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【駅の旅】野口雨情の童謡の世界に浸る/JR常磐線・磯原駅(茨城県)

テツドラー田中

紀行作家

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上野から特急で2時間弱、磯原は野口雨情の故郷

 野口雨情の世界に浸りたくて磯原にやって来た。常磐線の磯原駅は上野から173.8キロ、水戸から56.2キロの茨城県北部にあり、一部の特急『ひたち』も停車する。橋上駅の改札口の脇には観光案内所があり、地元の特産品などを販売している。駅にコインロッカーがなかったので、お願いすると、快く荷物を預かってもらえた。

磯原駅を発車する特急「ひたち」。1日に上下8本ずつが停車する。
磯原駅を発車する特急「ひたち」。1日に上下8本ずつが停車する。

野口家は江戸時代から続く土地の名家

 野口雨情は明治末期から昭和初期にかけて活躍した詩人で、数々の童謡を作詞したことで知られる。明治初期に建てられた野口雨情生家は、常磐線の線路に沿って北に徒歩15分ほどの海岸に近い場所にある。

明治初期に建てられた野口雨情の生家。今も子孫の方がお住まいだ。
明治初期に建てられた野口雨情の生家。今も子孫の方がお住まいだ。

 野口家は元々、廻船問屋を商う土地の名家で、江戸時代にあった屋敷は、水戸光圀公も訪れた水戸徳川藩の御休息所で「観海亭」と呼ばれていたという。歴史を感じさせてくれる門を入ると、そこには落ち着いた2階建ての日本家屋がある。今も子孫の方がお住まいなので、家の内部を全部見ることはできないけれど、1階の一部が資料館になっており、内部には雨情の作品にまつわる資料が並んでいる。2011(平成23)年の東日本大震災で、このあたりにも津波が押し寄せたが、津波はこの家まで到達しなかったのは幸いだった。

海の向こうはアメリカ?!

 駅から線路と国道に並行して河口近くの大北川が流れており、野口雨情の生家近くで太平洋に注ぐ。震災以前は、列車の車窓から対岸が砂州になっていて独特の景観のこの川が見えたものだが、震災の時に津波がここまで来たので、今は防波堤が作られて見えなくなってしまったのはやむを得ない。

河口近くを流れる大北川と、砂州の向こうに見える太平洋。東日本大震災の前までは、常磐線の車窓からこの風景が見えた。
河口近くを流れる大北川と、砂州の向こうに見える太平洋。東日本大震災の前までは、常磐線の車窓からこの風景が見えた。

 その河口近くに天妃山と言う小さな山がある。野口雨情は、生家から見えるこの山について『磯原小唄』で、「天妃山から・・・見えはしないが見えたらアメリカ」と唄っている。この山は5分もあれば登れ、上には弟橘姫神社という小さな神社があるだけだが、木々の間から太平洋が見える。そのずっと先にはアメリカが見える・・・わけはないのだが、雨情は結構、ユーモアのある人だったのかもしれない。

天妃山から眺める太平洋。海の向こうのアメリカは見えなかった・・・。
天妃山から眺める太平洋。海の向こうのアメリカは見えなかった・・・。

シャボン玉が飛ぶ歴史民俗資料館

生家から国道沿いに5分ほど行くと、そこには北茨城市歴史民俗資料館(野口有情記念館)がある。入口に野口雨情の像があり、近づくと「シャボン玉飛んだ」のメロディーとともにシャボン玉が飛んでくる。

北茨城市歴史民俗資料館の前に建つ野口雨情の像。近づくと「シャボン玉飛んだ」の曲とともにシャボン玉が飛んでくる。
北茨城市歴史民俗資料館の前に建つ野口雨情の像。近づくと「シャボン玉飛んだ」の曲とともにシャボン玉が飛んでくる。

 館内には、『十五夜お月さん』『七つの子』『証誠寺の狸囃子』など、昔懐かしい童謡の世界に浸ることができる。でも、近年では幼稚園や学校で童謡を教えなくなったため、最近の若い人たちは童謡を知らないのだという。なんだか、寂しい気がする。

【テツドラー田中の「駅の旅」⑰/JR東日本/常磐線・磯原駅/茨城県北茨城市磯原】

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