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映画『君たちはどう生きるか』世界的ヒットの予感も、日本では賛否が分かれる理由を分析

渡辺晴陽作家・脚本家/エンタメアドバイザー

スタジオジブリ、宮崎駿監督作のアニメ映画『君たちはどう生きるか』。
7月14日公開から、2ヶ月以上が過ぎました。

これまでに発表された興行収入の推移を見たところ、公開40日前後から伸びがなだらかになってきてはいますが、このままのペースなら90億円前後には到達しそうな様子です。
今後、海外の映画祭などで好評を博した場合は、さらなる躍進もあるかもしれません。

縦軸:興行収入(億円)、横軸:公開日数(日)
縦軸:興行収入(億円)、横軸:公開日数(日)

海外では、すでに大ヒットの予感が!

国内では評価が分かれた本作ですが、今のところ海外の批評家からの評価は高く、公開前ながら評判も非常に高いものとなっています。配給も好調なようで、興行収入と合わせた収益で、莫大な時間と予算をかけて作られた本作の製作費用が回収できる見込みだとのことです。

ちなみに、『君たちはどう生きるか』の英語版のタイトルは『The Boy and the Heron』で、直訳すると「少年とサギ」というシンプルなものになっていました。

YouTube上で公開された米国版の予告編には、多くのコメントが寄せられており、映画への期待の高さがうかがえます。日本ですでに鑑賞しているというファンからのコメントもありましたが、その多くが映画を肯定的に見ている内容でした。

この調子なら、海外で過去にないくらいのヒットすることも期待できそうです。

どうして日本では評価が分かれるのか?

どんなものでも賛否両論ありますが、本作ではそれが二極化する傾向が強く、結果としてレビューサイトでの評価の平均点は多くが3点台くらい。あまり高いとは言えません。

海外での評価に対して、国内の評価が低いのはどうしてなのか。映画の内容、レビュー、雑誌、その他の媒体の情報などを分析してみると、3つの大きな要因が見つかりました。

  1. タイトルや宣伝の影響
  2. 宮崎駿監督への期待値
  3. 観客の意識の違い

以下では、それぞれを詳しく説明していきます。

1.タイトルや宣伝の影響

本作は宣伝ナシで公開されました。そのため、観客はジャンルすら知らない状況で映画館に行き、そこで初めて作品の内容を知っていくことになります。

本編をご覧になっていない方は米国版予告編を見ても分かりますが、作品冒頭は戦争を描いた映画のような雰囲気です。同じスタジオジブリ作品で言うと『火垂るの墓』(高畑勲監督)を髣髴とさせるリアリスティックな作品を期待する方も多いことでしょう。ところが、その後の内容はファンタジー色が強くて、冒頭のイメージと違うと感じることになります。

タイトルの『君たちはどう生きるか』から、吉野源三郎著の同名小説を呼んで予習した方もいるかも知れませんが、小説は映画内にちらりと登場するだけで、ストーリーには直接的な関係がありません。また、自己探求や啓発的な物語が連想されそうですが、『不思議の国のアリス』(ルイス・キャロル著)のようなナンセンスさを感じる部分が多くありました。

どんな物語かをつかもうとする観客は、冒頭から二転三転する気配のようなものに翻弄された結果として「意味不明だった」のような感想を抱きやすくなります。

一方海外では、事前にある程度ジャンルや内容のイメージが分かっていたり、意味深なタイトルではなく『The Boy and the Heron(少年とサギ)』というシンプルなタイトルであったりしたため、展開が受け入れられ易かったのかもしれません。

2.宮崎駿監督への期待値

日本において宮崎駿監督とスタジオジブリが特別な存在であったことも、本作の評価を二分した要因でしょう。

日本では、リアルタイムで映画を見ていなくても、レンタルビデオや金曜ロードショーなどで一度は宮崎駿監督の作品に触れたことがある方がほとんどだと思います。たとえ映画に興味が無くても、トトロ、ポニョ、ジジなどのキャラクターを見たことがない人はいないのではないでしょうか?

日本の映画の歴代興行収入ランキングでは、2001~2020年のあいだ宮崎監督の『千と千尋の神隠し』(2001)が1位でした。2001年以降にも、『ハリーポッターと賢者の石』、『アナと雪の女王』、『君の名は』などの大ヒット作がありましたが、それらの作品ですら越えられない記録だったのです。また、短い期間ではありますが、宮崎監督は『もののけ姫』(1997)でも当時の歴代興行収入ランキング1位を獲得しています。

このように宮崎駿監督とスタジオジブリは日本ではとても深く愛されていて、唯一無二以上の存在でした。

そんな宮崎駿監督の10年ぶりの新作長編ということで、観客一人ひとりの期待は、はち切れんばかりに膨れ上がっていたはずです。ところが、本作はこれまでとは少し違った印象の作品でした。その違いを「宮崎駿監督の集大成」と好意的にとらえる人もいる一方で、「期待外れ」という評価をする人もいたのでしょう。

3.観客の意識の違い

今回、特に気になったのが、日本と海外で、観客たちの意識が大きく異なっていたことです。

海外の方の反応には、「映像が美しく、それだけで見る価値がある」、「生き物の動きが写実的で素晴らしい」というような感想が多く、背景の色彩や、映像表現、動物たちの行動の描写などが絶賛されていました。

国によっては、映画(アニメ映画)は、単なるエンタメではなく、絵画のような芸術表現としてとらえられているようです。

特にスタジオジブリの作品は、アニメだからこそできる表現、実写化できない映像にこだわって作られているようなので、映像に注目して見ると評価が高くなるのでしょう。

また、「映画を見た直後はスッキリしなかったが、良い映画かどうかとは別の話」。つまり、「見てすぐには消化不良でも、良い映画だった」というような意味のコメントもあり印象的でした。

日本で低く評価している方のコメントを見ると、主な低評価の理由が「理解できない」とか「観客が置き去りで、結末も中途半端に終わる」というような内容で、そう言ったコメントほど多くの共感をあつめているようでした。

現在、日本では「異世界転生」というジャンルのアニメ作品が人気で、この数年内にアニメ化されているものだけでも100作品ほどはあるでしょう。

「異世界転生」ものは、おおまかに言うと、現実世界でパッとしない主人公が、何らかの事情でRPG風のファンタジー世界に行き、優れた特殊能力や現実世界の知識などを活用して活躍するという物語です。もちろん、他にも様々な派生があり名作もたくさんありますが、構成がいい意味でマンネリズム化しており、比較的分り易い作品群になっています。

また、放送されている多くのアニメで、主人公の敵対者は悪役らしい悪役として描かれていて、主人公の目的も明確で、物語も起承転結がはっきりしています。
内容は、勧善懲悪的なものや、派手で胸アツな物語が好まれています。
こういった傾向は、アニメに限らずドラマや映画でもあるように思います。

『君たちはどう生きるか』のファンタジー世界には、どこか箱庭のようなこぢんまりとした印象があり、むしろ主人公たちの生きている現実世界の方が大きく感じられました。
登場人物たちも熱血な感じではなく、淡々と役割を全うしていきます。
また、散りばめられた伏線の中には回収されないものもあり、不思議な話は不思議なまま曖昧に展開していきます。
このような世界観、展開、結末は、流行している作品の傾向とズレがあるかも知れません。

映画を観たあとで、すぐにスマートフォンを見て、SNSや解説サイトにある見解と自分の見解を比べ、自分の見かたや感じかたが正解かどうかを確かめたくなる人もいるかと思います。
そう言った人たちも納得できる解説に行きあたらなければ「何が言いたいか分からない作品」という評価を下すことになるでしょう。

このような理由から、『君たちはどう生きるか』は、現代アニメのファンには評価されにくいのかもしれません。批判的なコメントの中には「宮崎駿はもっと三幕構成とかの勉強をすべき」というような意味のことを書いた恐れ知らずなものもありました。

本作の楽しみ方は?

まだ本作を見ていない方のために、本作を最大限に楽しめる方法を考えてみました。

まず、公開当初は情報が伏せられていた本作ですが、これからご覧になる場合には、「ファンタジー(アドベンチャー?)作品である」ことくらいは念頭に置いておいてもいいと思います。
細かなネタバレを見ると楽しみが半減してしまいますが、現実的な内容ではないことだけは知っておいた方が、混乱せずに楽しむことができるでしょう。

次に、子どものような素直な気持ちで見るのをオススメします。

おとぎ話や不思議の世界には、優しいものも厳しいものも、ときには危険なものもあります。ですが、それらの物語は常に子どもたちの隣で寄り添ってくれる存在です。

宮崎駿監督も過去のインタビューで10歳前後の子どもに向けて映画を作っているというようなことをおっしゃっていたかと思います。

鈴木敏夫さんのインタビューの中にも、「大人は何度も見ないと分からないと言うが、子どもは一度見ただけでも分かっているようだ」というような旨のコメントがありました。
実際に、映画館の前で本作を鑑賞した人たちの様子を見ていたところ、小さな子どもほど楽しそうに映画館を出てきて、大学生くらいの年代になると狐につままれたような顔をしていることが多かったです。

もちろん、子どもでも大人でも好みによって合う合わないはあるかと思いますが、ケチをつけるために映画を見たり作者が考えていることを全て理解しようと意気込んだりせず、力を抜いて楽しむのが良いでしょう。

面白いか面白くないかは人それぞれですが、どんなに偉い人が名作だと評価していても「駄作だ」と思っていいですし、みんなが駄作だと言っていても「名作だ」と感じるのも自由です。

評価が大きく二分する本作。気になっている方は、ぜひ自分の目で確かめてみてはいかがでしょうか?

「宣伝ナシ」、「パンフレット後売り」など、いろいろと興味深い展開をする本作について、X(旧ツイート)や他記事でも分析しています。関心のある方は合わせてご覧ください。

作家・脚本家/エンタメアドバイザー

国立理系大学院卒、元塾経営者、作家・脚本家・ライターとして活動中。エンタメ系ライターとしては、気に入ったエンタメ作品について気ままに発信している。理系の知識を生かしたストーリー分析や、考察コラムなども書いている。映画・アニメは新旧を問わず年間100本以上視聴し、漫画・小説も数多く読んでいる。好みはややニッチなものが多い。作家・脚本家としては、雑誌や書籍のミニストーリー、テレビのショートアニメや舞台脚本などを担当。2021年耳で読む本をつくろう「第1回 児童文学アワード」にて、審査員長特別賞受賞。

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