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同意のない性交が犯罪にならない現実――13万の署名と共に刑法改正に挑む当事者たち

内田英恵映像作家

「性暴力」と「性犯罪」。この2つの言葉は似ているようで大きく異なる。性暴力とは、痴漢やセクハラ、相手に嫌な思いをさせる全ての性的な行為や発言を指す。そのうち性犯罪と認められ、加害者が処罰されるのはほんのひと握りに過ぎない。その理由のひとつは、被害者が声を上げるのが難しいことだ。「彼らは理由があって声を上げられない。けれど、そうした被害者のほうがはるかに多数派であることを知ってほしい」。こう話すのは2017年に日本で初めて法人化された性被害当事者らによる一般社団法人「Spring」代表理事・佐藤由紀子さんだ。自らも被害者である佐藤さんによれば、加害者を罰するには、もうひとつの大きな壁を越えなければならない。それが、刑法だ。刑法の性犯罪の規定は改正に向けた議論が佳境に入っているが、被害の実態がどこまで反映された内容になるのか、緊迫した議論が続いている。被害当事者の立場から改正論議に取り組むSpringのメンバーたちを追った。

「その時は性暴力だってことには気づけなかったんです」。Springの佐藤さんは、4歳から10歳までの6年間にわたって親族の男女からの性虐待を受けていた。11歳で摂食障害を患い、155センチほどの身長で体重が28キロまで落ちた。しかし、佐藤さんが性被害にあったと自覚できたのは28歳の時だった。いまも心身の不調を感じ、カウンセリングに通っている。

Springメンバーの祥子さんもまた、幼い頃に受けた被害を20代後半になって思い出した。ちょうど将来への夢を抱き奮闘していたところだったが、記憶を取り戻したことでうつがひどくなった。PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断された。仕事は続けられず、治療費は全額自己負担。自身に起きた被害を認識し、やっと社会に助けを求められる状態になった時には、すでに公訴時効になっていた。時効は、性犯罪被害の特性が考慮されることなく機械的に適用されるうえ、そうした被害者への救済制度は何もない。「被害者は悪くないのに昔の被害に対して支援が全くないという状態は、国から2次被害、3次被害を受けているみたい」。祥子さんは、被害者の中長期的なケアの必要性を訴える。

まだ性への知識の乏しい幼少期に性被害を受けたことで、その後も被害にもあいやすくなってしまう問題を指摘するのは、深雪さんだ。「自分を守るための反応としてノーと言えず、抵抗なんてできないんです」と、被害者自身が心と体を切り離してしまう実態を語る。同じ経験をもつ祥子さんも、「それがサバイバルスキルですもんね」とうなずく。

佐藤さんたちが語っているように、性暴力の被害には、当事者でなければ理解しにくいところがある。行為を望んでいなくても、自分の意思に反して拒否できない状況は多い。そうした時の被害者の反応として、驚きや恐怖で体が固ってしまう「フリーズ(凍りつき)」が知られている。もうひとつが、「迎合反応」だ。被害者が抵抗しようとする度に過酷な身体的暴力などの強い苦痛や恐怖が加えられていた場合、被害を最小限に抑えるための防衛反応として、速やかに、あるいは積極的に行為に応じてしまうことをいう。これが、望まない関係の継続や周囲からの心ない言動などの2次被害につながり、こうなると被害者はだれにも理解されない状況に陥ってしまう。

被害時にはまだ幼く、何が起こったのか分からなかったという事例も多い。自分の心を守るために、被害の記憶だけがすっぽり抜け落ちてしまう症状も珍しくない。その記憶が数年から数十年後になんらかのきっかけで突然戻ってくることがあり、それが被害者をさらに苦しめる。

■加害者を裁くはずの法が壁に

性暴力や性犯罪はその性質上、表に出ないケースが多い。内閣府の2020年度の「男女間における暴力に関する調査」によると、女性の約14人に1人、男性は約100人に1人が「無理やり性交等をされた経験がある」と回答している。そのうち7割が「どこ(だれ)にも相談しなかった」という。「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター」の全国の相談件数は2021年度に5万件以上あった。一方、同年度の警察による強制性交等の認知件数は1388件、強制わいせつは4283件にとどまっている。

加害者たちは法により裁かれ、相応の罰を受けているのだろうか。佐藤さんの場合、4歳の頃の被害が24年後にフラッシュバックし、その後に告訴を決心したが、それはかなわなかった。その時初めて知ったのが、犯罪には公訴時効があるということだった。強制性交等罪の場合、犯罪行為から10年たってしまうと、裁判を請求することができなくなるのだ。

さらに調べていくうちに、佐藤さんはこんな疑問に突き当たった。「冤罪(えんざい)は絶対に起こってはならないものですが、暴行脅迫要件にこだわるあまり、同意のない性交を強いられた側の深刻な被害について心が及ばない法律家や専門家もいるのではないか」。例えば、いまの刑法の規定では被害者が13歳以上であれば、同意なく強いられた性的行為だったと認められても、被害者の「激しい抵抗」もしくは「抗拒不能(抵抗ができない状態)」の事実が立証されなければ無罪となってしまう。どのくらい激しく抵抗したのか、被害者の側が細かく問われることになる。

2017年、刑法の性犯罪規定は1907(明治40)年の制定以来、初めて大幅に改正された。その原動力となったのが、時代にあわなくなった規定を改めるよう求める被害当事者らの要望や世論の高まりだ。この改正で、被害者の告訴がなくても加害者の罪を問えるようになったり、男性も被害者として認められたりするようになった。
それでも多くの課題が積み残されたとして、付則に3年後の見直し規定が設けられた。法務省は2020年に見直しの検討会を設置し、2023年の通常国会への改正案提出に向け、法制審議会の部会で議論が続いている。

Springは2017年の改正をきっかけに設立された。「性被害を経験した人生を、刑法改正の社会資源にする」とのビジョンを掲げ、再改正に向け国会議員へのロビイング活動を続けている。訴えているのは①公訴時効の撤廃②「不同意性交等罪」の創設③性交同意年齢の引き上げ④「地位関係性」を利用した性犯罪規定の創設、の4点だ。

■「イエス・ミーンズ・イエス」へ
2011年5月11日にトルコのイスタンブールで署名され、2014年に発効したイスタンブール条約(女性に対する暴力と家庭内暴力の防止と撲滅に関する欧州評議会条約)は、「同意に基づかない性的行為を処罰する規定」を設けるよう締約国に求めている。この処罰規定は「ノー・ミーンズ・ノー(No means No)=同意のない性行為を処罰する」型としてイギリスやカナダ、ドイツなど各国で採用されているが、近年ではさらに、「イエス・ミーンズ・イエス(Yes means Yes)=相手の自発的な参加を確認しない性行為を処罰する」型の採用が、スウェーデン、スペイン、フィンランドなどの国や地域で広がってきている。

性的行為における「同意」は、両者に対等な関係性がなければ成立しない。しかし、日本では対等な関係性が築かれていない2人の間の性的行為においても、法が求める「暴行脅迫要件」により「あなたが抵抗しなかったのでは?」と被害者が問われることになる。また、不同意であったことが認められても、加害者側の「同意していたと思った」という証言によって無罪となる事態が起こり続けている。

加害者側の証言は必ずしも罪を逃れるための口実ではなく、加害者自身、それが性暴力だという認識を持てていないケースも多いようだ。だからこそ、同意に基づかない性的行為は犯罪として罰せられることが法によって明確になれば、加害側の認識不足によって起こる性暴力は減っていくと見られている。
Springは認定NPO法人「ヒューマンライツナウ」、一般社団法人「Voice Up Japan」とともに「#日本でも不同意性交等罪の実現を」とのハッシュタグでオンラインの署名活動を展開。2022年10月6日までに集まった13万4,044筆が、法務省に提出された。一方で法制審の議論では、「日本ではイエス・ミーンズ・イエスが採用されるだけの社会通念が形成されていない」との指摘が出ている。

■性暴力被害者が生きやすい社会とは

Springの佐藤さんは、「私ができることは、被害当事者として声を上げていくこと」と語る。同時に、被害者への理解や受け入れる体制が十分でない社会の現実に「本当に勇気が必要なのは社会の側なんじゃないかなと感じる」と語り、それを乗り越えていくには「一人ひとりに、性暴力を身近な出来事として考えてもらうこと」だという。被害者には一刻も早いサポートが必要であるのを社会が認めること、そして国際的に広まりつつある「性的同意」についての認識を定着させるための性教育が求められている。

もし、あなたが性的被害を打ち明けられたら、被害者にどう向き合うべきか。佐藤さんは、こうアドバイスする。
「第一に『あなたは絶対に悪くないよ』というメッセージを伝えてほしいと思います。そして、もし余裕があったら『こんな話しにくいことを私に伝えてくれてありがとう』とねぎらいの言葉をかけてもらいたい」

性的被害は、全国共通ダイヤル「#8891」で、各都道府県の「性暴力専門のワンストップ支援センター」に相談できる。

クレジット

音楽(作曲・演奏) 石塚明由子
プロデューサー 金川雄策

映像作家

1981年東京生まれ。東京とロサンゼルスで映像制作を学び、帰国後映画制作会社勤務を経て独立。放送・プロモーション・商用映像などの制作に携わる一方で、映像制作経験を活かしたプロボノやドキュメンタリー制作に取り組む。代表作に『世界は布思議~布のおはなし~』シリーズ(後にWOWOW番組化)、長編ドキュメンタリー映画『あした生きるという旅』(SKIPシティアワード受賞他複数の映画祭にて受賞・入選)、他に『こども哲学-アーダコーダのじかん-』、短編作品『動かない体で生きる私の、それでも幸せな日常(短編)』など。

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