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鉄道忌避伝説と駅裏に残る明治の牧場 十勝最東端の駅 根室本線 厚内駅(北海道十勝郡浦幌町)

清水要鉄道ライター

特急「おおぞら」も走る道東の大動脈・根室本線。帯広を出ると、幕別、池田、豊頃、浦幌の町を経て上厚内の峠越えにかかる。常豊、上厚内の二つの信号場を通り過ぎて峠を下ると見えてくるのが浦幌町東部・厚内の市街地だ。厚内川が太平洋に注ぐところに形成されている集落で、十勝最東端の厚内駅が設置されている。次の直別信号場、そして音別駅は釧路振興局管内だ。行政区分上は十勝地方に属する厚内駅だが、同じ町内の浦幌駅との間には険しい峠が控えていて、距離的には帯広よりも釧路の方が近い。

駅舎
駅舎

厚内駅が北海道官設鉄道釧路線の駅として開業したのは明治36(1903)年12月25日。鉄道の建設にあたってはタコ部屋労働で多くの人が犠牲になったとの話も残っている。駅名の由来はアイヌ語の「アックナイ(小獣を捕る川)」または「アプナイ(釣り針・川)」に由来すると言われている。古い木造駅舎が残るが、築年は不明。無人化後、旧事務室部分は改装されて軽食喫茶「海猫」になっていたが、平成初期に休業し、その後廃業している。駅舎正面から見て右手の庇屋根がついた部分が喫茶店のかつての入口だ。

ホーム
ホーム

ホームは単式と島式から成る2面3線。側線もあって構内は広い。ホームも長く幹線の駅らしい風格が感じられるが、一日の平均乗車人員は3人以下で、駅に人の気配はほとんどない。今年6月17日、北海道新聞は「一日平均乗車人員3人以下の42駅の廃止をJR北海道が検討している」と報じた。その42駅のリストの中にはこの厚内駅も含まれており、地元には衝撃が走った。広報URAHORO令和5年8月号の町長コラムNo.2によれば、この報道を受けて浦幌町長はJR北海道釧路支社を訪ねて、厚内駅が本当に廃止されるのか確認したとのことである。釧路支社長は浦幌町長に対し「駅の利用者数は事実だが、駅の廃止について自治体と協議をせずに進めることはない」とはっきり否定した。また、JRがこの報道について新聞社に抗議しているということも町長コラムでは触れられている。

駅名標
駅名標

厚内駅が廃止候補になっているという報道は地元にとってまさに寝耳に水であったが、厚内駅の近隣の駅は近年相次いで廃止されている。浦幌駅との間にあった上厚内駅は平成29(2017)年3月4日に、音別駅との間にあった直別駅尺別駅は平成31(2019)年3月16日に信号場化された。

行き違いと特急の通過待ちを行うキハ40
行き違いと特急の通過待ちを行うキハ40

厚内駅は構内が広く、隣駅との駅間も長いことから、列車の行き違いや特急の通過待ちで数分間停車する普通列車も設定されている。6時8分発の芽室行き上り始発列車は当駅始発で、かつては下り釧路行き始発列車も当駅始発だった。厚内駅は利用者こそ少ないが、列車の運行上欠かすことのできない重要な運行拠点駅の一つでもあるのだ。

跨線橋からは海が見える
跨線橋からは海が見える

ホーム間を結ぶ跨線橋からは釧路方面に太平洋が見える。線路は海を前に大きく左へカーブして釧路へと向かっているが、これは鉄道のルートが当初の計画から変更された名残によるものだ。根室本線の前身である北海道官設鉄道釧路線は当初の計画では厚内以西でも海沿いを走り十勝川河口の大津(豊頃町)を経て、帯広に至るルートを取るはずだった。峠越えをして浦幌に至る現在のルートと比べると勾配も少なく、鉄道を建設しやすそうなルートだが、海沿いルートはなぜ実現しなかったのか。公式には海岸線での建設工事が難しかったからとされているが、『豊頃町史』では巷説(こうせつ)として地元住民の反対があったとの記述がある。大津の主要産業であった海運業が鉄道に役目を奪われることへの懸念に加え、汽車の轟音で魚が海岸に寄り付かなくなってしまうとの「笑止な反対意見」もあったそうだ。あくまで巷説なので、どこまで本当かわからないが、結果的に鉄道は内陸の浦幌を経由することになっている。駅が設けられるはずだった大津はかつて大津(ほふつ)郡が置かれたところで、十勝の開拓が始まった「十勝発祥の地」だったのだが、鉄道が通らなかったこともあって衰退してしまう。

跨線橋から見た旧斉藤牧場
跨線橋から見た旧斉藤牧場

厚内駅の跨線橋からは海だけでなく、北海道開拓の歴史を今に伝える貴重な歴史的建造物の姿も見ることができる。旧斉藤牧場事務所だ。松前出身で十勝を拠点に漁業と競走馬育成業に尽力した初代・斉藤兵太郎(1856~1927)が明治36(1903)年頃に開いた牧場である。現存する事務所は吹き抜けのポーチとバルコニーを持つ瀟洒な洋風建築で、明治時代の牧場事務所としては国内に二つしか現存しないうちの一つである。現在は空き家で荒廃が進み、今後が危ぶまれているが、浦幌町としてはなんとかして残していきたい考えのようだ。

隣にあった上厚内駅の影に隠れて、鉄道ファンからもあまり注目されない厚内駅だが、目を向けてみれば知られざる歴史を秘めている。「廃止になりそうだから」ではなくその歴史や駅を取り巻く環境に触れるために現地に行ってみるのはいかがだろうか。

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鉄道ライター

駅に降りることが好きな「降り鉄」で、全駅訪問目指して全国の駅を巡る日々。

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