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徹底した隔離政策が街に賑わいを取り戻した 新型コロナウイルスを封じ込めた中国・南京の今

竹内亮ドキュメンタリー監督 番組プロデューサー(株)ワノユメ代表

「新型コロナウイルスは、封じ込める事が可能である」と、身をもって体験した。

私が住む中国の人口850万都市・南京市では一時、感染者の総数が93人に上った。しかし、南京市発表によるとその後、全員が退院し、死者はゼロ。地理的に武漢に近い地域でありながら、南京はどうしてここまでウイルスを封じ込める事ができたのか。中国への入国者を感染の有無に関係なく防護服を着せて、ホテルで隔離……。AIロボットが薬を運ぶなど、SARSを教訓とした病院……。そして、市民の協力……。賑わいと「安心」が戻ってきた街に出て、最前線で見えない敵と戦い続けた人たちを取材した。

●南京の徹底した隔離政策 2ヶ月間で感染者93人、死亡者ゼロ
日本人である私は南京市で、中国人の妻と共に番組制作会社を経営している。
1月下旬、新型コロナウイルスが中国全土で感染拡大し始めると、南京市は直ぐさま市民の移動制限を開始し、日本出張から帰国した私も自宅で2週間の隔離生活を余儀なくされた。子供二人と義祖父母と一緒に暮らす私にとって、初めの1週間は緊張と不安の日々であった。

2週間の隔離生活を終えた私は、街に出ると驚きの連続だった。道路には車が走っておらず、全ての店舗が閉まり、地下鉄やオフィス街に入る際には徹底した体温検査や個人情報の届け出を要求された。人が集まるイベントはすべて中止となり、図書館や博物館などの公共施設、ジムや学習塾はすべて閉鎖となった。唯一営業を続けていたのはスーパーや薬局などの小売店のみで、飲食業はデリバリーや持ち帰り中心の営業を余儀なくされた。そして私たち一般市民には、外出時のマスク装着が義務付けられた。詳しくは3月初旬に配信した「感染者ゼロの街」をみて欲しい。

現在、南京市の移動制限は解除されてほぼ正常の生活に戻った。南京市はどうしてここまでウイルスを封じ込める事ができたのか、今回は現場の最前線で働く人々に取材を行なった。

●感染有無にかかわらず防護服で送迎、徹底したホテル隔離政策
今回私が取材に行ったのは、海外から南京市に入って来た人を専門に隔離するホテル。中国は現在、外国からの訪問者は基本入国禁止にしているが、海外から戻ってくる中国人留学生などは入国する事ができる。現在、中国で発見される新規感染者のほとんどが海外からの帰国者のため、現場は緊張感に包まれていた。
帰国者を乗せたバスがホテルに着き、降り立ったその姿を見て私は驚いた。スタッフのみならず、帰国者も全身防護服を着ているのだ。彼or彼女(顔が見えないので分からない)は感染者ではないのだが、二次感染を防ぐために徹底している。この隔離ホテルには数人の専門医が24時間体制で駐在し、市の担当者も10数人がこのホテルに泊まり込み、帰国者たちのケアに従事している。彼らは常に感染者と接する危険性があるため、基本的に家に帰る事ができず、2ヶ月間ずっと隔離ホテルに泊まり込みで働いているという。

南京市の担当者によると、この2ヶ月間担当者が南京市内の50軒以上のホテルと一軒一軒交渉し、半分以上のホテルに断られながらも、最終的に10数軒から隔離ホテルとして提供してもらう同意を取り付けたという。また、特に政府からホテル側への補償金は無く、隔離者からの宿泊料のみで賄われているという。「多くのホテルオーナーは、社会的責任を果たすために隔離ホテルとして提供している」と担当者は話す。

● 買い占めが起こらなかった南京市―「世界の工場」中国の供給力
日本を含め世界各地で食料品やトイレットペーパー等の生活用品の買い占めや品薄状態が続いていると耳にするが、この2ヶ月、少なくとも南京ではそういった現象は起きなかった。感染が急激に増えた1月末、私が南京市の大型スーパーに買い出しに行った時、マスクと消毒液は売り切れていたが、それ以外の冷凍食品、生鮮食品、トイレットペーパーなどの生活用品は常にスーパーの商品棚に並んでいた。その後まもなく、消毒液も手に入るようになった。一体どのように商品を供給し続けたのか、私は南京市の中心部にあるウォルマートを訪ねた。

店内には所狭しと商品が並び、品薄なものは何一つ無く、マスクも販売していた。
店長に話を聞くと、移動制限している間も生活必需品の生産者、物流業者、小売業者の営業は認められたため、通常通りに仕事をしていたという。さらに元々1月末から2月初旬にかけては中国で最も大切な伝統的な祝日、旧正月の時期で、倉庫には大量の商品のストックがあったという。冷凍食品など短期間に大量の需要があり、供給が間に合わない商品に関しては、サプライヤーの数を増やして対応した。取材を通して一番感じた事、それは中国が「世界の工場」であり、商品を提供できるサプライヤーが周辺に溢れるほど存在するため、他国に比べて容易に商品を供給し続ける事ができたということだ。

●SARSを教訓を生かす 感染症専門病院
93人の感染者を収容し、死亡者ゼロ、医療従事者の感染者もゼロという結果を残したという病院を取材するため、私は市の外れにある南京感染症専門病院に向かった。ここはSARSの教訓を元に考案・設計された、2015年に出来た中国最大級の感染症専門病院である。病棟では汚染区域と非汚染区域をきっちり分けるため、たくさんの出入り口やエレベーターが計算された形で設置されている。
新型コロナ患者を収容した病棟にいくと、隔離病棟出入り管理場所というところには、防護服や手袋の着脱の手順が書かれた大きなパネルが目に飛び込んできた。そこには更衣室から病室、処置室、脱衣室を経てシャワー浴び着替え終えるまでの手順が一つ一つ事細かに記されていた。手袋、靴カバーは何重にもなっており、それらをつけるタイミングまで指示されている。脱衣時は装備を一つ外す毎に手を洗うことが要求されていた。

薬を運ぶのはAIロボット、病室内はドアを閉めた状態で換気できるシステムが整っている。新型コロナ対策のトップであるこの病院の副院長張侠医師に話を聞くと、「新型コロナウイルス単体の致死率は高くない。しかし基礎疾患と合わさると危険」と話す。そのため、感染症専門の医者と、糖尿病や心筋梗塞などの基礎疾患専門の医者がチームを作り、同時に二つの病気を治療していく方法を進めたという。
私たちが取材した時は既に感染者全員が退院してしばらく経っていたが、最近外国で既に感染した数人が南京に入って来たため、再び新型コロナと戦う日々が始まっている。危険と隣り合わせの最前線で戦う医療従事者に心から敬意を表したい。

●政治家は「即断即決」を 日本に住む皆さんの無事を願って
新型コロナを抑え込む一番良い方法は、政治家が常に先手を打って「即断即決」で物事を決め、責任を取る「覚悟」を持って国民を引っ張っていく事。そして国民も多少不満はあっても耐え、政府が行う政策に協力、支持する事だと思う。
南京市は市民一丸となって市の政策に協力し、結果ウイルスを封じ込めた。今、南京に暮らす私たちには安心感がある。この安心感は何物にも変え難い。
私たちはこの作品を通して、日本に南京市の真似をして欲しいと言いたい訳ではない。あくまで参考の一つとして、日本に合ったより良い対策を考えるヒントになればと思い、この動画を制作した。日本の皆さんの無事を、心より願っています。

ドキュメンタリー監督 番組プロデューサー(株)ワノユメ代表

2005年ディレクターデビュー。NHK「長江 天と地の大紀行」「世界遺産」、テレビ東京「未来世紀ジパング」などで、中国関連のドキュメンタリーを作り続ける。2013年、中国人の妻と共に中国- 南京市に移住し、番組制作会社ワノユメを設立。2015年より中国の各動画サイトで日本文化を紹介するドキュメンタリー紀行番組「我住在这里的理由(私がここに住む理由)」の放送を開始し、4年で再生回数6億回を突破。中国最大のSNS・ウェイボーで2017年より3年連続で「影響力のある十大旅行番組」に選ばれる。番組を通して日本人と中国人の「庶民の生活」を描き、「面白いリアルな日本・中国」を日中の若い人に伝えていきたい。

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