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「外のことを教えてくれる先生が必要」――中国最貧困地区に暮らす少数民族の願い

竹内亮ドキュメンタリー監督 番組プロデューサー(株)ワノユメ代表

中国四川省南部に位置する大涼山地区。厳しい地形が交通網の発展を阻み、経済発展が難しいため、中国最貧困地域の一つといわれる。ここに、少数民族のイ族が暮らす。「私みたいな肉体労働だけで家族全員を支えるのは、とうてい無理。外のことを教えてくれる先生が必要なんだ。彼らの知識を子どもたちにも伝えてほしい」。都会へ出稼ぎに行く、イ族の俄木さんはそう語る。山深くにある大涼山地区を訪ねた。

●経済発展が難しい「崖の村」

中国は、国民の大部分を占める漢民族と少数民族からなる。少数民族の多くは、農村部や地理的条件の厳しい場所に暮らす。ライフラインや交通網の整備が遅れるため、貧困状況に陥りやすい。

2012年に中国政府は「中国が小康社会(ゆとりのある社会)を目指すにあたり、要になるのは農村部が貧困脱却できるかどうかだ」と強調。国の最重要課題として、貧困脱却に向けた政策を推進してきた。中心となったのが、少数民族の多くが暮らす中南部、西南部のライフラインや交通網、住宅環境の整備だった。

イ族の人口は約870万人(2010年時点)。中国では7番目に人口が多い民族だ。中国西南部の雲南省、四川省、貴州省を中心に生活をしている。

イ族が多く暮らす四川省涼山イ族自治州、大涼山地区。ここには、この地区を象徴する「崖の村」と呼ばれる村がある。この村の入口にたどり着くまで、四川省の省都・成都市から車で9時間、さらに村の入口から村に到着するまでは、高さ800mの危険な山路を5時間かけて登らなければならない。

政府は貧困脱却を支援するため、崖の下に大規模な住宅群を建設。一家庭につき一人当たり最大3000元(約5万円)を支払うことで、そこに家を購入できる。中国大都市の平均月収は約5000〜6000元(約8~10万円)だ。ここには現在、3900戸あまり、約1万8000人が生活している。引っ越し後、崖の下での生活や就職を支援する職業訓練センターや、生活補助金などの社会保障も充実させた。

●教養がないから、チャンスをもらえない

住環境の整備とともに、教育への支援も進めている。中国には「支教」と呼ばれる制度があり、都会の大学で学んだ学生たちが、農村部の小学校にボランティア教師として赴く。

大涼山地区に暮らす人たちの多くは教育を受けていない。小学校も卒業していない人が多く、子どもにとってボランティア教師はとても重要な存在だ。しかし、生活環境の過酷さから、貧困地区での指導を望む教師は少ない。

カメラマンの徐亮さんは、2018年7月から半年間、大涼山地区でボランティア教師を務めた。彼が教壇に立った双河小学校を共に訪ね、子どもたち、親たちに話を聞いた。双河小学校は、崖の村から車で6時間離れた布拖県采洛村にある。この村は山の奥まった場所に位置し、買い物に出るためには山道を1時間以上歩かなければならない。

生徒の一人、俄木さん一家の自宅に招かれた。妻の文古さんは「心の底から感謝している」とくり返す。

「先生方が本当に苦労していらっしゃることは知っています。子どもたちに本当によくしてくださって。心の底から感謝しているんです」

夫婦は最近まで、ずっと出稼ぎに行っていた。俄木さんは大涼山地区の市街で道路修繕の仕事をして、文古さんは都会・蘇州のコンクリート工場で働いた。俄木さんはこう話す。

「工場が人を募集していても、一部のイ族の人たちは法律が分からないし教養がないから、チャンスをもらえないんです。例えば、事前に労働契約も結んでもらえない」

「がんばって子どもたちを進学させて、子どもたちはいっぱい勉強して、少しでもいい学校に入るべきでしょう? 私みたいな肉体労働だけで家族全員を支えるのは、とうてい無理。だから私たちは、外のことを教えてくれる先生が必要なんだ。彼らの知識を子どもたちに伝えてほしい。外での生活習慣だったり、人とのコミュニケーションの仕方だったり」

半年間、この地で共に過ごした徐さんは言う。

「子どもたちが都市部の学校に通うとしたら、きっと他の子たちから冷たく扱われることもあると思う。ここの習慣では、手も顔もあまり洗わない。そしてズボンも汚れているってなったら……。僕が教えに来た時、子どもたちに朝洗面器を持たせて、タオル、歯ブラシ、コップを学校側が提供して、毎日の習慣になるように教えていたんだ。この習慣は知識よりもずっと大事だと思う。山から出て生活するには必要なことなんだよ」

●教師を派遣して、よりよい教育を施すこと

徐さんの提案で、日本人として特別授業を行った。「なんで勉強をするのだろう?」と子どもたちに問いかけると、彼らはこう答えた。

「家の仕事を手伝うのはとても疲れるので、よく勉強して外の世界に出て遊びたいんです」
「自分の夢を叶えるためです」

この地域では、子どもたちは幼い頃から働いて両親を支えている。徐さんは子どもたちの姿を見ながら涙ぐみ、こう話した。

「ここの人たちの生活は大変だと分かっているんです。本当に大変なんです。この学校にはずっとボランティアの先生がいて、この学校の成績はこの地域の他の学校よりもいい。だから政府はこの小学校に新しい建物を建ててくれた。でも、新しい建物が新たな変化をもたらしてくれるわけじゃない。政府がやるべきことは、もっとすばらしい教師を派遣してよりよい教育を施してあげること。僕はみんながこの山から出ることができるように祈っています」

ドキュメンタリー監督 番組プロデューサー(株)ワノユメ代表

2005年ディレクターデビュー。NHK「長江 天と地の大紀行」「世界遺産」、テレビ東京「未来世紀ジパング」などで、中国関連のドキュメンタリーを作り続ける。2013年、中国人の妻と共に中国- 南京市に移住し、番組制作会社ワノユメを設立。2015年より中国の各動画サイトで日本文化を紹介するドキュメンタリー紀行番組「我住在这里的理由(私がここに住む理由)」の放送を開始し、4年で再生回数6億回を突破。中国最大のSNS・ウェイボーで2017年より3年連続で「影響力のある十大旅行番組」に選ばれる。番組を通して日本人と中国人の「庶民の生活」を描き、「面白いリアルな日本・中国」を日中の若い人に伝えていきたい。

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