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『ジュラシック・パーク』のように恐竜を現代に蘇らせることは可能?【遺伝学専攻の本気考察】

渡辺晴陽作家・脚本家/エンタメアドバイザー

今年もあとわずか。年賀状の準備、宝くじ購入、大掃除に断捨離などなど。今年中にやっておきたいのに、やりそびれてしまっていることはありませんか?

私にはあります!!

1993年に公開の映画『ジュラシック・パーク』から今年で30年が過ぎました。

そんなわけで、記念すべき今年のうちに、現在の技術で恐竜を蘇らせることが可能なのかを検証してみたかったのです。

ジュラシック・パークとは?
スティーヴン・スピルバーグ監督のSFパニックまたはSFアドベンチャー映画。琥珀に閉じ込められた蚊の体内にあった恐竜血からDNAを抽出して、バイオテクノロジーで恐竜を再生し、テーマパークに展示しようとする。だが、ある事件により恐竜が脱走し、パークにいた人たちが襲われる。

『ジュラシック・パーク』シリーズ以降も、恐竜の映画は数多く作られてきました。それらの映画を見れば「恐竜の再生」が実現可能かどうか気になる人も多いはずです。インターネットや科学雑誌などでも、そのテーマのコラムはたびたび書かれてきました。

ですが、私が見た限り、ストンと腑に落ちるような記事はありませんでした。「技術的に難しい点が多い」とか「倫理的な問題もある」とか「太古とは環境が違う現在の地球では恐竜が生育できない」とか……。

実現していないのですから「恐竜の再生」が難しいのは当然です。ですが、何が困難なのかがはっきりしなければ、どれくらい難しいのかも分かりません。
また、実行に移すとなれば倫理的な問題や生育の問題もあるとは思いますが、まずは技術的に恐竜を誕生させることが出来るのか出来ないのかが知りたいのです。

そんなことを考えていてふと、自分が大学院で遺伝学や発生学を専門とする研究室に所属していたことを思い出しました。その知識を活かせば、もっと具体的な検証が出来るはず。

そこで今回は、現代に恐竜を蘇らせることが可能か不可能か。可能にするためにはどんな課題があるのかを本気で考えてみようと思います!!

前提条件

具体的なことを書く前に、今回は次の3つを前提条件としておきます。

  • 倫理的な問題は考えない
  • 研究費は充分にあるものとする
  • 胚の状態で死亡したとしても個体ができていればいい

つまり、倫理面や予算の問題は今回は一切考えません。また、誕生後に育つかどうかは置いておいて、とりあえず恐竜と分かる状態にまで成長させるのを目的とします。

生まれてきて成長する環境は整っていなくても、身体が完成すればひとまずOKとする
生まれてきて成長する環境は整っていなくても、身体が完成すればひとまずOKとする

上の図のように、恐竜の遺伝子を持っていてもただの細胞やそのままでは生きられない状態の胚(人間でいう胎児)の状態ではダメですが、たとえ卵から生まれてくることが出来なくても恐竜としての全身がそろえば(人間でいうと未熟児くらいまで育った状態)成功と考えます。

そもそも絶滅した動物を再生できるのか?

(※以下、読みやすくするために動物と生物を使い分けている部分がありますが、どちらも同じ意味でとらえていただいて問題ありません)

結論から言うと、絶滅生物を蘇らせることは可能です。実際に滅びてしまった動物を再生するプロジェクトは世界各地で行われています。

主な方法は二つ

①育種による方法

現存する動物の中から滅んでしまった生物に近い動物を選び、滅びた生物と同じ特性を持つもの同士をかけ合わせていくことで、滅んだ生物を復元しようという方法です。人間による育種の結果としていなくなってしまった品種や、品種改良前の原種を再生するような試みで利用されています。
この方法の場合、厳密に言うと滅んだ生物によく似た新品種ができてしまいますが、比較的自然な手段であり、倫理的な問題も少なくて済みます。

②生命工学的な方法

滅んでしまった生物の細胞やDNAを、別の動物の細胞に移植して、滅んだ生物を作り出そうという方法です。
他の生物のDNAを移植した細胞を作り出す遺伝子組み換え技術はすでに実用化していますし、体の細胞からその動物の複製となる子どもを作るクローン技術(体細胞クローン)も確立されています。ただし、倫理的に禁止されている技術もあります。

牛の祖先であるオーロックスや、フクロオオカミなど比較的近年滅んでしまった絶滅種、数百万年前のマンモスなどを蘇らせようという試みは実際に行われている
牛の祖先であるオーロックスや、フクロオオカミなど比較的近年滅んでしまった絶滅種、数百万年前のマンモスなどを蘇らせようという試みは実際に行われている

では、恐竜の再生は可能なのか?

絶滅した動物が再生できるとしたら、同じように恐竜も再生可能……とはいきません。恐竜を再生するにはいくつもの問題があります。

育種による再生の問題点

現存する動物から恐竜に似た動物を探し、恐竜になるようにかけ合わせていく。それだけ聞くと簡単そうですが、極めて困難な問題があります。現存する動物に、恐竜に似た動物がいないのです。
ウミイグアナやワニ、あるいはサイなどを見ていると、ちょっと恐竜っぽくもありますが、それぞれまったく別の種ですし、かけ合わせることもできません。

また、同じ種の中で新品種を育種するだけでも、ときには数十年かかります。いくつもの種の垣根を越えて、恐竜が滅んでからこれまでの6000万年を遡るような育種をしようと思ったら数千万年規模の時間が必要になるでしょう。

生命工学的な手法の問題点

生命工学(バイオテクノロジー)を用いるとしても大きな問題が残ります。それは、恐竜が滅んでから6000万年以上もの時間が経っていることです。生きた細胞を入手することはもちろん不可能です。それどころか、化石になった恐竜からでは、DNAを抽出することもできません。
DNAは紫外線や酵素、温度、放射線、微生物の働きなど様々な要因で壊れていきます。たとえば、実験皿の上に乗せた状態で半日ほど直射日光に晒した細胞からDNAを抽出したところ、DNA配列はほぼ読み取れない状態になっていました。
また、仮に最高のコンディションで保管しても、DNAは数百万年で完全に失われてしまうと言われています。『ジュラシック・パーク』のように恐竜の血を吸った蚊が琥珀に閉じ込められていたとしても、そこからDNAを取り出すことは不可能でしょう。

虫入りの琥珀(厳密にはコパール)。赤い印の辺りには昆虫らしき姿がある。虫眼鏡で見ると生々しいくらいにはっきりと形が残っているが、恐らくDNAは失われてしまっている
虫入りの琥珀(厳密にはコパール)。赤い印の辺りには昆虫らしき姿がある。虫眼鏡で見ると生々しいくらいにはっきりと形が残っているが、恐らくDNAは失われてしまっている

再生ではなく恐竜を作り出すことならできるのでは?

映画『ジュラシック・パーク』シリーズの続編『ジュラシック・ワールド』では、いろいろな遺伝子を組み込んだオリジナルの恐竜が作られているシーンがありました。

かつて存在した恐竜と全く同じ種類の恐竜を再生することはできなくても、恐竜らしき生物のゲノムをデザインして、新しい恐竜を作ることなら可能でしょうか?

DNA、遺伝子、ゲノムとは?
DNAにはA、T、G、Cの4種類があって、それらを総称してDNAと言う。その4種類のパーツがいくつも並んで生物の特徴を決める遺伝子が作られ、その生物を作るのに遺伝子全てをあつめたものをゲノムという。つまり、遺伝子は目、耳、指など体の部品を作る設計図。ゲノムは全身の設計図を集めたファイルの状態をイメージするといいでしょう。

DNAにはA、T、G、Cの四種類があり、それがACTCGA…のように並んだのが遺伝子、一人分の遺伝子を全部集めてゲノムという
DNAにはA、T、G、Cの四種類があり、それがACTCGA…のように並んだのが遺伝子、一人分の遺伝子を全部集めてゲノムという

DNAを合成できる長さには限界がある

仮に恐竜のゲノムの配列をデザインできたとしても、化学的に合成するのは困難です。

DNAの並ぶ数の単位をbpといい、AかTかGかCの一文字が1bpです。
ACTCGAGAATACの12文字の場合は12bpになります。

ゲノムの長さは、ヒトで約30億bp、爬虫類のトカゲや両生類のカエルでも10億bp以上はあります。

化学的にDNAを並べていく技術は確立されいて、技術の精度も高いです。しかし、100%の精度で並べることはできません。一つのDNAを並べる精度は、99%くらいになるでしょう。1bp並べるのが99%なら、2bpなら99%の99%で98%に低下します。一般的に使われる範囲は20~50bpくらいですから、50%以上の確率で目的のDNAを合成できます。しかし、bpが増えるほど、この確率はどんどん精度が下がっていきます。500bpになるまでに、目的のDNAが合成される確率は1%を下回ります。これでは10億bpどころか1000bpを合成することもできません。

DNAのイメージ図。赤い印がA、T、G、Cの1文字分のDNAで、縦方向に長く繋がっている。隣には対応する形のDNAがくっついていて(AとT、CとGがくっつく)、二重螺旋構造をしている
DNAのイメージ図。赤い印がA、T、G、Cの1文字分のDNAで、縦方向に長く繋がっている。隣には対応する形のDNAがくっついていて(AとT、CとGがくっつく)、二重螺旋構造をしている

DNAを得られたとしても、まだ困難が……

仮に何らかの方法で恐竜のDNAを作り出したとしても、まだ恐竜の誕生には至りません。
DNAがあれば恐竜のゲノムを持つ細胞を作ることは可能でしょう。ですが、そこから恐竜の赤ちゃんを作るのは簡単ではありません。

この記事の序盤で、細胞があれば、その細胞を利用して子どもを作り出すクローン動物を作出する技術は確立されていると書きました。この技術は、細胞から取り出した核(≒ゲノム)を、卵細胞(子どもになる細胞)に注入し、特殊な刺激をして子どもとして成長させるという手順で行います。
このクローン技術は、爬虫類や鳥類のようないわゆる玉子(※科学用語ではありませんが、卵と区別するためにこの字を使っています)を産む生き物で用いるのはかなり難しいのです。

赤い丸の部分(中央が白くなっているところ)に将来子どもになる卵細胞(胚)がある。ちなみに、有精卵を買えば自宅でも観察可能です
赤い丸の部分(中央が白くなっているところ)に将来子どもになる卵細胞(胚)がある。ちなみに、有精卵を買えば自宅でも観察可能です

玉子には殻があり、白身があり、黄身があります。そして、卵細胞(胚)は黄身の表面に張り付くように存在しています。
そのためクローンを作出するには、殻から玉子を出して、黄身から卵細胞を取り出し、クローンを作りたい生物の核を注入し、再び黄身の表面に戻し、殻に入れ直して温めなければなりません。この間に黄身が破れてしまったり、干からびてしまったりしたら玉子は育たなくなってしまいます。

また、玉子の黄身や白身は、胚(子ども)が育つための栄養分です。恐竜の玉子を作る手順が上手くいったとしても、その玉子に恐竜を一頭つくるのに必要な栄養分がなければ、恐竜の胚は育ちません。また、殻の大きさもちょうどいいサイズである必要があります。

胚(子ども)は玉子の中で育っていく
胚(子ども)は玉子の中で育っていく

恐竜の再生は可能か不可能か?

ここまで書いてきたことをまとめると、現状では恐竜の再生は極めて困難ということになります。解決しなければならない課題はざっくりと以下の3点です。

  1. 恐竜の遺伝子(DNA配列)情報は化石や琥珀からは得られない
  2. 10億bp以上になるであろう長いDNAを正確に配列して合成することは不可能
  3. 恐竜の細胞を作れたとしても、クローン恐竜の玉子を作るのは難しい

これらを解決できない限りは恐竜の再生は不可能です。逆にこれらを解決できれば、恐竜の再生も現実的になってくるでしょう。

私の感覚としては、1.の問題は化石以外からDNA配列を知らなければならないので解決はかなり困難だと思います。2.の問題に至っては、どんなに合成精度を高めても、人工的な技術で10億bpのDNAを合成することはまず無理でしょう。3.の問題は、やりようによっては解決できそうな気がします。

せっかく課題が分かったので、次はSF的にこれらを解決する方法を考えてみたいところですが、記事が長くなって読み疲れてしまった方もいるかと思うので、それはまたの機会といたしましょう。

今回は現代に恐竜を蘇らせる困難さを発生・遺伝学の知識をフル活用して分析してみました。専門的な用語も多く、ちょっと難しい記事になってしまいましたが、その分、これまでにあったコラムよりも具体的に恐竜を蘇らせる困難さをイメージできたのではないでしょうか?

またいずれ、「それでも何とかして恐竜を蘇らせる方法」を考えてみようと思っています!

作家・脚本家/エンタメアドバイザー

国立理系大学院卒、元塾経営者、作家・脚本家・ライターとして活動中。エンタメ系ライターとしては、気に入ったエンタメ作品について気ままに発信している。理系の知識を生かしたストーリー分析や、考察コラムなども書いている。映画・アニメは新旧を問わず年間100本以上視聴し、漫画・小説も数多く読んでいる。好みはややニッチなものが多い。作家・脚本家としては、雑誌や書籍のミニストーリー、テレビのショートアニメや舞台脚本などを担当。2021年耳で読む本をつくろう「第1回 児童文学アワード」にて、審査員長特別賞受賞。

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