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【御殿場市】御殿場市の発祥の地に鎮座する『吾妻神社』は徳川家康ゆかりの地!必勝祈願に訪れてみては?!

渡辺雅来地域情報発信ライター・執筆家(富士宮市・御殿場市)

静岡県立御殿場高校の南側に『御殿場市の発祥の地』があると聞き、今回は御殿場のルーツを探るべく『吾妻神社』を訪れてみました。

駐車場の看板には『徳川家康公の御殿跡』と記されています
駐車場の看板には『徳川家康公の御殿跡』と記されています

御殿場地区コミュニティ併用施設前の広い駐車場が解放されていました。駐車所入口案内には、『徳川家康公の御殿跡』と記されています。

御殿場地区コミュニティ併用施設の駐車場
御殿場地区コミュニティ併用施設の駐車場

駐車場からはすぐに『吾妻神社』の拝殿を見ることができました。

吾妻神社拝殿
吾妻神社拝殿

拝殿に向かって左側には『御殿場東照宮』、その奥には『徳川家康公御殿土塁跡』の石碑がありました。

御殿場東照宮の碑
御殿場東照宮の碑

徳川家康公御殿土塁跡の碑
徳川家康公御殿土塁跡の碑

徳川幕府の初代将軍徳川家康は1605年に将軍職を徳川秀忠に譲り、大御所となりました。1607年に家康は駿府城に移り、一種の二頭政治を敷きました。

1615年に、幕府は家康が江戸から駿府を往復する際の宿泊場所として現在の御殿場高校から吾妻神社、穂見神社にかけての一帯に御殿を造営しました。

しかし1616年に家康は死去し、豪壮な御殿は実際に使用されることはありませんでした。同年に当地で家康を東照大権現として祀る社が創設され、御殿場東照宮と呼ばれたそうです。

御殿場発祥の碑
御殿場発祥の碑

起源の記された看板
起源の記された看板

そして、『御殿場発祥の地』の記念碑と起源の記された説明書きも並んでいました。

1633年に御殿場の地は小田原藩領に組み込まれ、小田原城主稲葉氏が巡検や鷹狩に御殿が利用されました。1651年から4年の歳月を費やして大修理を行なわれましたが、1686年、稲葉氏の次に小田原藩主となった大久保氏により、御殿は取り壊されました。

各地から人々が集められ、御殿と共に作られた「御殿新町」は長い変遷を経て、御殿場市になりました。当時御殿は全国に50か所以上造営されましたが地名として残っているのはごくわずかなのだそうです。

参道の左側には穂見神社が鎮座しています
参道の左側には穂見神社が鎮座しています

隣接して鎮座している『高尾山穂見神社』は、御殿跡に創設されたことがはっきりしていることから、『吾妻神社』も御殿跡での創建か、遷座と考えられていますが、『吾妻神社』の御祭神の、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)と弟橘姫命(オトタチバナヒメ)は共に交通安全、旅行安全などの御利益がある神様なので、江戸と駿府を往復する徳川家康の安全を祈願して作られた神社なのかもしれないなぁと個人的に思いを巡らせていました。

家康を祀る御殿場東照宮を合祀している『吾妻神社』。受験シーズン真只中、必勝祈願にお参りに来たら御利益が賜れそうですよ!

吾妻神社
住所:御殿場市御殿場190-2

御朱印は神社近くの『和菓処 大田屋』さんで取り扱っています。

賜った御朱印
賜った御朱印

書置きで、日付は自分で記入するタイプの御朱印です。
『和菓処 大田屋』さんはまた改めてご紹介しますので、お楽しみに!

御朱印取扱場所 和菓処 大田屋

住所:御殿場市御殿場169

TEL:0550-82-0055

受付時間:9:00~12:00、13:00~16:00

定休日:第1・3火曜日、水曜日

地域情報発信ライター・執筆家(富士宮市・御殿場市)

身近の新しい発見や、小さな幸せを探して日々バイクで放浪しながら活動しているライターです。記事を通じてみなさまの発見や幸せに繋がれば嬉しいです。趣味はバイク、ガーデニング、猫(無類の猫好き)です。

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