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大人の日帰りウォーキング ひとり旅に向かない私 二人旅より三人旅が気遣い少なく楽しめると思った理由

わか子ライター

次から、私も一緒に行って良いかな。靖子が言った。

晴美と明子は高校の同窓会に来ていた。
今では有志だけになってしまったが、卒業した女子高との縁が深いのか定期的に同窓会の連絡があり、晴美と明子は出席している。会場となったレストランは貸し切りで、この日に集まった同級生約50人の熱気であふれていた。
卒業当初は頻繁におこなっていた同窓会はいつ頃からか、年齢の確認のように5年に1回となった。今年は55歳だから、次回は還暦の歳になる。同窓会は楽しいけれど、いやおうにも年齢を感じさせられてしまうのが、あまり嬉しくない。
ワインが入ったグラスを傾けながら、ほろ酔いを通り越している明子。
「私は運動が得意だけれど、靖子は高校生の頃から運動は苦手だったわよね。想像以上に大変だよ、大丈夫?」と言い始める
とっても分かりやすいマウントだよ。明子だって、前回歩いた時の最後にはフラフラになっていたじゃない。
晴美は心の中で思いながら靖子の様子を見ていると、どうやらその場の付き合いや雰囲気で言っているのではなく、恐らく本気だろうなと感じた。靖子って、意思が強いというか頑固なところがあった事を思い出した。

旧東海道品川宿 街道松の広場(品川区南品川1丁目)
旧東海道品川宿 街道松の広場(品川区南品川1丁目)

週末の朝、3人は予定通りに集合場所である京急青物横丁駅に集まっていた。服装は、帽子にリュック、動きやすい服を着て足元はスニーカー。今回のウォーキングを始める時に買ったという、真新しい紫色のスニーカーを履いている晴美が張り切っているように見えるけれど、実際は、明子が一番張り切っている。
「さあ、行こうか」
時刻は9時半。明子の声で3人は歩きはじめた。
今日の日帰りの歩く旅は、江戸時代に徳川幕府が造った五街道の1つの東海道。今でも東海道新幹線や東海道本線の列車の名前や、東海道中膝栗毛などで馴染みのある言葉であるが、江戸時代の街道となると今でも残っているのかと思ってしまう。確かに、当時の街道のすべてが忠実に残っている訳ではないけれど、現在に残っている当時の街道と新しく作られた道を歩き繋げで京都三条大橋まで歩いて旅が出来る。
私たちの目標は箱根にしている。江戸時代に難所と言われた箱根八里。箱根駅伝の往路のゴール。距離は約100kmになるけれど、自分たちのペースで歩ければ良いと思っている。

江戸東京日本橋(東京都中央区)
江戸東京日本橋(東京都中央区)

街道を歩く旅の発起人は晴美。
晴美は1年程前に糖尿病と診断されて通院しており、内服治療を受けている。しかし、美味しい物が大好きな事もあり、定期検査の結果が良くなくて医師から食事や運動に指導を受けた。厳しい食事指導にはショックを受けたが、運動では近所の公園を毎日ウォーキングしていてもつまらないと思い、考え付いたのが街道を歩きつなげる街道ウォーキングだった。
偶然、晴美の知り合いに街道ウォーキングを楽しんでいる元同僚がいたこともあり、初回である前回は、元同僚と明子と晴美の3人で江戸東京日本橋を出発して最初の宿場である品川宿を通り、今日の集合場所である青物横丁駅までの約10kmを歩いた。歩き疲れた足はパンパンになるし、その後3日間は筋肉痛になった。歩き終わった直後には何だか気分が良かったけれど、次はどうしようかと前向きな気持ちではなかった。しかし、明子に「2回目はいつ行こうか?」と声をかけられると、言い出したのは私だから断れない。でも、私1人じゃ続けられそうにないから、誘ってくれるのは嬉しいし、助かっている。糖尿病の事もあるから運動しないと。でも、明子ったら同窓会で歩いて旅を始めたって自慢話をするから、もう1人増えたじゃない。

「何だか橋に説明版があるわ」
先頭を張り切って歩いている明子がそう言って説明版を覗き込むようにして読み始める。
「橋の名前は涙橋と言うそうだけれど、ちょっと、内容が重いかも」
晴美と靖子も説明版を読むと、なるほどと頷いた。この先には鈴ヶ森刑場という、江戸時代のお仕置場(処刑場)がある。お仕置場に護送される罪人の親族が、ひそかにこの場所まできて涙をながして別れたという事から涙橋と言われるようになったと書かれていた。

浜川橋【通称 涙橋】徳川家康が江戸入府後の1600年代に架けられた。現在の橋は昭和9年(1934年)に架け替えられている
浜川橋【通称 涙橋】徳川家康が江戸入府後の1600年代に架けられた。現在の橋は昭和9年(1934年)に架け替えられている

江戸の街には東西の入り口になる場所の2か所に処刑場が造られ、西側になるのが東海道沿いにある鈴ヶ森で、東になるのが奥州街道・日光街道沿いの千住に造られた小塚原刑場である。
「処刑場なのに何でわざわざ人通りの多い場所に造ったのかしら」
晴美が言うと、靖子が答えるように話し出す。
「わざとこの場所にしたのよね。人通りの多い場所でわざと人目に付くようにするのは見せしめ。残酷な光景を目の当たりにすることで、悪い事をしたらこうなると思わせようとした。幕府にしてみれば犯罪を減らそうとする意味もあったのだろうね」
靖子はおとなしくて目立つタイプではなかったけれど成績が良く、有名大学に進学したはず。歴史に詳しいはずだ。あれ、靖子のご主人って、学校の先生じゃなかったかしら。
そんなことを思っていると、
「怖いね、お化けとか出るかもしれないわ。江戸時代のお化けって何だか怖いわよ」
明子が勝手な妄想を抱いて騒いでいる。
「大丈夫だよ、お化けが出るって決まっている訳じゃないからね」
お化けだって、通りすがりの人間全員にとりついていたら忙しいだろうし、私がお化けだったら面倒そうな明子にはとりつかない。お化けだって、とりつく相手を選ぶ権利はあるだろうと、晴美は思った。
明子は昔から本当に変わらない。ある意味で素直だけれど、自分のキャラで突っ走る。悪気はないだろうけれど、何も考えずに思ったことをすぐに話す。構って欲しい気持ちからか、誰にでも人見知りせずに話しかけるけれど、他人との距離感が近すぎる。お化けとも距離感が近いのかもしれないわね。

鈴ヶ森刑場遺跡(品川区南大井)
鈴ヶ森刑場遺跡(品川区南大井)

前回、一緒だった元同僚の葉子さんは、歩く旅が好きで1人であちこち歩いているという。歩く旅はもちろん大変だけれど、私にとってはひとり旅の方がハードル高く、自分一人で旅に出るなんて考えたこともない。
行き先や計画、当日の予定や行きと帰りの交通手段も含めて何から何まで自分1人で決めるのも大変だし、何だか寂しいとも感じる。そして、いろいろ調べて計画を立てる作業は私の性分に合わないし、苦手だ。私は楽なツアーが良い。

ひとり旅では出かけた先で話す相手がいない。
今日のように史跡を見つけてもそれを話す相手もいない。きれいな景色を眺めても、それを共感できる誰かがいないのは、その時の感動や思いが半減するようにも感じるし、その場で1人では寂しい。
食事だってそうだ。自分1人で黙々と美味しい物を食べるのでは美味しさも半減してしまう。やっぱり食事は、見た目や美味しさを誰かと分かち合いながら食べるのが一番美味しく感じられるし、楽しい時間も過ごせると思っている。食後のスイーツなんかも、1人では量が食べられないけれど、誰かと一緒なら食べる前に半分ずつに分けることだってできるから、楽しみは増えると思う。ひとり旅を楽しめる人は、こういう時にどうするかが出来る人なんだろうな。

しかし、複数人で旅をするならば二人旅よりは三人の旅の方が良い。2人はどうしても気を使う。相手の言葉や仕草にの全てに反応するのも、反応されるのも疲れる。そして、返事や相槌をするにしても同調するか、共感するか、自分の意見を言うかと脳をフル回転し続けてしまうので、さらに疲れる。
その後では会話が無くなり空白になるとどうしようかとまた悩んでしまい、適当な話題を頭の中で探すのも大変だ。そして、焦って頭の中を探してしまうと墓穴を掘るような話題をしてしまい、後の祭りになってしまい、無限の負のループにはまる。
若い頃には人間関係にも柔軟性があったような気がするけれど、おばさんになれば皆それぞれに個性が強くなる。この歳になって出てきた個性では、誰かに合わせたり譲ったりすることが苦手になっているような気がしている。
だったら、苦手になってしまった誰かに合わせたり譲ったりをしないですむ方法を探すのはどうか。合わせすぎないコツはスルーかもしれない。

ひとり旅を好む人もいるのだろうけれど、私はあえて三人旅。
三人旅は二人旅のような息苦しさが緩和される。1人が何かを言っても、反応するのは残る2人のどちらかとなり、必ずすべてに反応しなくても良くなる。
そして、3人でいると、言葉や空気感で反応するのが難しかったり面倒であれば、スルーしてもそのまま流されていくことが多い。3人でいる時、2人がスルーすればすんなりと流れる。流す方にとっても、流される方にとっても、これが一番楽だと思っている。

自分の事を楽観的で深く考え込まないタイプだと思っている晴美。
周りとの距離感が近く、思ったことをすぐに口にするけれど、全く悪気がなくて活発な明子。
大人しくて優等生タイプで知識も豊富だけれど、意思が強くて頑固な靖子。
三人それぞれの個性が強すぎる。
どちらか1人と二人旅をするよりは三人旅の方が気も使わないし、楽しそうに思う。
そして、何とかなるさと思うのが晴美らしかった。

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ライター

東京都在住のおばさんです。子育てが落ち着いてきた頃より趣味で登山や街道歩き等を始めました。歩く旅は大変だというイメージがありますが、歩く事で解る楽しみもあります。実際に歩く旅をして、歩く旅の楽しさをお伝えしたいと思っています。

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