Yahoo!ニュース

この時期に見たい。批評家は大絶賛も、観客の評価は分かれる‟明るい”ホラー

渡辺晴陽作家・脚本家/エンタメアドバイザー

ジメジメと湿度が高く、気温も上昇してくるこの時期。夏本番にはまだ早いですが、バテ気味の方も多いのではないでしょうか?

昔の人も、この時期は辛かったのでしょう。
夏至に冬瓜を食べるとか、小麦の餅を食べるとか、魚や果物を食べるとか、食べるものこそ違えど滋養のある物を食べる風習が日本全国にあります。関西では豊作祈願のためにタコを食べるそうですが、タコやイカには栄養ドリンクでおなじみの「タウリン」が豊富に含まれているので、これもバテ防止には良さそうですね。京都では六月末ごろに「水無月」という、ういろうと煮小豆でつくるお菓子を食べる風習もあり、この時期は多くのスーパーの店先に、そのお菓子が並んでいます。

そんな風に、初夏の過ごしかた一つでも「いやぁ、いろんな文化があるんだなぁ」なんて思っていたら、ふと脳裏に過ぎったホラー映画があります。

それが『ミッドサマー(Midsommar)』です。
ミッドサマー(原題のMidsommarはスウェーデン語のつづり)というタイトルから「真夏」をイメージする人もいるかもしれませんが、このミッドサマーは「夏至」を表しており、スウェーデンの夏至祭をモチーフにした作品です。

本作は2019年公開(日本では2020年)と、およそ3年前の作品ですが、いまだ根強い人気があり、ちょうど1週間前の6月21日(水)の夏至の日にも、全国の劇場でディレクターズカット版が限定上映されました。

ミッドサマーはどういう作品?

今回は夏至の日に上映されたディレクターズカット版ではなく、2020年の劇場公開版を紹介します。なお、本作はレイティングR15+の作品のため、以下の説明にも残酷な描写や生々しい表現が含まれる可能性がありますので、苦手な方はお気を付けください
ネタバレ控えめで書いておりますが、一部ネタバレになる記述もありますので、ご理解のうえお読みください

ミッドサマー(Midsommar)
監督・脚本:アリ・アスター、主演:フローレンス・ピュー。ジャンルとしてはサイコホラーに近いが、フェスティバル・ホラーやフェスティバル・スリラーとも称される。一般的なホラー映画は暗闇が効果的に使われることが多いが、本作は夜でも薄明るい白夜のスウェーデンを舞台にしていて、全体的に明るいシーンが多く、ホラーとしては異色作とされる。

イメージ
イメージ

あらすじ
主人公のダニー(演:フローレンス・ピュー)を含むアメリカの大学生グループは、留学生の友人に招かれて、彼の故郷スウェーデンのホルガ村で行われる夏至祭に行きます。当初はのどかなお祭りを見物していた主人公たちですが、徐々に不穏な空気が漂い始めます。この夏至祭では、無残な方法で人を殺したり、生きたまま焼いたりと言った、残酷な人身御供の儀式が行われていたのです。主人公たちは目の前で行われる死の儀式に怯える一方で、好奇心をくすぐられ、夏至祭に巻き込まれていきます。

本作のチラシやパッケージ写真などを見て印象的なのは青い空と、色とりどりの花です。パッと見ただけだと、ハートフルな物語が始まりそうなイメージを持つ人もいるかもしれません。画像検索をすれば、純白の服を着た笑顔の人たちや花で飾られた主人公の姿など、牧歌的なドラマや神秘的なファンタジー映画を思わせるシーンの写真が多く見つかると思います。

映画全体を通して明るいシーンが多い本作ですが、晴れ晴れとした明るさではなく、白々しいというか冷たいというか、常にどことなく不気味な雰囲気が漂っています。

本作の監督・脚本を務めたアリ・アスター監督は前作『ヘレディタリー/継承』で長編映画の監督・脚本デビューをし、その作品で批評家からの絶賛を受けた監督で、本作でも高く評価されています。一方で、本作は観客からの賛否が大きく分かれ、Yahoo!映画では平均3.0/5.0点となっています。

評価が分かれる理由は?

肯定的なコメントには「ホラー好きにはオススメ」とか「新しいホラー」というような感想が多いのですが、否定的な意見を見たところ「意味不明。つまらない」、「不快」、「展開が読めるのに長すぎ」というような意味の言葉が並んでいました。

ですが、一つ一つを見ていくと、肯定的なコメントも否定的なコメントも多くが実は同じことを言っていました。

まず、本作は、ゾンビや幽霊などが追いかけて来るパニック系のホラーではありません。不条理さはありますが、猟奇殺人鬼とかデスゲームとかのそれとも違います。私の感覚では、ある意味で、日本の怪談話に近い怖さがあると思いました。直接的なスプラッター表現とか、殺しまくって怯えさせるのではなく、丁寧に殺す感じといいますか……。

大きな木槌で頭を叩き潰されたり、内臓を抉り出されたりと残酷なシーンはありますが、本作の怖さの主軸はそこにはありません。とにかく不気味で、状況が怖い。主人公たちに感情移入しながら見ると、「いっそ早く殺して」と言いたくなるくらい、悲劇が目の前にあるのに宙ぶらりんのまま放置される不快感があります。
ホラー作品の恐怖は「単純な危機」、「未知への畏怖」、「苦痛」、「不安」ほか、いろいろな怖さに細分化することができます。ホラー作品ファンであってもどの部分を刺激されるのが好きかは分かれるでしょう。それが、賛否両論の原因の一つだと思います。

ホルガ村の夏至祭のルールや意図が不確かなのも、この作品の賛否を分けている要素でしょう。不明瞭な部分が消化不良になり「意味不明」などといった否定的な意見も出るようです。しかし、全ての謎が解けてしまえば、本作はホラーではなくミステリー作品になってしまいます。そのため、この手のホラーを好きな人からは消化不良ごと受け入れられているようです。

イメージ
イメージ

本作は名作なのか駄作なのか?

名作か駄作かはつまるところ個人個人の感覚によりますが、作品の構成や見た人に与える衝撃の強さという点で考えれば、充分に名作と言える作品だと思います。内容や結末について、解説サイトや質問サイトでいろいろな意見交換や考察がなされている点も、人の記憶に焼き付いている証拠でしょう。

本作で特に印象的なのは以下の3つの点でした。

  1. 「明るさ」が「不気味」に変わる斬新なつくり
  2. ちゃんとホラーの王道を踏まえた展開
  3. 常識が通じないトラウマ級の恐怖

明るいホラーと言われるように本作は明るい場面が多いです。それは人が死んでも変わりません。明るいのは光だけではありません。人々は笑い、キレイな花や景色、牧歌的な雰囲気が漂っています。本来なら悲惨な状態なのに、みんな幸せそうにしているのは不気味で気持ち悪くなります。儀式の中で出てくる歌の雰囲気も、綺麗で神秘的ですが、よく聞くと淋し気で、だんだん不気味に聞こえてきます。村人たちが儀式中に発する声も、実に気持ち悪い。
明るさ、綺麗さ、のどかさなどが、全部不気味になるという構成は斬新で見事だと思います。

そんな斬新な作品ですが、ホラーとしての決まりごとは、上手く取り入れられています。
悪いことが起こる予感がして、実際に悪いことが起こる。それがよくあるホラーの構成です。
たとえば普通に過ごしているところに突然隕石が振ってきて町が消滅するシーンを見ても、ほとんど怖さは感じません(実際に起きれば怖いですが…)。何百人を犠牲にしても、倒壊した建物に押しつぶされる人たちを描いても、悲惨だとは思っても、ホラー的な恐怖を与えることはできません。
そのため、ホラーにはお決まりのパターンがあります。「場違いなほど危機感のない人」、「さっさと逃げ出した人」、「ちょっと様子を見に行った人」、「すぐにセックスする人」を見れば、何となくこの人たちが酷い目に遭うような気がすると思います。本作ではそのお決まりを上手く利用して、見ている人が常に悲惨な想像をするよう演出されています。
また、冒頭部では、電話の着信音でドキリとさせられたかと思うと、ダニーの身に悲劇が起こり、観客は不安定な気持ちで作品を見るよう誘導されます。

ゾンビや幽霊が襲ってくるホラーも怖いですが、本作の怖さは敵ではないはずの人たちが何を考えているか分からないという点にあります。悪意を向けて殺される話ももちろん怖いです。でも、善意で殺しに来る相手って、想像するとめちゃくちゃ怖くないですか?
同じ人間だと思っていた人と、価値観が違っている(生死や善悪など)。そのズレの恐怖こそが本作の魅力であり、見た後で数日間は引きずってしまうようなトラウマ要素でもあります。

イメージ
イメージ

今回は今の時期にぴったりのホラー作品ということで、夏至祭をモチーフにしたミッドサマーを紹介しました。

本作の楽しむには、「悪いことが起こると分かっているのに、なかなか起きてくれない。けれど、逃げることもできない」そんなサスペンスフルな感じや、「明るいせいで全部見えてしまう不気味さ」からくる不安感をじっくりと味わうのがいいでしょう。2時間20分超という長さ(ディレクターズカット版は3時間近い)ですが、その間ずっと、息のつまるような得体の知れない緊張感を感じ続けられるはずです。
スプラッターなど派手なシーンの多いホラーや、常に追われるような緊迫感のあるホラーが好きな人には向かないかもしれません。また、ホラー作品を見た経験が少ない人にも、なかなか怖さが伝わりにくいと思います。ですが、ホラーの歯車がひとたび噛み合えば、きっと今までにないようなホラー体験ができるでしょう!

作家・脚本家/エンタメアドバイザー

国立理系大学院卒、元塾経営者、作家・脚本家・ライターとして活動中。エンタメ系ライターとしては、気に入ったエンタメ作品について気ままに発信している。理系の知識を生かしたストーリー分析や、考察コラムなども書いている。映画・アニメは新旧を問わず年間100本以上視聴し、漫画・小説も数多く読んでいる。好みはややニッチなものが多い。作家・脚本家としては、雑誌や書籍のミニストーリー、テレビのショートアニメや舞台脚本などを担当。2021年耳で読む本をつくろう「第1回 児童文学アワード」にて、審査員長特別賞受賞。

渡辺晴陽の最近の記事