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【駅の旅】集落まで徒歩1時間、クルマで訪れる道もない究極の秘境駅/JR飯田線小和田駅

テツドラー田中

紀行作家

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森閑とした山の中、古い駅舎がひっそりとたたずむ

 ある日の午後、飯田線の下り列車は小和田に着いた。この辺境の地にある駅を訪ねて、何人かの鉄道ファンが降りた。折り返し、上りの豊橋行が23分後にやって来るので、この駅を探索するのは、この電車で来るのが最も好都合なのだ。次の下りは3時間近くやって来ないのだから。

小和田駅を発車した下り列車。この次の下り列車は3時間近くやって来ない。
小和田駅を発車した下り列車。この次の下り列車は3時間近くやって来ない。

 この駅には、古めかしい木造駅舎が残っており、その山に囲まれた駅舎を取り巻くたたずまいは、森閑そのものである。駅前に続く道路はなく、クルマでここを訪れることはできない。電車が行ってしまうと、あたりは静寂に包まれた。こげ茶色の駅舎はまるで山小屋のようである。古びた青い駅名票が、駅舎の壁に掲げられている。おそらく昭和11年に三信鐵道として開業した当時からの建物だろう。正に前世紀の遺物である。

古びた手書きの駅名票が旅情を誘う
古びた手書きの駅名票が旅情を誘う

 かつて、駅員がいた事務室の扉は閉ざされている。切符を売っていた窓口も閉まっているが、こじんまりとした待合室の中には手書きの付近の案内図が掲げられており、駅の思い出ノートが置かれていた。こんな駅にも駅員がいた時代があったことが信じられない。駅舎を出た所に、以前はぽったんトイレがあったが、残念ながら撤去されてしまった。清潔な水洗式に慣れた現代の若者は、怖くて個室に入れなかったかもしれない。だが、これこそ、由緒正しい昭和時代の文化遺産だったのだ。

皇后陛下ご成婚の時、恋成就駅としてブームに

 この駅は、現在の皇后陛下である小和田雅子さんが皇太子妃となった時に「恋成就駅」としてブームになったことがあり、この駅でわざわざ結婚式をあげたカップルもいたそうだ。そして、究極の秘境駅として再び密かな人気を集めている。

ホームには恋愛成就の碑が立つ。
ホームには恋愛成就の碑が立つ。

 この場所は、平成の大合併により、静岡県磐田郡水窪町から浜松市に編入されたが、とても、政令指定都市である浜松市の一部とは思えない。地理的には静岡県、愛知県、長野県の県境に近いため、ホームにそれぞれの方向を示す三県の木碑が立っている。

三県境界を表わす碑が立っている。その向こうには天竜川が見える。
三県境界を表わす碑が立っている。その向こうには天竜川が見える。

眠気を誘う静けさ、思わず時を忘れてしまいそう

 私は、駅から続く斜面を川の方に向かって小道を降りて行った。すると、そこに1軒の廃屋があり、「塩沢集落へ1時間」との立て札が立っていた。最寄りの集落まで1時間とは、正に秘境中の秘境。かつては駅のあたりにも小和田集落があったらしいが、今はこのあばら家があるばかりである。

廃屋の前にあった立て札。この集落ももはや限界集落だという。
廃屋の前にあった立て札。この集落ももはや限界集落だという。

 さらに坂を下ると、道が二手に分かれ、左に5分行くと小和田神社との立て札があった。だが、その神社まで行って戻ってくるのは時間的に難しい。私は、しばし、神社に向かう道の石の上に座り込み、静寂の中に身を置いた。

うっそうとした森の中、聞こえるのは虫の声と川の流れの音だけだった。
うっそうとした森の中、聞こえるのは虫の声と川の流れの音だけだった。

 うっそうたる木々の間からは美しい天竜川の流れが見える。駅にいる人の声はここまで聞こえて来ない。聞こえるのは、虫の声と山から流れ出た小さなせせらぎの音だけである。爽やかな風が吹いている。木々の合間からは青い空が見えている。思わず、眠気を催してしまう。なんという心地よい時間が過ぎていくのだろうか・・・。

ふと、時計を見ると、上り電車の発車時刻まであと2分しかなかった。それを逃すと次は2時間以上やって来ない。我に返った私は、猛然と坂道を駆け上がるしかなかった。林の中であまりの心地よさに、つい、発車時刻を忘れてしまったのであった。秘境駅、恐るべしである。

駅舎だけが静かにたたずむ小和田駅。反対側のホームが使われなくなって久しい。
駅舎だけが静かにたたずむ小和田駅。反対側のホームが使われなくなって久しい。

【テツドラー田中の「駅の旅」⑲/JR東海/飯田線/静岡県浜松市天竜区水窪町奥領家】

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