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好きなワインで夢を追い続ける 2400個の廃材コルクで描く肖像画

Bob映像作家

廃材からアートへ。2400個のワインのコルク栓で描く肖像画に込める想い

コルクアーティスト久保友則さん(45)は、飲み終わったワインボトルのコルク栓を再利用して肖像画を描くコルクアート活動を2014年から続けている。ソムリエとして働いていたレストランやワインショップで、毎日大量に捨てられていくコルク栓を目の当たりにしていた久保さんは、「もったいないなぁ、せっかくだから興味のある歴史の偉人の肖像画を描いてみよう!」とコルク栓に染み込んだワインの着色の濃淡を利用して点描画を描くことを思いつく。最初にナポレオンの肖像画を制作し好評を得てから8年が経った今では、50枚を超える作品を世に送り出し、作品のファンとなった世界各国のワイン愛好家やレストランからコルク栓が大量に届けられるようになった。廃材に命を吹き込むことで、新たに生まれた価値とは-

コルク栓の濃淡を見極め厳選する理由

コルクアートを1枚制作するには2400個という大量のコルク栓が必要だ。横一列に40個を縦60段積み上げて、幅90cm×高さ120cmの大作になる。このサイズには理由がある。肖像画の人物の瞳の大きさだ。瞳の一番深い色の部分にコルク栓をひとつ使った場合、その比率で肖像画を拡大していくとこのサイズになるのだ。

まずは10段階の濃淡で色分けした点描画をデザイナーがパソコンで制作する。それを下絵として久保さんがコルク栓を積み上げていくのだ。一旦2400個全てを積み上げた後には、それぞれのコルク栓の直径の違いを微調整しながらの作業をする。続いて、色の微妙な調整を行う。下絵の濃淡はあくまでも目安だからだ。実際に制作した作品を人間の目で見てみると濃淡に誤差が生じるため、ここから久保さんのセンスでコルクを入れ替え手直ししていくのだ。1つの作品を仕上げるには、約1カ月間かかる。肖像画の本人らしい雰囲気を出すために、厳選したコルク栓ひとつひとつ、じっくり厳選し、丁寧に埋め込んでいくことで、肖像画に命を吹き込んでいく。

世界中から集まるコルク栓には思い出が詰まっている

肖像画1枚につき2400個のコルク栓ということは、単純にワイン2400本が抜栓され飲まれなければならない。何万というコルク栓を集めるために、以前働いていた職場やワイン愛好家に寄付を募っていたが、次第にSNSなどでコルクアート活動を知った人たちからも、ゴミとして捨てていたコルク栓を再利用してもらえるとあって、コルク栓を送ってくれるようになった。今では日本全国だけでなく、フランスらかも届き、応援コメントの手紙を添えて送ってくれる人もいる。手元に集まったコルク栓は10段階の濃淡に仕分ける。赤ワインの熟成の年月や葡萄の品種によって、コルク栓に染み込んだワインの色合いは変わってくる。真っ黒なものから、うっすらと色付いたものまでさまざまだ。

久保さんにとって、コルク栓はただの廃材ではない。ワインの作り手の想い、熟成を重ねてきた歳月、ワインを楽しんだ食卓の思い出などが全て詰まった結晶のようなものだ。「記念日に飲んだワイン」「友達と飲み交わしたワイン」…、肖像画1枚には、ワイン2400本分の人間ドラマが詰まっている。

ピンチをチャンスに変える力と家族の存在

「ピンチが次のステージへ進むきっかけになっていた」と久保さんは今までの自分を振り返る。2017年、ソムリエとして働いていた久保さんは、仕事帰りに疲労から転倒し大腿骨骨折という大怪我を負う。全治4カ月と医者に告げられた。体が不自由の中、「自分に何かできることはないか」と悩んだ末、以前から制作していたコルクアートに集中しようと決意。コルクアートの存在をとにかく知ってもらい、仕事に繋げようと、3000通に及ぶ大量のメールを友人・知人に出した。その甲斐あって、コルクアートのオーダーが入るようになり、購入者たちがSNSなどで作品を紹介したのをきっかけに『コルクアーティスト』の知名度が上がっていった。

さらに、2020年にワインバーをオープンさせる。酒類を扱う飲食店が営業自粛を迫られ、日本経済が新型コロナウイルス感染症の拡大で大打撃を受けている中での独立。不安も非常に大きかったが、「今しかなかった。順調な時は変化を求めないけれど、ピンチが訪れたら、何かを変えていかなくてはいけない時だと思う。この時が独立の時だった」と、当時勤めていた会社を辞め、ワインバーの経営者となった。社会が危機的状況に陥った時にこそ、自分の家族や自分の生活の舵取りを自分の力でしていけるようになりたいという強い想いが後押しになり、長年温めていた夢を実現させた。

いかなる危機的状況に陥っても、ピンチをチャンスに変えて、プラスの方向へ転換していく力はどこから湧いてくるのか。「ピンチとか、本当は好きじゃないんです。人と比べられたりするのも苦手だし平穏が良い」と久保さんは笑う。危機的状況でも自分の背中を押してくれた家族については「やると決めたことは真剣に責任を持ってやっていきたい。いつも側で応援してくれている妻には頭が上がりません。子供たちにも感謝しています」と、大切な家族の存在が久保さん大きな支えになっていると打ち明けた。妻の由紀さんも「好きなことをして、自分らしく生きていってほしい」と久保さんの生き方を優しく見守っている。

廃材利用のアートとして海外へ

2019年、中東のカスピ海に面する国アゼルバイジャンから、久保さんのもとにメールが届いた。再生エネルギー事業、環境負荷軽減のために様々な取り組みをしているTamiz Shahar社が開催する展覧会、The 8th International Exhibition “From Waste to Art” で、コルクアートを制作してほしいとオファーが来たのだ。この展覧会は「廃材からアートへ」というコンセプトのもと、世界各国から廃材を再利用してアート作品を制作しているアーティストを招待し、現地で作品を制作・展示・公開するというものだ。この年は14カ国から21人の画家や彫刻家が集まった。制作に使用する材料は自分で持参しなければならないため、2400個のコルクをバックに詰め込み、アゼルバイジャンの首都バクーへ飛んだ。2019年は、アゼルバイジャンで14世紀に活躍した詩人、Nasimi(ナシミ)の生誕650周年を迎え、大統領から「Nasimiの年」と宣言されていたこともあり、Nasimiの肖像画を制作した。廃材を利用し新たな価値を与えていく久保さんの活動は、現地メディアなどにも取り上げられ、消費社会がもたらす問題であふれる今、世界からも注目を集めた。

コルクアートの楽しさを伝えたい

2022年8月、久保さんは帝国ホテル主催のイベント『帝国ホテルでSDGsを学ぶ宿泊プラン2022 ~ワインコルクでアートを作ろう~』に、講師として参加した。子供たちとコルクアートを作り、SDGsや創作の楽しさを伝えるワークショップだ。

「SDGsって、具体的に何をしたらよいか大人でも答えるのが難しいと思います。僕からSDGsの話はあまりしませんでした。僕はワインや世界の食文化、そこから生まれるコミュニケーションが好きだったので、ワインの仕事を続けて、コルクアーティストという仕事を思いつきました。みんなも好きなことを続けて、将来それが仕事になったらいいですね。ということを伝えました」

身の回りの小さなことから社会問題が見えてくる

帝国ホテルには、久保さんが制作した日本の近代資本主義の父と言われ、『論語と算盤』の著者である渋沢栄一の肖像画が飾られている。「創業130周年を記念してホテル創業ゆかりの人物、渋沢栄一の制作依頼でした。『論語と算盤』も倫理と経済のバランスをどう両立するか、という江戸・明治時代の持続可能性(サステナビリティ)を提唱した本だったように思います」

「作品を見た方々が、SDGsや物を大切にするという、世界的な文脈との親和性を見つけてくれたという感じです。個人でできることは身の回りの小さなことしか変えられないかもしれませんが、いろいろな人との対話を通じてみんなで取り組めることがあるかもしれない、といったメッセージをアートで発信できることがあるかもしれません」と、コルクアートの可能性を語った。

次の夢に向かって

「食事をしながら対話をする場所が『食卓』です。対話をなめらかにしてくれるのがワインの魅力なのではないかと感じています」と語る久保さん。たくさんの人たちがワインを片手に食とコミュニケーションを楽しみながら対話を重ねていく。そして少しずつ問題解決のための話題が減っていくことで、未来の楽しみを語る時間が増えてくれたら嬉しく思います」と自身の考えを語った。そして次なる夢を久保さんは最後に語ってくれた。「日本にワインを売ったらコルクアートになって返ってきたというような、日本と世界各地との交流ができたらいいなって思ってます!

クレジット

監督・撮影・編集:ボブ Bob(redTanpopo)
制作アシスタント:木村 絵美 Emi Kimura
音楽:北山 奏子 Kanako Kitayama

出演:久保 友則 Tomonori Kubo

プロデューサー:伊藤 義子 Yoshiko Ito

映像作家

1957年ベルギー生まれ。名門ルーヴァン・ラ・ヌーヴ大学メディア芸術学院を卒業後、ベルギー国営テレビのディレクター兼プロデューサーとして数々の番組制作に携わる。92年、国際交流基金研究員として来日して以来、その魅力に取りつかれ都内に居を構える。2003年、redたんぽぽ設立。05年、社団法人JPSAアライアンス大賞最優秀賞受賞。06年5月より日仏語ポッドキャスト番Chocolat!の制作及びパーソナリティをつとめ、“Chocolat!のボブ”として親しまれる。大正大学 表現学部 客員教授。日本映画撮影監督協会 会員。

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