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引きこもりスタッフが大活躍――接客ロボットの操縦が切り開く新たな働き方

三宅流映画監督

「いらっしゃいませ、こんにちは!僕はミレルンって言います!」。群馬県前橋市にある住宅展示場のモデルルームで客を迎えているのは、アバターロボットの「ミレルン」だ。操作をしているのは、直線で約370キロ離れた大阪市の自宅にいる摘枝ソロルさん(32)。かつて引きこもりを経験していたが、引きこもり当事者や経験者の就労を支援する会社から紹介を受け、いまミレルンの操作業務に就いている。ロボットの遠隔操作は引きこもりの経験者には取り組みやすい仕事だったが、住宅販売という慣れない場でのコミュニケーションには戸惑いがあった。当初は客からの質問に答えられず、できたのはあいさつ程度。それでも、接客を重ねていくうちにお勧めポイントを積極的に案内したり、コミュニケーションを取ったりすることができるようになっていった。新たな就労機会を切り開きつつある摘枝さんが、その先にめざしているものは?

●住宅展示場で活躍する接客ロボット「ミレルン」

モデルハウスで来場者をお出迎えする接客ロボット「ミレルン」
モデルハウスで来場者をお出迎えする接客ロボット「ミレルン」

モデルハウスを訪れる客からは、ミレルンのドラえもんのような愛くるしさに思わず笑みがこぼれる。ミレルンを導入したのは、東京の不動産テック企業カーザロボティクスだ。社長の細谷竜一さんは、その理由をこう語る。

「営業マンがいると、お客さんはどうしても買わされる圧を感じて緊張してしまう。無人にすることでお客さんが家を気軽に自由に見て回って、まずはこの家を好きになってもらう。そんな中で場を和ませる存在としてロボットがあればいいなと思いました」

事前の社内での話し合いで、「引きこもりの人にロボット操作を行なってもらえればいいのではないか」というアイディアが出たという。「自宅に居たままリモートで操作してもらえればいいし、パソコンが得意そうなのでロボット操作もすぐに覚えてくれるのではないかと思った」と細谷さんは説明する。

「引きこもり」とされる人は、内閣府の推計で全国に115万人以上いると見られている。この人たちが新しいテクノロジーを使うことで就労できるようになれば、労働力不足解消の一助にもなりそうだ。

細谷さんは、引きこもりの当事者や経験者の就労支援をしている株式会社「ウチらめっちゃ細かいんで(めちゃコマ)」に話をもちかけた。完全在宅で顔出しもなくていいロボット操作は、引きこもりの人にとっても安心して社会参画できる機会になるのではないか。こう受け止めためちゃコマから業務参加の希望者が紹介され、住宅展示場でのアバターロボットによる無人接客が始まった。

●引きこもり経験者・摘枝ソロルさん

自らの引きこもり経験を語る摘枝ソロルさん
自らの引きこもり経験を語る摘枝ソロルさん

この新たな試みに、立ち上げの時から参加しているのが摘枝ソロルさんだ。幼い頃から父親から暴力を受けていたという摘枝さんは、怒られることに対して恐怖を感じるようになり、幼稚園ではいつもビクビクしていた。小学校2、3年生のころにはリストカットを繰り返すようになった。4年生の時に偶然、図書館でうつ病やリストカットに関する本を見つけ、ようやく自分の状態を自覚することができたという。

中学、高校でも引きこもりや不登校を繰り返し、高校は退学。慶應義塾大学の通信教育課程で心理学を学び始めたが、幼稚園のころからの幼なじみが亡くなったことがきっかけでうつ病が悪化し、大学も辞めてしまった。そのころにはリストカットも再発。死にたい気持ちが強くなり、精神科に通うようになっていた。アルバイトもままならなくなり、生活保護を受けるようになった。

引きこもりの人たちの集まりに顔を出すようになったのは、そのころからだ。やがて、幼なじみが亡くなってもその絆が消えるわけではないことに気づき、立ち直ることができたという。その後、職業訓練校に通いプログラミングを学び、めちゃコマに就職した。めちゃコマでは主にプログラミング講師やお悩み相談の業務を担っていたが、そんな中で舞い込んできたのがミレルンを操作する仕事。「楽しそう!」と思い、参加を希望した。

●慣れないロボット接客に奮闘する

来場者と楽しく会話を交わすミレルン
来場者と楽しく会話を交わすミレルン

モデルハウスには、さまざまな客が訪れる。両親に連れられて来た子どもは、ロボットを見ると大喜びで「かわいい!」と抱きついてくる。子どもにはしりとりの相手を延々とさせられることも。一方、何を話しかけても無視する年配の客に、つらい気持ちになることもあった。

操作を始めたばかりのころは物件についての知識がなく、客から質問をされても答えられずにいた。運営するカーザロボティクスも、ミレルンの役割は場を盛り上げる「にぎやかし」であり、客の気持ちを和らげてくれればいいと考えていた。ただ、摘枝さんは「スタッフに聞いてください」と答えるだけでは飽き足らなくなってきた。現地の営業社員が客に説明している内容をメモして知識を増やし、ミレルンとして少しずつ質問に答えたり、おすすめポイントを案内したりするようになった。

「最初はミレルンでのあいさつや眼の前のことをこなすのに精一杯でしたが、現場での悩みや、『より良くするにはどうすべきか』とカーザロボティクスさんと対話を続けていきました。常に誠実にフィードバックや反映をしてくれたので、それで自分もやる気が高まっていき、ミレルン業務をどう盛り上げていったらいいか、売上に貢献できるようにより良い案内をしたい、という気持ちが強まってきました」

そんな摘枝さんの姿勢をみて、カーザロボティクス側もミレルンによる接客のレベルをもっと上げられるのではないかと考えた。摘枝さんやほかの操作者とオンラインでミーティングを重ね、ミレルンによる接客のレベルアップを図っていった。

●引きこもりの人が働きやすい環境を

より良い接客を目指して話し合う無人内覧スタッフの坂口麻美さんとミレルン操作をする摘枝ソロルさん
より良い接客を目指して話し合う無人内覧スタッフの坂口麻美さんとミレルン操作をする摘枝ソロルさん

カーザロボティクスの細谷さんは当初、引きこもりの人に対しコミュニケーションが苦手だったり癖があったりするのではないかというイメージを持っていた。ところが、ミレルンを操作する人たちが客とのコミュニケーションを好んでいることに驚いたという。

「引きこもりであることとコミュニケーションの好き嫌いは、別の問題なんだということに気付かされました。ミレルンのような新しい技術をうまく取り入れることで、引きこもりと言われている人たちが労働市場だと見られるようになったらいいなと思うようになりました」

その可能性は、引きこもりの人に限らない。対面でのコミュニケーションが苦手だったり、子育て中だったり、従来の働き方では働きづらく、時には仕事を辞めざるを得ない人たちにとっても、より多様な働き方ができるようになるかもしれない。

摘枝さんもこうした働き方の利点を語る。「引きこもりの人は、自分の表情が不快じゃないかとか、目線をどうしたらいいのかということを、すごく気にする人が多いです。でも、自分が見られていない状態だと結構キャラクターが面白い人もいるし、ミレルンのように自分が見られてない状態での接客なら結構できる人がいると思います」

摘枝さんによれば、引きこもったままでできる仕事はやはり少なく、プログラミング的な内容が多いという。ただ、一定のスキルが必要なプログラミングに比べ、ミレルンのような接客業務なら、より多くの人の就労が可能だという。

「こうした接客系の仕事はもっと増えてほしいです。引きこもりの人にとって自分でお金を稼ぐってことは自尊心の回復にもつながるし、生活が安定すればメンタルの安定にもつながると思います」

新しいテクノロジーは、引きこもりの当事者や家族らに希望をもたらし、雇用と就労のミスマッチの解消につながる可能性を秘めている。

●摘枝ソロルさんの新たな挑戦

放送大学で心理学の授業を受ける摘枝ソロルさん
放送大学で心理学の授業を受ける摘枝ソロルさん

摘枝さんはいま、心理カウンセラーをめざして放送大学で心理学を専攻している。虐待やドメスティックバイオレンス(DV)を受けた子どもたち、そして引きこもりの人たちをカウンセリングで助けたいというのがその願いだ。

「自分が子供の時に助けてもらえなかったという思いがあるし、助けてもらいたかった気持ちもあったけれど、当時の大人が頼りないというのもありました。だから、私自身はせめて子どもたちにとって頼れる大人、助けられる大人になりたいという気持ちがあって、心理学を勉強しています」

引きこもりの人たちのために接客業という新たな道を開拓しつつ、カウンセリングの手も差し伸べる。摘枝さんの挑戦は、これからも続く。

クレジット

監督・撮影・編集 三宅流

プロデューサー 初鹿友美

整音 吉方淳二

出演 摘枝ソロル

   細谷竜一(Casa robotics株式会社)

   坂口麻美(Casa robotics株式会社)

【この動画・記事は、Yahoo!ニュース エキスパート ドキュメンタリーの企画支援記事です。クリエイターが発案した企画について、編集チームが一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動はドキュメンタリー制作者をサポート・応援する目的で行っています。】

映画監督

1974年生。多摩美術大学卒業。在学中より身体性を追求した実験映画を制作、国内外の映画祭に参加。2005年からドキュメンタリー映画制作を開始。伝統芸能とそれが息づくコミュニティ、ダンスなどの身体表現におけるコミュニケーションと身体性について独自の視点で描き続けている。『究竟の地ー岩崎鬼剣舞の一年』は山形国際ドキュメンタリー映画祭などで上映され、『躍る旅人ー能楽師・津村禮次郎の肖像』は毎日映画コンクールにノミネート、『がんになる前に知っておくこと』は2019年に劇場公開、最新作『うつろいの時をまとう』モントリオール国際芸術映画祭、ロンドンファッション映画祭などに選ばれ、全国で劇場公開中。

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