「ドラム缶を楽器に」中米カリブ海の音色を日本へ届ける希少なスティールパン製作家の想い

帰山雅俊

映像作家/ミュージシャン

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日本から遠く離れたカリブ海生まれの楽器「スティールパン」。その見た目とは裏腹に独特の美しい音を奏でる楽器を、1つのドラム缶を切り出し、ハンマーでたたいて生み出す日本人スティールパン製作家・生田明寛さん(39)がいる。「どうしてこんな音がするのだろう?」とこの楽器の魅力に取りつかれて以来、派遣社員やアルバイトで生活費を稼ぎながら、工夫を重ね技術を習得してきた。その技術はプロ演奏家から「本気で現地で学んできた彼だからこそ作れる音」と評価される。「自分の力で生計を立てていきたい」。かつて抱いた夢を叶えた生田さんの挑戦を追った。

広大な山々を見渡す兵庫県養父市八鹿町。神戸から北上し、街のざわめきを後に日本海にほど近いその町へと車を走らせる。緑の気配は次第に色濃さを増し、やがて人家の影も消えた県道の先に一軒の建物が見えてきた。ガレージのようにも見えるその建物からは「カンカンカンカン!」と、金属がぶつかりあうような硬い音が聞こえてくる。シャッターが降りたまま、ほの暗い部屋のなかにハンマーでドラム缶をひたすらたたきつづける1人の男性の姿があった。スティールパン製作家・生田明寛さんだ。朝10時から遅いときには夜9時まで、人里離れた工房で一日中ハンマーを振りおろし、ドラム缶から音を生みだし、音を整え、楽器を作りあげる。その仕事には肉体の強じんさと人並み外れた耳の良さが求められ、一人前になるには7年ほどの年月の修練を必要とするという。

 
●スティールパンとは? 
 
スティールパンはドラム缶から作られた音階を持つ打楽器で、中米カリブ海最南端に浮かぶ島国トリニダード・トバゴ共和国で生まれた。独特の倍音を響かせ、繊細な美しさと陽気な力強さを併せ持つような不思議な音色が特徴だ。1992年、「国民楽器」としてトリニダード・トバゴ政府により正式に認められたスティールパンだが、その発展の過程には、アフリカなどから連れてこられた奴隷と植民地支配者との長い闘争の歴史が深く関わっている。 
 
19世紀末、奴隷たちが太鼓により高揚し暴動を起こすという理由でイギリス植民地政府は太鼓を禁止した。しかし、音楽と暮らしが密接に結びついていた彼らはそれに屈することなく新たな楽器を生みだした。切った竹を地面に打ちつけて鳴らす「タンブーバンブー」だ。しかしこれも禁止されるとついには道端に転がっている鉄くずをも楽器にした。やがて島で石油が産出されるようになると、ドラム缶に目をつけた彼らは、それをたたき始めた。凹み方によって音程が変わることに偶然気がつき、ドラム缶に音階を付けていった。こうした長い闘いの果てにスティールパンは誕生したのである。 

 
●スティールパンと出会う 
 
生田さんがスティールパンと出会ったのは、2009年頃。当時住んでいた京都で、デジタルカメラバッテリーなどをつくる派遣仕事の息抜きにふらっと民族楽器店を訪れたことがきっかけとなった。その時は音を聴くことができずに店を後にしたが、どうしてもその音を生で聴いてみたかった生田さんはインターネットで探し出したスティールパン教室を訪ね、レッスンに3ヶ月ほど通った。「どうしてこんな音がするのだろう?」。演奏が上手になることよりも、楽器そのものの仕組みに物凄く魅かれ、楽器職人への一歩を踏み出した。
 
「自分でも作れそうだな」と、生田さんは必要最低限の工具をそろえ、独学で製作に取りかかった。ドラム缶を運ぶために中古車を買い、廃棄されるドラム缶をリサイクル工場からもらってきた。製作にはとても大きな騒音が伴うため、街中では作ることができない。林道へ車を走らせ、ひと気のないところでドラム缶をハンマーでたたき始めた。 
  
凹ませる段階で割れてしまったり、音階がうまく出せなかったりしたものの、一応音の鳴るものができた。だが、とても鈍い音。「こんなに労力をかけたのに良い音がしないし、ゴミみたいなものだ」。より良いものを作るため、数をこなそうとしていた矢先、買って半年の中古車が壊れ、ローンだけが残った。悔しさを抱えたまま、製作を続けられない状態に陥った。 
 
 
●スティールパン発祥の地へ
 
もう一度車を買おうと一念発起し、30数万円のお金をためた。「車はいつでも買えるけど、このお金があればトリニダード・トバゴに行ける」。2012年、知人のパーカッショニストに現地の職人を紹介してもらい、 スティールパンの故郷トリニダード・トバゴへ飛んだ。 職人の家でホームステイをしながら2週間修業し、基礎から学び直した。 
 
帰国後、京都の農業倉庫を借りて製作に取り組んだが、騒音への苦情を受け、数ヶ月で引き払った。工房として利用できる場所を再び探していると、兵庫県養父市にある施設と出会った。騒音の出るスティールパン製作についての理解が得られたため、思いきって移住。当初は、実用に耐えうる楽器を作ることができず、工房を借りても全く仕事にならなかった。アルバイトをしながら、運良くチューニングの依頼が来たらやらせてもらう、という日々が続いた。

 
●手に職をつけ1人で生計を立てていきたい 
 
派遣社員やアルバイトをしながら製作に励んできた生田さんには、スティールパンに出会った当初から、「自分の力で生計を立てていきたい」という夢があった。 
 
「サラリーマンで嫌々仕事するのも何か嫌だなぁみたいな感じで。上司も部下もできない1人の空間で生計を立てていけるっていうのに何か夢があって。一回くらい自分の本当に興味があったことにめちゃくちゃ打ち込んでみたい。まぁそれが全然ダメだったら、また嫌々働けばいっか、くらいの感じで。人生に一回くらい挑戦しておこうかな、みたいな」
 
養父市へ移住して2年の歳月が過ぎた2014年、初めて楽器が売れた。「神戸の方に買っていただいて。感動的でした。思い出です」と生田さんは当時を振りかえる。さらに、スティールパン製作とアルバイトを兼業する日々が3、4年続いた頃、スティールパンの仕事が増えてきたため、両立が困難になった。 
 
「一度アルバイトを辞めて、どこまでやっていけるのか試してみようって思い切って辞めてみたら、意外と1年生き延びることができて。これで生計が立つならこのまま行こうと」

 
●マイナーな楽器スティールパンの経済状況
 
日本におけるスティールパンの知名度、普及率はまだまだ低い。プロスティールパン奏者として20年の演奏歴を持ち、生田さんの楽器も愛用する伊澤陽一さんによると、国内のスティールパン製作家の正確な数は不明だが、知りうる限りでも数名ほど。ウェブページなどで広く注文を受けて製作し、兼業ではなく専業としているうちの「数少ない1人だと思う」と話す。

 IKUTA STEELPANで販売されているスティールパンの種類は豊富だ。スティールパンは高音域から低音域まで、テナー、ダブルセカンド、ダブルギター、シックスベースなどの種類に分かれている。低音パートになるほど、音色に深みを与えるためにドラム缶の側面(スカート)は長くなる。価格は8万5千~58万円(税込)とその幅も広い。最も標準的なメッキテナーパンは23万円(税込)で購入できる。購入者のうち8~9割は口コミや知人友人からの紹介だという。

原材料となるドラム缶の相場は一般的には1〜2万円ほどだが、業者へ依頼しているメッキ加工にはそれ相応の費用がかかり、その上、製作には膨大な手間と時間がかかるため、それほど利益がでる訳ではないという。1人で年間に生産できる数は30台ほどだ。より多くのスティールパンを作るために、生産規模の拡大を思い描いているが、特殊な技術を必要とする工程が多くあるため、アルバイトを雇っても任せられる作業は限られている。技術習得に長い年月を必要とするスティールパン製作家を志望する人材もいないため、生産台数については頭打ちの状況だという。

●コロナ禍で変わった環境

コロナ禍の自粛生活を彩るためか、ここ最近、楽器の注文は以前に比べ増えてきているという。一方で、ミュージシャンの演奏の機会が減ったことから、チューニングの仕事は減った。さらに、自身が製作したスティールパンの演奏を聴くことが生田さんの大きなモチベーションとなっていたが、今はそれも叶わなくなった。「今はじっと耐えて、研さんを積んでいる時期かな。今より少しでも良い音を作れるように」とその胸の内を語った。スティールパン演奏に必要な楽器を立てるスタンドを自分で作ることも視野に入れて、1年ほど前に溶接免許を取ったという生田さん。溶接機も購入し、製作環境の準備を進めるなど、新たな取り組みにも意欲的だ。「2012年に修業で行ったきりだから、またトリニダードに行きたいな。あれからもうすぐ10年。自分のPANを持って、師匠に会いに行けたら」と未来を想像する生田さんの声は明るかった。

クレジット

出演:生田 明寛 steelband PENDRE

監督 / 撮影 / 編集:帰山 雅俊

音楽:"Lucky" by 渡辺 明応 & Paniyolo

プロデューサー:初鹿 友美 金川 雄策

アドバイザー:長岡 参

ライター:金川 雄策 帰山 雅俊 

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