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「独立してからが勝負」江戸時代から受け継がれてきた浮世絵文化を守る親方 弟子に託す思いとは

Bob

映像作家

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木版画界の第一線で活躍している彫師の関岡裕介さん(65)は、浮世絵の復刻や現代版画の版木を彫り続けて46年。「原稿さえあれば、何でも彫れる」と、難易度の高い作品を数多く手掛けてきた。日本の伝統技術を究める一方で、力を入れているのが数少なくなった弟子の育成だ。この春、ひとり立ちさせた4人目の弟子に「独立してからが勝負」と励ます関岡さん。21世紀に活躍する職人と弟子の姿を紹介する。

―― 工房での1日 ――

関岡さんが作業する工房の1日は、弟子の阿部紗弓さん(27)の掃除から始まる。道具やお茶を用意したところに、親方の関岡さんが姿を見せる。作業机の前に腰を下ろすと、あとはひたすら版木を彫り進めていく。昼休みはとるが、それ以外の時間は全集中力を版木に注ぐ。作業中の真剣な眼差し、小刀を自分の体の一部のように迷いなく操る姿は、見る者をほれぼれとさせる。

作業は深夜まで続くこともある。そんな時は、特別なランプの出番だ。裸電球の光を水の
入ったフラスコを通すことで屈折させ、手元に影ができないようにする。こうした創意工
夫を重ねながら、職人たちは何代にもわたり仕事を続けてきた。派手さもなく、淡々と続
く繰り返しの毎日。だが、それを積み重ねた者だけがたどり着ける職人の境地がある。

―― 彫師・関岡裕介 ――

職人の世界は厳しい。親方に面接を受けて弟子入りし、5年から6年の修行で技術を身につけて、やっと一人前として立てる。ひとり立ちした後も、技術をさらに磨いていくことが求められる。

関岡さんは1957年生まれ。父親の功夫さんは、東京都荒川区指定無形文化財の摺師(すりし)だ。関岡さんは、もともとは父のように摺師になることを希望していた。ただ、木版画界の中で彫師が減っていた。「彫師がいなくなれば摺師の存在意義も無くなり、浮世絵自体が消えてしまう」と父に諭され、76年に高校を卒業すると彫師の道を進むことにした。江戸時代から続く木版画彫師の四代目・大倉半兵衛氏に弟子入り。7年間の修業をへて独立を果たす。89年からアダチ版画研究所に勤め、5年後に改めて独立して関岡彫裕木版画工房を設立。2013年に摺師だった祖父と父の号「扇令」を襲名し、荒川区登録無形文化財保持者に認定された。技術の高さが認められ、翌年には経済産業大臣認定伝統工芸士にもなっている。

いまは江戸時代の浮世絵や明治以降の新版画の復刻、現代版画、千社札など、さまざまなジャンルの木版画を手掛けている。例えば、大英博物館に所蔵されたイギリスのロック歌手デビッド・ボウイを題材にした現代浮世絵作品「出火吐暴威変化競(でびっどぼういへんげきょう)『竹沢藤次』」は関岡さんが彫った。他にも海外からのブランデーラベルの
制作依頼もあり、活動のフィールドを広げている。

―― 日本の伝統文化・浮世絵と制作技術 ――

浮世絵は、江戸時代の江戸を中心に花開いた。生活や流行、遊女や役者、風景など庶民に親しみのあるテーマを描いた木版画だ。江戸後期になるにつれ制作技術が向上し、華やかさを増した。ゴッホやモネらの西洋絵画にも大きな影響を与え、「ジャポニズム」という流行を作り出し、日本を代表する文化として世界で認められるようになった。

浮世絵は分業によって生み出される。北斎や歌麿など、浮世絵の下絵を描く「絵師」の名はよく耳にしても、下絵をもとに版木を彫る「彫師」、その版木に色を付け紙に印刷する「摺師」、そして作品を企画・販売する「版元」がいることはあまり知られていない。浮世絵は、各分野のプロフェッショナルたちの高度な技術の結晶なのだ。その技術は、江戸時代から絶えることなく今に続いている。和紙に摺られた実物には、1枚1枚手刷りで仕上げた唯一無二の味わいが感じられる。その柔らかい雰囲気や絶妙なグラデーションは、パソコンの画面で見ても決してわからない。江戸から時代は移っても、コレクターを中心に愛され、支えられている。

―― 代表作、復刻版「芝増上寺」――

東京・銀座の浮世絵・版画専門店「渡邊木版美術画舗」。浮世絵や新版画を長年扱ってきた店主の妻、渡邊秋子さんが、関岡さんが復刻を手がけた川瀬巴水(はすい)の「芝増上寺」という作品を見せてくれた。赤い増上寺を背景に、ひらひらと雪が舞う。雪は一片一片の大きさが異なっていて、彫りの難しさを思わせる。「関岡さんの板は評判が良いです」と秋子さんは話す。関岡さん自身も「赤色とねずみ色に重なる部分の白い雪の形を作ることが非常に難しかった」と振り返る。版木を彫るだけで約2ヶ月かかったという。機械での印刷スピードに慣れている現代人にすれば驚きの長さだが、摺り上がった作品は、機械では決して表現できない、人の手を感じる特別な温かみにあふれていた。

―― 技術継承者を育てる難しさ ――

関岡さんは自身の技術向上のみならず、彫師の親方として弟子の育成にも長年力を注いできた。弟子ひとりを育てるのは、簡単なことではない。技術を伝授するには、手間も、年月も、費用もかかる。親方はこの間、弟子の生活にも気を配らなければならない。こうした重い負担から、技術継承者を育成する余裕がない職人も多いのが実情だ。高い壁が立ちはだかる中、それでも関岡さんは代々受け継がれてきた彫の技術を後世に残すため、月10 万円が援助される荒川区の匠育成事業を活用し、これまでに4人の弟子を育て上げた。

弟子入り希望者の中には「給料はいらない」という若者もいたというが、長い修行期間中の生活費や通勤費などを考えれば、アルバイトをしなければ生活が成り立たなくなる。だが、アルバイトをしながらの修行では、すぐに体がもたなくなる。月10万円の援助に加え、関岡さんも数万円を負担することで、ようやくアルバイトなしで修行に専念させられるようになった。「荒川区の匠育成事業がなければ、弟子は育てられなかった」と関岡さんは話す。関岡さんによれば、同様の支援事業は他には見当たらないという。

政府や自治体の財政が苦しくなる中では生活の維持が優先され、伝統文化の保存や普及といった事業は後回しにされがちだ。この2年間のコロナ禍が、そうした傾向に拍車をかけた。数少なくなった職人を守り、育成していく体制は整っているとは言いがたい。

関岡さんがこの仕事を始めた1976年頃は東京都の組合に20人ほどいた彫師が、いまでは10人程度に減ってしまった。中心となっている東京で半減している。もし関岡さんが彫師の道を選ばず、4人の弟子を育てていなければと想像すると、危機感が募る。

2022年春。見習いとして6年間修行を積み重ねてきた紗弓さんが、いよいよ独立することになった。修行が始まったばかりの頃は、自分の道具を使いこなせるようにするための練習ばかりだったが、親方から少しずつ仕事を任されるようになり、着実に技術を身につけてきた。「できませんとは言わない職人になりたい。親方に近づけるように頑張りたいです」と抱負を語る紗弓さん。親方には「技術だけではなく、社会人としての礼儀も教えてもらいました」と感謝する。ただ、関岡さんのように仕事をしながら弟子を育てることについては「話すことが苦手なので厳しい。まずは自分の技術をしっかり身に付けたい」と胸の内を明かす。

―― 弟子へ ――

「独立してからが勝負」「責任を自分で負いながら、気合を入れて頑張ってほしい」
関岡さんが紗弓さんに伝えるメッセージだ。その言葉からは、身につけた技術でひとり立ちし、後世に伝えていってほしいという、親方から弟子へ託す思いが強く感じらる。

関岡さんはこう話す。「職人とは、技術を磨いて、それで飯を食う。それを誇りに思うこと」。木版画界を取り巻く現状が非常に厳しい中、紗弓さんはどんな作品を世に送り出していくのだろうか。その職人人生は、始まったばかりだ。

クレジット

監督・撮影・編集:ボブ Bob (redTanpopo)
制作アシスタント:木村 絵美 Emi Kimura
音楽:北山 奏子 Kanako Kitayama
字幕:中久喜 シエコ(Shieko Nakakuki)

出演:
関岡 裕介(三代目扇令) Yusuke Sekioka
阿部 紗弓 Sayumi Abe
渡邊 秋子 Akiko Watanabe

協力:
関岡扇令木版画工房のみなさま 
渡邊木版美術画舗のみなさま

プロデューサー:
井手 麻里子 Mariko Ide
細村 舞衣 Mai Hosomura

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