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【どうする家康】信長・秀吉・家康が出て行っても、ナゴヤが武将の故郷である理由

陽菜ひよ子歴史コラムニスト・イラストレーター
『どうする家康』で徳川家康は、従来とは異なる新しい描き方をされた

いよいよ最終回を迎える大河ドラマ『どうする家康』

物語は家康の生まれた愛知県三河地方を舞台にはじまった。信長・秀吉・家康の3人の天下人はみな愛知県(=ナゴヤ圏、以下『ナゴヤ』)の出身である。

しかし、天下人となった彼らは皆この土地から出ていった。信長も秀吉も安土(滋賀県)や大坂など京近くに本拠を移し、家康が幕府を開いたのは江戸だった。この今となっては「当たり前」の事実が、現代のナゴヤ人に与えた影響は少なくないだろうが、ナゴヤ人はもっと自信を持ってよいのだ。ナゴヤは「武将のふるさと」なのだから。

ナゴヤは「日本の中の日本」と呼ばれる。日本人の中でも「もっとも日本人らしい」といわれるナゴヤ人。諸外国と比較して日本人は自己肯定感が低いといわれる。もちろんナゴヤ人の自己肯定感の低さは様々なデータが示しており、「ナゴヤなんて何もない」がナゴヤの人の口癖であった、かつては。しかし今はナゴヤ人の意識も変わってきている。

ナゴヤ人の自己肯定感の低さとその克服から、我々日本人が学べるものは何か。と同時に、ドラマ『どうする家康』の強いメッセージ性について考察してみたい。

武士の棟梁=征夷大将軍=源氏の理由

なぜ、たとえ天下人が出て行っても、ナゴヤは「武将のふるさと」なのか。

『どうする家康』物語の序盤に時を戻そう。家康が松平から徳川に改姓する際に、城中をひっくり返して「源氏の血筋」であることを示す家系図を見つけ出したことを覚えておられるだろうか。

なぜ「源氏の血筋なのか」といえば、源頼朝が鎌倉幕府を開いて以降、「武士の棟梁は源氏」と決まっていたからだ。だから武士はこぞって「源氏」を名乗りたがった。ここでややこしいのが「苗字(みょうじ)」と「氏(うじ)」の存在である。

現代人には苗字が一つしかないが、明治の世になるまでは、「苗字」と「氏」の両方を持っていた。「苗字」は現代使われるものとほぼ同意で、家康は徳川、信長は織田、秀吉は羽柴がそれに当たる。対して家系のルーツを示すのが「氏」。代表的なものに藤原氏・橘氏・平氏・源氏がある。

とはいえ、時代が下るにつれ「名乗ったもん勝ち」となったようだ。大河にも描かれたように、家康が「源氏」の血筋だというのは眉唾だともいわれている。

ではなぜ「源氏が武士の棟梁」なのかといえば、これも源頼朝が「征夷大将軍」を名乗ったことがきっかけだ。

征夷大将軍とは東北地方の蝦夷討伐軍の大将のこと。名前は違えと同様の役職は飛鳥時代の709年にさかのぼる。当初は藤原氏などの公卿のうち「武人」が担当していた。

清和源氏のうち河内源氏の源義家(通称:八幡太郎)が陸奥国守となり活躍したことから、その子孫である源頼朝や足利尊氏が征夷大将軍となった。こうした積み重ねから「源氏=武家の棟梁」という図式が浸透していったのだ。

征夷大将軍となり、「武士の棟梁」となった源頼朝
征夷大将軍となり、「武士の棟梁」となった源頼朝

平家を倒すために源氏が必要だった?

一年前に話題となった大河『鎌倉殿の13人』では、血なまぐさい粛清劇が繰り広げられた。見ていて違和感を覚えなかっただろうか?

・なぜ流人でしかなかった頼朝に皆は従ったのか?

・なぜ北条は将軍職を乗っ取らずに、源氏将軍にこだわったのか?

実は北条氏をはじめ、三浦・畠山・上総・梶原など、鎌倉殿を支えた有力な武家のほとんどは平氏だった。自分たちの棟梁である平家(平清盛一門)に対抗するためには源氏の棟梁を担ぎ上げる必要があり、それが頼朝だったのだ。

坂東武士をまとめ上げたことで源氏の名にはさらにステイタスが加わった。だから頼朝の血筋が途絶えると、わずかに源氏の血を引く藤原頼経(ふじわらよりつね)を都より迎えて将軍としたのだ。さらにのちには親王が臣籍降下して源氏を名乗り将軍となった。

平氏の傍流に過ぎない北条氏は、将軍になることなど許されなかったのだろう。

そうして不安定な傀儡政権を続けた末に、頼朝同様に河内源氏の血を引く足利尊氏に政権を奪われ鎌倉幕府は滅亡した。どこまで行っても「武士の棟梁」は源氏なのだ。

八幡太郎と大宮司が武士のルーツ?

話をだいぶ引っ張ったが、なぜナゴヤが武将のふるさとなのか。まず、源氏の棟梁で、最初の武家政権を確立した源頼朝がナゴヤ生まれだからである。

頼朝の母の由良(ゆら)御前は、名古屋市熱田区にある熱田神宮の大宮司・藤原季範(すえのり)の娘。頼朝は熱田神宮近くにある季範の別邸で誕生した。また、頼朝の同母姉妹である坊門姫のひ孫に当たるのが鎌倉幕府4代将軍・藤原頼経(よりつね:ドラマ内で「三寅(みとら)」と呼ばれていた子ども)である。

さらに頼朝の従姉妹にあたる女性は足利義康に嫁ぎ、その子孫の足利尊氏が鎌倉幕府を倒しているのだ。

足利尊氏が生まれた場所は不明だが、名古屋ではないだろう。それでも彼らは名古屋にルーツを持つ。尊氏の先祖である足利義康は八幡太郎(源義家)の孫で、頼朝の父とは従兄弟同士。鎌倉と室町のできごとは、実はさほど遠くない「八幡太郎家」の血族間で起きた出来事だとわかる。

鎌倉幕府は倒れたが、源氏も北条氏の血も室町幕府にも受け継がれている。
鎌倉幕府は倒れたが、源氏も北条氏の血も室町幕府にも受け継がれている。

『どうする家康』に込められたメッセージ

今回の大河ドラマ『どうする家康』、当初は弱すぎて情けない家康像や従来とは異なる築山殿の描き方などに違和感を覚えた人も多かっただろう。しかしふたを開けてみれば。非常に示唆に富み、強いメッセージ性のある作品だったと気づく。

大坂冬の陣で「これが戦ですか?」と問い詰める秀忠に家康が放った「人の所業で最も愚かで醜いもの」という言葉。これは昨今の世界情勢を反映してはいないだろうか。

また、前半のクライマックス「築山事件」では、築山殿が起こしたのは陰謀ではなく、「乱世を終わらせて平和な世の中を作る構想」であった。

これまで徳川家康は偉大な天下人ではあるが、どこかで信長と秀吉の偉業を横からかっさらった狡猾な「古狸」のイメージがぬぐえなかったように思う。しかしこのドラマによって家康は、「天下泰平の世をもたらした救済者」そのものとなった。

2020年の大河ドラマ『麒麟がくる』で明智光秀や足利義輝の待ち望んだ「麒麟」とは、まさしく家康のことだったのだ。

家康は最初から「麒麟」だったわけではなく、ずっと弱い「ウサギ」だった。しかし、『どうする家康』での家康は、「弱みを人に見せられる」ことが「強み」だと描かれている。『どうする家康』は「弱いウサギが『弱いまま』麒麟に成長する物語」なのだ。

三方ヶ原で家康の身代わりとなって討ち死にした夏目宏次の「殿はきっと大丈夫」という言葉は、何度もリフレインされた。それだけこの物語を象徴する言葉だったのだろう。

ナゴヤに学ぶ「魅力ない」から「世界で最も素晴らしい」への変化

話は変わるが、ナゴヤは2023年、アメリカのTIME誌において「世界の最も素晴らしい場所50選」に選出された。

理由としてはまず、「ジブリパークの開園」が挙げられる。ナゴヤでは毎年「世界コスプレサミット」が開かれ世界中からコスプレイヤーが訪れる。市内にある鶴舞公園は「コスプレの聖地」だ。「アニメの聖地」としての足固めを着々と進めてきたナゴヤにとって、「ジブリパーク」はその集大成と言えるだろう。

中部電力MIRAI TOWER(旧名古屋テレビ塔)は、東京タワーより先に完成した日本初の電波塔で、2022年に国の重要文化財に指定されている。そのテレビ塔が世界初のタワーホテルとなったことなど、「宿泊施設の魅力」も評価された。

ところで、2016年と2018年に名古屋市が独自調査を行った結果、「名古屋は魅力のない街」のレッテルを貼られてしまったことは、まだ記憶に新しい。しかし2024年に同様の調査をしたら、かなり違った結果になるのではないだろうか。

長くナゴヤの人のよりどころだった名古屋城は旧国宝第一号。しかし戦火で焼失し、鉄筋コンクリートの張りぼてとなった。名古屋城が焼けず国宝のままだったら、ナゴヤの人は「名古屋には見るものなんかない」と言ったりはしなかっただろう。

ただその代わり、ナゴヤは「名古屋城の城下町」で終わってしまい、そのままアップデートされずに来てしまったかもしれない。

今のナゴヤは無敵だ。城の天守はまだ鉄筋だけど、テレビ塔はあるしジブリパークもある。そして実は個性豊かな名古屋めしも天下人を生み出した歴史遺産も、大きな観光資源であることに、ナゴヤ人も世間も気づき始めている。

家康が自分の弱さを認めた結果、周りに優秀な家臣が集まったように、「まずは自分の弱点やダメさを受け入れること」が重要なのだろう。そして秀忠がその家康の特性を受け継いでいることも、家康自身や本多正信が伝えている。まさにそれこそが「江戸幕府が260年続いた理由」なのかもしれない。

(文・イラスト / 陽菜ひよ子)

歴史コラムニスト・イラストレーター

名古屋出身・在住。博物館ポータルサイトやビジネス系メディアで歴史ライターとして執筆。歴史上の人物や事件を現代に置き換えてわかりやすく解説します。学生時代より歴史や寺社巡りが好きで、京都や鎌倉などを中心に100以上の寺社を訪問。仏像ぬり絵本『やさしい写仏ぬり絵帖』出版、埼玉県の寺院の御朱印にイラストが採用されました。新刊『ナゴヤ愛』では、ナゴヤ(=ナゴヤ圏=愛知県)を歴史・経済など多方面から分析。現在は主に新聞やテレビ系媒体で取材やコラムを担当。ひよことネコとプリンが好き。

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