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デジタル全盛の時代における手書きの優位性とは?

舘神龍彦

手帳評論家・デジアナリスト・歌手

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手書きって何がすごいの?

 スマートフォンが事実上一人一台(少なくともビジネスパーソンには)またはそれ以上所有されており、パソコンも普及している現代。
 その現代において、紙にペン類で手書きすることはいったいどんな意味があるのか。
 また、デジタルな手段と比較して優位性はあるのか。もしあるとすればそれはどんなことか。

 これは、効率の点で言えば一見不利であるように思われるアナログの記録ツールを使う意味や価値の存在を問うている問題だ。

 で、手書きの優位性を主張するビジネス書を読むと、以下のようなことが書いてある。曰く。
「ノートに手書きした夢は実現する」
「手書きすると潜在意識にすり込まれる」
「手書きはあたたかみがある」

 それぞれ主観としては理解できなくない。いや、“潜在意識”云々については、そもそも潜在意識って、たとえば心理学とか脳科学とかで実証されてるのかどうかがわからないので、判断は保留したい。
 それと、「あたたかみ」については、個人的にはそうかもしれないけれど、「そんなこと思わないもんねー」という人もいるかと思う。

 さてでは結局、紙にペンで手書きすることは、デジタルな手段の場合のそれとくらべてなにかアドバンテージがあるのだろうか。あるとすればそれはなにか。
 そこで気になったのが以下のニュースだ。

手書きの方が脳の活動が活発

東大・日本能率協会マネジメントセンター・NTTデータ、書き留める時に使用するメディアで脳活動などに差が生じることを解明

 このニュースについては、同実験に関してより詳しい情報がこのサイトにあり、詳細なレポートのPDFファイルもあったのでここから引用しつつ、考察してみよう。

実験では、18~29 歳の参加者 48 人(東京大学学生および一般公募者)を手帳群・タブレット群・スマホ群という 3 群(各 16 人)に分けて、これら 3 つのメディアを使って具体的なスケジュールを書き留める課題を行いました。手帳とタブレットでは見開きの大きさを等しくし、またどちらもペンを用いて手書きしています。その後で、そのスケジュールの内容について想起して解答する課題を MRI 装置内で実施しました。なお参加者には、内容を覚えるようにとの指示はせず、日常的なスケジュール管理における自然な記銘を再現しました。実験にあたって、東京大学の倫理委員会で承認の上、全参加者から書面でインフォームド・コンセントを得ています。

https://www.jmam.co.jp/topics/1266108_1893.html

そして

その結果、手帳群では他の群よりも短時間で記銘を終えており、それでも記銘した内容に関する想起課題の正答率(全問の平均)には 3 群で差が見られなかったことから、手帳群は短時間で要領よく記銘できていたことが分かります。また、一定の直接的な設問についての成績では、手帳群の方がタブレット群よりも高いという結果が示されました。(上記URLより)

 とのことだ。要するに紙で記録した方が、記憶として定着される率が高かったというわけだ。
 実験の概要と詳細については、上記サイトで確認して欲しい。以下は私の個人的な考察だ。 

ファクターXはこれだ!いや、これかも(気弱)

 そしてここには書かれていない、でも実は重要な要素があるように思えてならない。

 ひとつは言語だ。ひょっとしてこの実験の結果には、言語としての日本語の複雑さがファクターとして作用しているのではないか。
 このレポートでは、「18~29 歳の参加者 48 人(東京大学学生および一般公募者)」がテストに参加したと書かれており、その使用言語の構成については触れられていない。だが、これが全て日本人であり、みな日本語を使っていたと考えたらどうだろう。要するに逐一漢字と仮名、それにアルファベットなどが交じった文、単語などを書いていたのではなかろうか。そしてスマートフォンでの入力時にはあまり求められないその複雑さが、脳の動きを活発にし、記憶に定着する一助になったと考えられないだろうか。また、とくに漢字やひらがなを書くときには、とめ、はね、はらいなどの運筆に意識が及んでおり、それが意味との連関をなしていると考えれば、つまり指の筋肉それぞれが、その言葉の意味を紙の上に出力するために、駆使されていることになる。それはスマートフォンにおけるソフトウェアキーボードの入力にはほぼないことだろう。この実験の参加者が、テストに際して利用した言語の構成について確認することなしに結論は出せないが、そのような気がしてならない。あくまで個人的な仮説ではあるが。

 「いやいや、タブレットでも、ペン入力なんだから、言語の違いでは説明できないのでは」という意見もあるだろう。

 では、この場合の手帳とタブレットの決定的な違いはなにか。それは、“ペンと紙の間のエロス”ではないか。これは、以前の記事「細部は紙に宿る!?コクヨが新開発した3種類の紙(ノート)と筆記具の新ブランド「ペルパネプ」」でも触れたことだ。つまり、紙にペンで書く場合には、神経が集中した指や手にはその都度フィードバックがある。タブレットと専用スタイラスとの組み合わせではそれが得られないのではないかということだ。また、紙とペンならば、無意識に働くであろう、上述のとめ、はね、はらいのような運筆についても、無視とか軽視することで、指の筋肉への負担(というほどでもないだろうが)が、軽微なレベルになり、記憶の定着に貢献しなかったのではないかと考えられる。

 以上のことをまとめよう。要するに、日本語という言語の複雑さと運筆に於ける指の筋肉の動き、そして紙とペンとの間のエロスこそが、手書きをするときに、記憶をより定着させたのではないか。

 門外漢の勝手な推理のレベルではあるが、恥ずかしながら開陳させていただいた。
 この件については、引き続き考えていき、また考えがまとまったら記事にしたい。

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