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【富士宮市】タイムスリップしたような景色が楽しめる星山地区を『歩く博物館』でウォーキング!

渡辺雅来

地域情報発信ライター・執筆家(富士宮市・御殿場市)

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自分の出身校が近い事もあり馴染みのある星山地区。
星山には江戸時代に活躍した名主、深沢安兵衛が建てたとされる道標(手ひき)が今も残されているということで、南部公民館に車を駐車して『歩く博物館 Jコース<黒田・星山地区>星山の手ひきと倭文神社コース』を歩いてみました。
南部公民館から星山放水路に沿って南下していきます。星山橋を渡る際に、富士山がとても綺麗に見えたので、写真を撮りました。

星山橋真ん中から望む富士山
星山橋真ん中から望む富士山

橋を渡り切るとすぐに①月の輪遺跡群という看板がありましたが、周囲に遺跡のようなものがありません。パンフレットを見ると遺跡が星山放水路開削工事などで消滅したとのことでした。

今は消滅してしまっている月の輪遺跡群(跡)
今は消滅してしまっている月の輪遺跡群(跡)

残念な気持ちを胸に、次の目的地へ歩きます。②大悟庵観音堂③倭文神社は大悟庵境内に隣り合っていました。

趣のある大悟庵観音堂
趣のある大悟庵観音堂

古代から祀られている倭文神社
古代から祀られている倭文神社

倭文神社は古代に織物を生産する集団『倭文部』が織物の神様を祀ったと言われています。神殿横には幹周が約6mにもなる杉が御神木として祀られていると聞いていましたが、あるのは根本のみで、境内には切ったばかりの御神木の幹が置かれていました。

御神木の株
御神木の株

切られたばかりの御神木の幹には燃えた跡が残っていました。
切られたばかりの御神木の幹には燃えた跡が残っていました。

ちょうど通りがかった近所の方のお話によると、御神木の幹の中が燃えてしまい、倒木の恐れがあるので、伐採されたのだと…何百年の間生きて来た老杉の伐採された姿は痛々しく、悲しくなりました。伐採の他に手立てはなかったのでしょうか。
更に南へ向かうと、防空壕跡があり、裏の堀には綺麗な水が流れていました。そして右に曲がると信孝寺があり、手前に④の高遠石工の作ったお題目が堂々と建っていました。

高遠石工の作ったお題目
高遠石工の作ったお題目

ここでUターンし、元来た道を少し戻ると、『道幅狭し 通行注意』の看板がある細くて急こう配の道になります。

歩くのも怖いくらいな急な勾配の道
歩くのも怖いくらいな急な勾配の道

この細い道の脇の岩肌からこんこんと湧き出る水を発見。地元の方によると一年中湧き出ているとのことでした。湧水に恵まれている富士宮ならではの贅沢な自然の恵みですね。

道路脇にあった湧水
道路脇にあった湧水

坂を下り切るとパンフレットで紹介されている『富士山が正面に見える』場所です。田園風景に富士山が映えます。富士山を見ながら今度は北へ向かいます。

田畑と山々に囲まれた富士。
田畑と山々に囲まれた富士。

⑤星山の手ひきは水路に囲まれ、まるで小さな島のようでした。

ぐるりと一周水路に囲まれています。
ぐるりと一周水路に囲まれています。

手ひきを越して歩くとまたまた湧水が。こちらは市指定湧水で看板も立っていました。

湧水の看板
湧水の看板

森林の間の平野からこんこんと湧き出ています。
森林の間の平野からこんこんと湧き出ています。

右側が森林、左側に放水路を見ながら、⑥王藤内の墓まで来ました。ここは生きで渡った星山橋を渡る手前にありましたので、ゴールまでは目前です。

富士の巻狩の際に曽我兄弟の仇討の巻き沿いになったという王藤内。
富士の巻狩の際に曽我兄弟の仇討の巻き沿いになったという王藤内。

最後は⑦自證寺です。ここは刑場跡で、災厄を恐れた人々が厄除堂を建てたのが始まりだそうです。『仏さまはみてござる 心の中も することも』というお寺入口の言葉が、自分を戒める言葉のように感じました。

自證寺のお堂
自證寺のお堂

今回の『歩く博物館』は、自然と古き良きものが融合した星山の魅力を感じながらも、もう少し歴史の遺物や自然と寄り添って生活できないかと考えさせられるものでした。

星山の手ひきと倭文神社コース
星山の手ひきと倭文神社コース

歩く博物館
問い合わせ先:富士宮市教育委員会 電話0544-22-1111(代)

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