这里的理由(私がここに住む理由)」の放送を開始し、4年で再生回数6億回を突破。中国最大のSNS・ウェイボーで2017年より3年連続で「影響力のある十大旅行番組」に選ばれる。番組を通して日本人と中国人の「庶民の生活」を描き、「面白いリアルな日本・中国」を日中の若い人に伝えていきたい。

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