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「私お坊さんになる」 800年続く京都の寺の未来を切り開く女性たち

山崎エマドキュメンタリーフィルムメーカー

京都下京区に立つ寺・宝蓮寺。それは、800年もの間、23代に渡って寺族が繋げてきた浄土真宗の寺だ。そこは一歩足を踏み入れれば、英語が飛び交い、イベントにはさまざまな文化的背景を持つ人たちも集まる先進的な寺。男性のイメージが強い寺の世界で、伝統と革新のバランスを取りながら型破りな寺の在り方を模索する宝蓮寺には、力強い女性たちがいる。男性の支えという役割だけでなく、それぞれの立場で先陣を斬って寺を次世代につなげていこうとする3人の女性たちの姿を追った。

【23代目を繋げた女性・和美】

現代の日本では宗教離れが進み、寺には後継者不足による「空き寺」の増加、少子高齢化による檀家の減少などの問題がのしかかる。そんな中、男性中心で進んできた寺社会は変化を迫られている。

800年続く宝蓮寺では代々男が寺を継ぎ、脈々とこの寺を守ってきた。ところが23代目に生まれたのは三姉妹。長女・和美は、11歳の時に祖母から「あなたがお寺をやっていくのよ」と告げられた。当時、女性が寺を継ぐことはまだ珍しい時代。しかし、「やはり、お寺は血を繋ぎながらやっていくという思いが強い」。和美は時間がかかったが、生まれ育った家を次世代に繋げる自分の運命を受け入れた。そして、ある名古屋の寺の次男・千佳とお見合い結婚。一家は海外で仏教を勉強するためにアメリカへ渡り、10年以上滞在。4人の子供たちと共に、現地の文化を吸収し、帰国後は千佳が23代目住職、和美が坊守(住職の妻)として寺を守ってきた。

【寺に嫁ぎお坊さんになる女性・晴香】

長男・師恩は、千佳と和美の3番目の子供。宝蓮寺にとって50年ぶりとなる待望の男子誕生に寺は祝福ムードに包まれ、師恩は跡取りとして期待を背負いながら育った。カナダの大学を卒業後、数年前から次期住職として修行の日々を続けている。30歳に近づくにつれ、次の代を共に担う結婚相手を意識するようになった。一般的に寺の次期住職は他の寺の女性と縁を結ぶことが多い。違う寺の娘とお見合いもしたが、師恩が選んだのは一般家庭に育った晴香だった。

「800年続いているお寺って…一体ナニ時代から!?よほどの想いを持たないと、代々続けてこれないと思うから、今の自分には計り知れない」。6月に師恩と婚約した晴香は、この夏京都に引っ越し新生活を始めた。時期坊守として、和美からあらゆる寺のノウハウを学んでいる。お墓参りに訪れる檀家の対応や寺の庭の整備など、懸命に一から学ぶ晴香の姿を見て、和美は何一つ心配していないという。

そんな晴香は、坊守修行を重ねるだけではなく、自らもお坊さんになる選択をした。浄土真宗では、僧侶になるために『得度』という儀式を受けなければならない。かつて女性の得度は認められていなかった。しかし戦時中には出征する僧侶の不在を埋めるため、寺の女性たちが僧侶になり役目を果たしたという歴史もある。そして平成に入り、それまで20歳にならないと得度が受けられなかった女性も、男性と同じように9歳から得度を受けられる時代になった。現代は女性僧侶も徐々に増え、晴香のように一般家庭出身の女性も得度することができるようになっている。

坊守という役割は、お坊さんにならないと務まらないわけではない。しかし、お坊さんになることで檀家宅へのお参りや儀式での読経など、裏方の仕事だけではなく、寺に貢献できる方法が増える。「今までお寺と無縁だった自分も、勉強すればそんなことができる。今までやりたいことがあまりなかった自分が、初めて真剣にやりたい、やろうと思った」と晴香は言う。女性が男性を支えるという形だけではなく、両性が役割分担し支え合う寺の未来の在り方が見えてくる。

前途洋々に見える晴香が、ちょっぴり不安を口にする。「34っていう年齢が、自分の中ではプレッシャーです」。後継ぎの出産は、代々寺の女性たちが向き合ってきた大事な役割。一昔前には子供ができない女性を実家に帰したり、「女の子より男の子を!」という考え方があったが、今はそんな時代ではない。師恩は言う。「いろんなプレッシャーを晴香が感じなくていいよう、僕が守る」。

【寺革新の先陣を切る女性・阿梨耶】

師恩の4つ年上の姉・阿梨耶は、長男・師恩の意志が後継者決定に優先されると理解しながら、「もし師恩が『継がない』って言ったら私が宝蓮寺を継ぐ」と言う思いを持ち続けてきた。そんな阿梨耶は、師恩と共に宝蓮寺を「誰もが来られるお寺にしたい」と考えている。今まで寺は、お葬式・法事・墓参り・月参りという法要の担い手となっている部分が大きかったが、この在り方だけでは未来は続かない。「お寺とは、時代に合わせてコミュニティーに必要とされる存在であり続けないといけない。だからそのニーズに耳を傾けないといけない」。

宝蓮寺は檀家だけでなく、「誰でもウェルカム」というスタンス。児童図書館には地域の子供たちが集まり、お餅つきのイベントや本堂でのヨガクラスには京都に住む外国人が参加する姿も珍しくない。去年、阿梨耶の結婚式二次会は宝蓮寺で決行。DJブースがお釈迦様の前に置かれ、本堂は多くの若者が夜通し踊るクラブに生まれ変わった。その発想に刺激を受け、師恩は今までの寺にまつわる概念を守りながら、次世代で進化させていくべき部分を姉とともに考えている。

【これからの宝蓮寺を見届ける】

現代の日本において『お寺』とはどうあるべきなのだろう。そのヒントが、宝蓮寺にあると確信している。だからこそ私は、8年前に撮影をはじめ、自分の一生をかけて宝蓮寺を見届けるつもりでいる。50年〜60年撮影をしていけば、代から代へ繋ぐ意味と難しさ、そして変わりゆく寺や日本社会の姿が見えてくるに違いない。どの伝統を守り、どの伝統を改革していくのか。21世紀を共に生き、人生との向き合い方、家族としての在り方、継続できるコミュニティーの作り方を考えていく中で、未来への希望が、宝蓮寺に詰まっている。

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本作品は【DOCS for SDGs】で制作された作品です。
【DOCS for SDGs】他作品は下記URLより、ご覧いただけます。
https://documentary.yahoo.co.jp/sdgs/
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クレジット

監督・編集 山崎エマ
プロデューサー エリック・ニアリ
撮影監督 伊藤詩織
音声 岩間翼
カラリスト 佐藤文郎

制作 シネリック・クリエイティブ

ドキュメンタリーフィルムメーカー

山崎エマ(Ema Ryan Yamazaki) 日本人の母とイギリス人の父を持つ。19才で渡米しニューヨーク大学卒業後、編集者としてキャリアを開始。長編初監督作品『モンキービジネス:おさるのジョージ著者の大冒険』ではクラウドファンディングで2000万円を集め、2017年に世界配給。夏の甲子園100回大会を迎えた高校野球を社会の縮図として捉えた『甲子園:フィールド・オブ・ドリームス』は、2020年米スポーツチャンネルESPNで放送し、日本でも劇場公開。最新作では都内のある小学校の一年に密着。日本人の心を持ちながら外国人の視点が理解できる立場を活かし、ニューヨークと日本を行き来しながら活動中。

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