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「将来どうなるんだろう」終わりの見えない妹の介護 声を上げづらいヤングケアラー

水嶋奈津子

Video Director/Videographer

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「ヤングケアラー」。一般にはまだ聞き慣れないこの言葉が、2021年4月に政府が発表した初めての全国調査で注目を集めた。大人に代わって家族の介護や世話をする18歳未満の子どもたち。そんな中学・高校生がおよそ20人に1人の割合でいることがわかったからだ。しかし、成人した元ヤングケアラーに実際に話を聞いてみると、多くは自分がヤングケアラーだったという認識はなかったという。ヤングケアラーという言葉自体を知らなかったし、知っていたとしても自分がそれにあたるとは思っていなかった。

自閉症の妹がいる元クラリネット演奏家の中村菫(すみれ)さんもその一人だった。当時はその呼び名も知らなかったし、病気や障がいを持つ兄弟姉妹がいる「きょうだい」と呼ばれる人に出会ったこともなかった。介護といえば祖父母や親のケアが想起されがちだが、きょうだいという立場にいる彼らには、「将来への不安」というもうひとつの悩みが重くのしかかってくる。家族への思いと自分の人生との間で揺れながら、苦悩し続けてきたきょうだいたちの思いを聞いた。

■声を上げづらいヤングケアラーたち
高齢化や核家族化、メンタルヘルス問題の深刻化などさまざまな背景から、日本でもヤングケアラーが増えている。4月に厚生労働省と文部科学省が発表した「ヤングケアラーの実態に関する調査研究」によると、ヤングケアラーにあたる生徒の割合は、中学生で5.7%(約17人に1人)、全日制高校の生徒で4.1%(約24人に1人)だった。

こうした生徒たちが担っているのは家事の手伝いから兄弟姉妹の世話、祖父母の介護や見守りまで多岐にわたる。平均で1日あたり4時間前後をケアに費やし、1日7時間以上をかけている生徒も10%以上いた。「友達と遊べない」「勉強する時間がない」「睡眠が十分に取れない」といった悩みのほか、「学校に行けない」「進路を変更せざるを得ない」など人生を左右しかねない深刻な状況を訴える声も明らかになった。

彼らの60%以上が、こうした状況をだれかに「相談したことがない」という。「その生活が当たり前だったから」「相談したところで何も変わらないから」「家族の病気や障がいについてあまり話したくないから」という理由に加え、「家族のことを悪く言われたくない」という思いやりの声も少なくなかった。自分のせいで親が責められてしまうかもしれない、ただでさえ大変な家族に負担をかけたくないという気持ちから、人知れず我慢している様子がうかがえる。

■家族の手伝いから始まる、ケアのある日常
元クラリネット奏者の菫さんは、幼い頃から母親と一緒に4歳下の自閉症の妹の面倒を見ていた。紙をグシャグシャに丸めたり、破ったりするのが好きな妹に、学校の教科書や楽譜を破かれてはケンカを繰り返す日々。それでも、忙しい母親に代わって妹を見守ることは菫さんの日常だった。クラリネットの練習中でも勉強中でも、何かあれば妹のもとに飛んでいく。妹中心の生活が当たり前になっていた。

「子どもらしく甘えた記憶はないですね」と話す菫さん。特にきょうだいの場合は幼い頃からケアをする側に回ることで、「自分が我慢しなきゃ」「しっかりしなくちゃ」という意識が人一倍強くなる傾向がある。子どもだった菫さんも母親にとっては妹を一緒にケアするパートナーであり、時には母親の相談相手となり、精神的な支えとしての役割も果たしていた。菫さんからすれば、大好きな母親が大変そうにしている姿を見て、少しでも負担を軽くしてあげたい、助けたいという気持ちから自然とそうなっていたという。

■「将来どうなるんだろう」きょうだいゆえの消えない悩み
親や祖父母を介護するケースとは異なり、ケアの対象が同世代であるきょうだいは、必然的に将来や親が亡くなった後の問題に向き合うことになる。多くは小学生くらいから「将来どうなるんだろう」と悩み始め、成長するにつれ誰にも言えない、親にも相談できない孤独な葛藤に深化していく。進学や就職などの選択をする度に家族の生活と自分の人生との板挟みになり、家を出るという選択肢には罪悪感すら覚えてしまう。

妹の存在を友達にオープンに話せていた菫さんでさえ、将来への悩みだけは誰にも話せずに一人で抱え続けていた。大学に進学しても就職しても実家に住み続け、妹に何かあった時にはすぐ駆け付けられるようにと、演奏活動の傍らでパートなどの時間の融通がきく仕事を選んでいた。

幸せな結婚を夢見ていた菫さんにとっては、「自分は結婚できるのだろうか」という悩みも大きかった。きょうだいとしてのケアが一生続くことも含めて、パートナーに理解してもらえるだろうか。もしパートナーが理解してくれたとしても、その家族にも受け入れてもらうことができるだろうか。「妹のことを理解して丸ごと受け入れてくれる人」という条件を必須にする中で、果たしてそれがかなうのかという不安もまた、菫さんを追い込んだ。

■「どんな人でも受け入れられるよ」すみれいろ音楽教室
2018年11月、結婚を機に実家を出た菫さんは、実家から徒歩5分の新居で新たな生活をスタートさせた。週に4回は実家に手伝いに行き、何かあったらすぐに駆け付けられる距離にいることで、家を出ることの不安や心配も解消できるベストな落とし所だった。2020年6月、だれでもウエルカムの「すみれいろ音楽教室」を自宅に開校した。

ウィリアムズ症の女の子に自閉症の男性……。毎日さまざまな生徒がやってくる。歌、ピアノ、リズム、楽譜の読み方。音楽のいろいろな要素に触れながら、それぞれが好きなこと、得意なことを一緒に見つけていく。レッスン中、10分間椅子に座っていることが難しい子もいれば、衝動的に泣き出してしまう子もいる。それでも一人ひとりに合った音楽の楽しみ方をすり合わせながら続けていくことで、少しずつできることが増えていく。

音楽が好きという純粋な思いを全身で表現する子どもたち。その姿を見て、菫さんは「いつか彼らと一緒に演奏したい」という新たな夢を描くようになる。彼らと一緒に奏でる音楽が、障がいを持っている人やその家族、そしてそのきょうだいの希望にもなればと菫さんは願っている。

■それぞれ異なるストーリーと、共通の困りごと
同じく元ヤングケアラーできょうだいの沖ゆかりさんが主催するオンラインイベント「きょうだい座談会」には、同じような境遇を経験したさまざまな人たちが集う。「親に迷惑をかけたくないという思いが強すぎて、自分の意見が言いづらくなった」。こう話すメンバーに、全員が深く共感する。それぞれ立場も事情も異なる一方で、「子どもの時に我慢することが多かった」「自分の時間がない」「友達に話せない」など、共通する悩みや困りごともたくさんある。

そんな悩みを誰かと共有できれば、精神的に大きな支えになる。メディアを通じてきょうだいの存在を知ったゆかりさんは、大学生の頃からきょうだいやヤングケアラーの集まりに積極的に参加するようになった。同じ思いを抱えている人たちの助けになればと、今では全国各地の講演会やイベントで自身の経験をオープンに語っている。そして、きょうだい特有の困りごとや悩みを理解し合える場を増やしたいとの思いから、「静岡きょうだい会」を立ち上げた。

私たちにとって、介護は決してひとごとではない。いまは身近に介護を必要とする人がいなくても、長く生きていれば、誰もが介護する側、される側になりうる。そんな時にヤングケアラーたちの経験やそこから得られたものは、未来の私たちの糧にもなるかもしれない。誰かが生きやすくなるためのアクションは、未来の自分が生きやすくなることにもつながっていくだろう。

■足りないロールモデル。多様なヤングケアラーの声が誰かの道しるべに
「自分と同じような経験をしている人は周りにいなかった」と話す菫さんのように、同じような境遇でロールモデルとなる人や、理解し合える存在がいないと感じているヤングケアラーは少なくない。一方、メディアを通じてヤングケアラーのことを知ったとしても、極端なケースばかりが紹介され、自分を重ねるのが難しいという声もある。数多くのヤングケアラーの話を聞いてきたゆかりさんは、「ヤングケアラーと呼ばれる子どもたちにもいろんなパターンがある」ことを知ってほしいと話す。

ヤングケアラーの数だけ多様なストーリーがある。そう思いながら一人ひとりの話に耳を傾ければ、彼らももう少し自分のことを話しやすくなるかもしれない。そうして彼らが話し始めることで、彼らもまた誰かにとっての身近なロールモデルになれるかもしれない。人知れず悩むしかなかった子どもたちが、新しい選択肢や希望を見つけられるように。菫さんとゆかりさんが踏み出したそれぞれの一歩もまた、未来の誰かの道しるべになっていくだろう。

クレジット

監督/撮影/編集 水嶋奈津子
撮影       山元環
取材協力     静岡きょうだい会、すみれいろ音楽教室

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