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2024年3月末で部分廃止、根室本線の現状は? 廃線特需で鉄道ファンが殺到【前編】

鉄道乗蔵鉄道ライター

 2024年3月末限りで廃止となるJR北海道・根室本線の富良野―新得間81.7 km。このうち東鹿越―新得間41.5kmは2016年8月31日の台風10号による被害を受け不通となったままバスによる代行輸送が続いており、鉄路としての復旧がないまま廃止される見通しだ。すでに、根室本線の富良野―新得間は廃線特需による鉄道ファンの訪問による混雑が始まっている。

 筆者は2023年9月10日、JR北海道の札幌近郊の普通列車が1日乗り放題となる「1日散歩きっぷ」を利用して実際に現地を訪問した。なお、「1日散歩きっぷ」を使った訪問プランについては、9月15日付記事(2024年3月末で一部廃止のJR北海道・根室本線 普通列車乗り放題「1日散歩きっぷ」でどう攻略するか)で詳しく触れているとおりだ。訪問プランについては、札幌駅から向かう場合、滝川を先回りするパターンと、南千歳を先回りするパターンの2つが存在するが、今回は、廃止予定区間の日中での乗車が可能となる滝川回りで乗車することにした。

 前編では早朝の札幌から滝川回りで新得までの様子を、後編では夕方の新得から滝川回りで札幌まで乗車した時の様子を紹介する。

札幌近郊区間が乗り放題になる1日散歩きっぷ(筆者撮影)
札幌近郊区間が乗り放題になる1日散歩きっぷ(筆者撮影)

早朝の函館本線を滝川へ

1本目:札幌6:58発 滝川行

札幌からは721系電車で滝川へ(筆者撮影)
札幌からは721系電車で滝川へ(筆者撮影)

 まずは札幌駅から根室本線の起点駅となる滝川駅へと向かう。乗車する列車は早朝6時58分発の滝川行普通列車だ。札幌から滝川方面に普通列車で向かう場合には、基本的には岩見沢駅で乗り換えが必要となるが、朝と夜の時間帯には、一部の列車が岩見沢駅を超えて札幌から滝川や旭川に直通運転をしている。

 車両はJR北海道発足当初の1988年に登場した721系電車で、車内が転換クロスシートとなっていることが大きな特徴だ。札幌駅を発車すると、途中の江別駅では4分停車し後続の特急ライラック号に道を譲り、岩見沢駅では13分停車し後続の特急宗谷号に道を譲りながらのんびりと函館本線を走行。札幌駅からの所要時間は1時間38分で、終点の滝川駅には8時36分に到着した。

根室本線の起点となる滝川駅(筆者撮影)
根室本線の起点となる滝川駅(筆者撮影)

日中は6時間列車が来ない滝川ー富良野間

2本目:滝川9:42発 富良野行

滝川駅で発車を待つ富良野行キハ40形普通列車(筆者撮影)
滝川駅で発車を待つ富良野行キハ40形普通列車(筆者撮影)

 滝川駅に到着して10分ほどすると、7時41分に札幌駅を発車した臨時特急フラノラベンダーエクスプレスが滝川駅に到着。富良野駅へと発車していった。このフラノラベンダーエクスプレスの富良野駅到着は9時45分となるが、新得方面に行くためには、富良野駅で14時14分発の東鹿越行まで待たなくてはいけないことから、後続の普通列車に乗車したところで新得駅の到着時間は変わらない。

 滝川駅では、1時間6分の待ち時間の後、9時42分発の富良野行普通列車に接続するが、その次の富良野方面行は15時38分発と6時間近く列車間隔が空いている。札幌―富良野間は一定の都市間輸送需要や観光需要が見込まれる区間であり、滝川経由のルートが最短となることから、せめて1~2時間に1本程度列車の設定があるだけでも需要を喚起できそうな気がしたが、そうはなっていない点は非常に残念だ。

 滝川駅から乗車した富良野行普通列車は、国鉄型のキハ40形気動車で車内は昔懐かしいボックス席仕様となっている。しかし、北海道のキハ40形は非冷房車であることから、酷暑が続いている今シーズンは9月になっても車内は蒸し暑かった。乗客は、インバウンド旅行者の姿もちらほらと見られ、筆者の向かい側の座席に座っていた旅行者は、タイから日本国内の大学に留学しているという留学生だった。

 途中の赤平駅や芦別駅は炭鉱の操業していた1980年代までは駅構内も広く石炭の積み出し駅として栄えていた。しかし、かつての石炭列車が発着する側線群があった場所は、ほぼ雑木林と化している。富良野駅が近づくと列車は、全長5kmを超える滝里トンネルへと入る。この滝里トンネルは1991年に滝里ダムの建設による線路切り替えが行なわれた際に開通した新ルートで、旧ルート上にあった滝里駅は廃止されダム湖の底へと沈んだ。滝川駅からは1時間6分の乗車で富良野駅に到着したのは10時48分だった。

車内の様子(筆者撮影)
車内の様子(筆者撮影)

富良野駅では3時間半待ち!

3本目:富良野14:14発 東鹿越行

東鹿越行を待つ人々。側線には貨物列車を牽引するDF200形ディーゼル機関車が停まっていた(筆者撮影)
東鹿越行を待つ人々。側線には貨物列車を牽引するDF200形ディーゼル機関車が停まっていた(筆者撮影)

 富良野駅では、次の東鹿越行までおよそ3時間半の待ち時間がある。この間に観光列車の富良野・美瑛ノロッコ号で富良野―美瑛間を往復することは可能ではあるが、東鹿越行普通列車の混雑が予想されることから早めに並びたい気持ちもあり、駅前の喫茶店でスマートフォンの充電もかねて時間を潰すことにした。この日は、こともあろうかモバイルバッテリーを忘れてしまい、富良野駅到着時点で筆者のスマートフォンの電池残量はかなり少なくなってしまっていたのであった。

 14時14分発の東鹿越行普通列車の富良野駅入線時刻は14時とかなり早く、14時前にはすでに列車に乗ろうとする乗客の列ができていた。13時59分に美瑛駅からやってきた富良野・美瑛ノロッコ号が富良野駅5番線に到着すると、鉄道ファンと思しき乗客が一斉に下車し、3番線に入線しようとしている東鹿越行の普通列車をめがけて跨線橋をダッシュする方々もちらほら見受けられた。

 富良野駅には貨物列車の発着があり、周辺で採れる農作物が根室本線を使って出荷されているが、富良野駅を発車してしばらくすると車窓には広大な田園風景が広がり、ここが日本の食糧生産基地となっていることを改めて実感する。廃止予定区間の布部駅を過ぎると車窓からはJR貨物の5フィートコンテナのストックヤードのようなものが見えた。深刻なトラックドライバー不足が懸念される2024年問題や石油価格の高騰という社会環境変化から鉄道貨物が見直されようとしている中、布部駅に直接、貨物列車を発着させたほうが、トラックで富良野駅までコンテナを運んだほうが、人手も燃料もかからず効率的なように感じたが、北海道庁や線路を保有するJR北海道にそのような発想がないのは非常に残念だ。

 富良野駅を発車して45分、14時59分に列車は東鹿越駅に到着した。東鹿越駅周辺に人家はなく、駅前には金山ダムによってできたかなやま湖が広がるのみだ。しかし、駅裏手では日鉄鉱業東鹿越工業所が立地しており、石灰石の採掘が行われている。1997年までは東鹿越駅では石灰石輸送のための貨物列車の発着があった。この石灰石はホクレン農業協同組合連合会中斜里製糖工場での砂糖の製造過程で必要となるもので、釧網本線の中斜里駅まで運行されていた。東鹿越から中斜里までは340.8kmの距離があるが、トラックドライバー不足が深刻化する昨今において、砂糖製造のための石灰石輸送を今後もトラック輸送で賄い続けることができるのかとふと心配になった。

東鹿越駅に到着した普通列車(筆者撮影)
東鹿越駅に到着した普通列車(筆者撮影)

4本目:東鹿越15:13発 代行バス 新得行

東鹿越駅で列車代行バスに乗り継ぐ人たち(筆者撮影)
東鹿越駅で列車代行バスに乗り継ぐ人たち(筆者撮影)

 東鹿越駅では14分の待ち合わせ時間の後、新得行の列車代行バスに接続する。東鹿越駅では、列車で富良野方面に折り返す乗客と、代行バスで新得方面に向かう乗客とが半々に分かれた印象だ。東鹿越駅到着時点では、代行バスはまだ駅には到着していなかったが15時5分頃になりバスが到着。代行バスに乗車したのは34名であったが、補助席なしの座席定員が45名のバスでは、座席定員が60名近いキハ40形と比較してかなり窮屈な印象を受けた。

 東鹿越駅を発車すると、車窓からは2016年の台風被害以降、復旧されずに放置されたままの線路がところどころ見え、もの悲しい気持ちとなるが、代行バスは東鹿越―新得間の41.5kmを1時間強で走破し、16時21分、新得駅へと到着した。筆者は、新得からはそのまま列車代行バスで東鹿越駅へと折り返し、夕刻の根室本線を再び滝川へと引き返すことにした。後編に続く。

2016年の台風被害からから放置されたままの踏切(筆者撮影)
2016年の台風被害からから放置されたままの踏切(筆者撮影)

(了)

鉄道ライター

鉄道に乗りすぎて頭の中が時刻表になりました。日本の鉄道全路線の乗りつぶしに挑戦中です。学生時代はお金がなかったので青春18きっぷで日本列島縦断修行をしてましたが、社会人になってからは新幹線で日本列島縦断修行ができるようになりました。

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