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ゴミ拾いは「ダサい」 いじめに悩む小学生とサラリーマンが目指す楽しい環境活動

桑原豊ドキュメンタリーディレクター

陸上から海へと流出するプラスチックゴミは毎年800万トン以上といわれており、海の生物の命を危険にさらしている。ボランティア団体「エシカルアクション」代表の安江省吾(35)は、ゴミ拾いイベントを開催して一人でも多くの人に環境問題を考えてもらうきっかけづくりをしている。平日は土木建築会社に勤めながら、休日に環境活動に取り組んでいるが、いつかは生活のありとあらゆる部分で環境配慮していきたいと高い理想を掲げている。 安江の活動仲間に小学5年生のさくとがいる。さくとはYouTubeでゴミ拾いの楽しさを紹介する活動をしていたが、転校先の学校では「ダサい」「意味ない」と批判されてしまい、ゴミ拾いを楽しいと感じられなくなってしまった。 どうすれば転校先のみんなにも興味を持ってもらえるだろうか。 安江とさくとはお互いの経験とアイデアを共有して解決策を考えることにした。

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2021年7月、安江は湘南エリアの腰越海水浴場でビーチクリーンのイベントを開催していた。「リサーチビーチクリーン」と題したこのイベントは通常のビーチクリーンに調査研究の要素を取り入れたもので、
参加者は「コドラート」と呼ばれる四角い枠を海岸に置き、25cm x 25cm x 5cmの範囲に含まれるマイクロプラスチックの量を調べていく。集められたデータは科学者によって分析され、翌週のオンラインイベントで発表してもらうことになっている。また後半には大きい漂着ゴミを拾い、ゴミの種類や量など、気づいたことを参加者同士で共有する時間を設けることにした。

「環境活動に楽しい要素を取り入れたい」と安江が考えていたときに、2018年から全国の海岸でコドラートを使った調査研究を行なっていたJAMSTEC元上席研究員の加藤千明 先生に出会い、ビーチクリーンとのコラボレーションを申し出たことで開催されることになった。 参加者20名ほどを集まり手分けして作業を行うと、2時間でアメガムの包み紙やカラーコーンの破片、使用済み紙コップ、人工芝の破片、ペットボトルやルアー、漁網など大小さまざまな海ゴミが見つかった。参加者はゴミの多さにショックをうけたり、海岸との結びつきが弱いゴミが見つかったことを不思議がった。 その翌週、加藤千明 先生が参加者の疑問に答えた。海ごみの約8割は市街地で発生したもの。街に設置されたゴミ箱から風で飛ばされてしまったものや、ポイ捨てされたものなど、正しく処分されなかったものが風雨によって河川に流れ、いずれ海へ運ばれてくるのだという。また日本では毎年2万〜6万トンのプラスチックゴミが流出しており、世界では年間800万トン〜1200万トン排出されていると推計されているそうだ。

今回の調査では例年より多くのゴミが見つかったそうだが、これは調査実施日が台風直後だったことや、コロナ禍でビーチクリーンの実施回数が減っていることが原因にあるということだ。今回の調査結果は今後より詳しく分析され、海洋汚染の実態を報告する論文に活用される。 こうした海洋プラスチックゴミは海の生物の命を脅かす危険性があると社会問題になっている。2015年には南米コスタリカでウミガメの鼻腔にプラスチックストローが刺さっている映像が話題を呼んだが、そのほかにも東京湾で捕れたカタクチイワシの8割から、5ミリ以下の微細なプラスチック片が発見されたり、タイ南部の海岸に打ち上げられたゴンドウクジラの胃の中から、プラスチック製の袋約80枚が見つかったりするなど、世界各国から数多くの被害報告があがっている。 そのほか、紫外線や砂利によって細かくなった5ミリ以下のプラスチックは、マイクロプラスチックと呼ばれるが、これらは海中でダイオキシンなどの有害物質と結合する性質がある。それをプランクトンや小魚が誤飲して、さらに大きな魚が捕食していくと、有害物質は魚の体内に蓄積され、毒性が濃縮していくといわれている。このまま海洋汚染が進めば、将来私たちの食卓に魚が出てこなくなる可能性もあると研究者たちは危惧しているという。

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東京の土木建築会社で働く安江省吾は、環境意識が高い。平日は仕事帰りにゴミ拾いを行い、休日はボランティアに従事している。「いつか環境活動を本業にして、生活の全てで環境負荷を減らしていきたい」と夢を語るが、本業が忙しくなるとプラスチック容器に入ったコンビニ弁当で食事を済ませてしまうことに罪悪感を抱いている。「いつか結婚してふつうの家庭を築きたいので、仕事も頑張りたい。」理想と現実の間で葛藤していた。 安江は北海道で生まれ育った。幼い頃から家族でよくキャンプに出かけており、自然環境に興味を持つようになった。将来は自然に関することをしたいと、大学院では自然素材を使った殺菌技術に関する研究を行い、それがきっかけで大手食品メーカーに就職した。こうして社会人としてスタートをきった安江だが、あるとき自分が所属する部署で、月に100万円以上のフードロスを出していたことがわかり、環境に配慮した企業を求めて退職。現在の土木建築会社に転職して、環境に配慮された建築資材の営業をすることにした。

新たに飛び込んだ業界では覚えることも多く、忙しい毎日に追われるうちに環境のことを考える時間は少なくなっていた。そんなとき安江はSNSに投稿された一本の動画に出会う。その動画には人間が捨てたストローが鼻に刺さり、苦しんでいるウミガメの姿が映し出されていた。正しく処理されなかった家庭ゴミやポイ捨てされたゴミは風雨によって海へ運ばれていくが、それが海の生物の命を危険に晒す原因になっていると問題になっていた。その事実を知った安江は「このストローは自分が出したものではないと、どうして言えただろうか。」と深く反省し、再び環境活動を志すことにした。

それから会社の帰り道に単独でゴミ拾いを始めるようになった安江は、SNSを通じて仲間を集め、半年後には集団でゴミ拾いをするようになった。SDGsの効果で社会的に環境意識が高まっていたタイミングだったので、安江と同じように社会や環境のためにできることをしたいと考える社会人が多く参加した。これに可能性を感じた安江は、ゴミ拾いという身近な取り組みが環境について考えるキッカケになるのではないかと、2019年に任意団体「エシカルアクション 」を立ち上げた。

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安江が主催するイベントによく参加している小学生がいる。 小学5年生のさくとくん。2018年の夏休みの自由研究で海洋汚染と動物への影響をポスターや紙芝居にまとめたのをきっかけに、渋谷区SDGsキッズアンバサダーに就任。それ以来、渋谷区の小学校の環境学習イベントや高校の特別授業に呼ばれては紙芝居を披露したり、仮装してゴミ拾いをすることで道ゆく人の注目を集めたり、YouTubeを使ったコンテンツづくりをしたりして、“子どもから子どもへ”SDGsを伝える活動をしている。 「本当は、ゴミ拾いは好きではないです。だけど僕がやらないと、海の動物たちが苦しむことになるので頑張っているのです。」放課後や休日には友達と遊ぶこともできたはずだが、さくとはその時間をゴミ拾いや環境活動に費やしている。小学生という本業と両立して環境問題に取り組んでいるさくとを見て、安江は同世代の子どもや大人にSDGsの取り組み方の選択肢として広げていくことができるのではないかと、自身のオンラインイベントでさくとのことを紹介するようにしている 活動を続けて3年後、さくとは渋谷区から千葉県に引っ越した。

キッズアンバサダーの活動は渋谷区に通いながら続けることにしたので、転校先の学校でもSDGsや海の問題、これまでの活動紹介などをすることにしたが、理解は思うように進まない。それどころか集団下校中に高学年の男子から「YouTubeチャンネル登録者数も再生数が少ないじゃないか」 「ゴミ拾いなんか面白くない」とからかわれて、泣いてしまうこともあったという。 世間ではこれだけSDGsがもてはやされているにもかかわらず、個人レベルで環境活動やエシカルなライフスタイルを取り入れることのハードルはまだまだ高いと安江はいう。さくとに限らず、周囲からの評価を気にして理想の生活様式を取り入れられない人は少なくない。

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どうすれば転校先のみんなにも興味を持ってもらえるだろうか。そもそも全員に環境問題を理解してもらうことは不可能なのではないだろうか。安江とさくとはお互いの経験とアイデアを共有しながら解決策を考えることにした。「楽しくやっている活動にはみんな面白がってついてきてくれるよ。」と安江がアドバイスをすると、その言葉を信じて、さくとは転校先で少しずつ仲間集めをするようなる。

数カ月後、さくとは小学校でビーチクリーンチームを結成していた。 学年が異なるたくさんの仲間に声をかけて、放課後や休日に学校近くの海岸でゴミ拾いをしているという。子どもたちは環境のためというよりは流れ着いたゴミを見て単純に面白がっている様子で、友達と集まって遊ぶこと自体を楽しんでいるようだった。参加者の一人は「ゴミ拾い中に、人形の首が流れてきて焦ったこともあるよ」と大声で笑いながら話していた。 安江はそれを聞いて、意識を持った誰かが一生懸命頑張るのではない。 一人一人の力は小さいかもしれないが、みんなの力を合わせることで社会は少しずつ変わっていくと確信をする。当初は仕事と環境活動の両立で悩んでいた安江だったが、さくとのように悩んでいる人の背中を教えてあげられるのではないかと考えるようになった。
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ドキュメンタリーディレクター

株式会社テムジン入社2年目のAD。ドキュメンタリー映像制作をしています。

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