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【心臓が傷つく?速くて走歴の長いランナーは要注意!】心筋線維症について

たくや/ランナー医師、ランナー、ランニングコーチ

マラソンを長く続けていて、しかも速いランナーは健康的にみえます。ですが先週、自身のYahoo記事のなかで「速いペースで長く頻回に走るランニング習慣のあるランナーは、死亡リスクが非ランナーより97%高い」と書きました。文中で引用した文献では、さらなる研究が必要としながらも、その原因として大血管の硬化や、冠動脈の石灰化沈着、心筋の線維化などの可能性を挙げています。
この中であまり知られていない、ランナーを始めとした持久力競技者の心筋の線維化~心筋線維症について書いてゆきます。

心筋線維症とは?

もともとはランナーの心筋の変化を指すものではありません。
心筋梗塞や心筋炎といった病気で心筋が脱落したあとに、その部位がカサブタ(コラーゲン線維)に置き換わったものを言います。また、高血圧や心臓弁膜症があって心筋に強い圧負荷がかかった状態でも、心筋細胞の間に線維が増生することが知られています。これを心筋線維症といい、心臓の機能が低下したり、不整脈が惹起されたりして問題になります。
これがランナーにも生じるわけです。

ランナー・持久力競技者の心筋線維症とは?

最初にマラソンランナーの心筋線維症の有病率が高いと報告したのは、2009年の文献です。過去3年間に5回以上のマラソンを完走した50~ 72歳の男性ランナー102 名を検査したところ、12%のランナーに心筋線維症がみられました。対照集団は4%でしたから、3倍多かったわけです。

その後もいくつかの文献があります。

心筋線維症がみられたランナーのMRI像:Pujadas S et.al.BMJ Open Sport Exerc Med.2018
心筋線維症がみられたランナーのMRI像:Pujadas S et.al.BMJ Open Sport Exerc Med.2018

2018年の文献では、走歴10年以上でマラソンのベストが3時間15分を切る34人の男性ランナー(年齢48.17±7.48歳)を調べたところ、3人(9%)に心筋の線維化がみられたとのことです。やはり一般の人よりだいぶ多い結果となりました。

そして同じ2018年にトライアスリートに対して行われた研究では、3年以上の走歴と週10時間以上トレーニングをしている83人 (43±10歳、男性54人) を調べています。対照として 36人の運動習慣のない人を比べました。

心筋線維症がみられたランナーのMRI像:Enver Tahir MD et al.JACC.2018
心筋線維症がみられたランナーのMRI像:Enver Tahir MD et al.JACC.2018

結果男性54人中9人(17%)、女性29人中0人に線維化が見られたとのことでした(対照は男女とも0人)。そのうち5人は心筋炎に典型的な、線維化と心膜との間に薄い隙間がある像でした。さらに2人は右室圧の過剰負荷でおこる右室後部の線維化でした。心筋の微小梗塞によって心筋線維症が出来るという説もありますが、線維化する部位からは、炎症や心筋へのストレスが原因と考えられるわけです。

心筋線維症になりやすいのは・・・

同文献では、心筋線維症になりやすいアスリート像も述べています。
1.男性
男性は17%に線維化がみられたのに対して女性は0%でした。これはテストステロンが、心筋の局所的な炎症を誘発している可能性があると文献内で述べています。
2.運動時の血圧が高い
高血圧は心臓の圧負荷になり、ランニングをしなくても心筋線維症の原因になりえます。ランナーの半数以上が高血圧という記事もあり(以前の自分のYahoo記事)、多くの人が無視できない要因と思います。
3.競技で完走したサイクリングの累積距離が1880 km超
この累積距離は感度89%と特異度79%と、良好な指標になることが分かりました。要は競技というガチな状況で長く心臓に負荷をかけるほど、線維化しやすいのです。
4.速いランナー
これは同施設の別の文献(74人のランナーを調べた研究)になってしまうのですが、心筋線維症のあったランナーの方が速かった(フルマラソンのベスト3.2±0.3vs.3.6±0.4時間)とのことです。

心筋線維症にならないために

1.頑張り過ぎない
結局は長時間、心臓が疲れるくらいバクバクと拍動するのがよくないんです。もちろん記録が出そうなときは頑張ってよいのですが、心臓が疲労してダメダメなレースでは、無理をし過ぎないことが大事です。足だけではなく、心臓も労わってあげて下さい。

2.生活習慣病、特に血圧は治療を
一般的な生活習慣病の治療は大事です。運動中の高血圧はアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬やβ遮断薬がよいと言われています。また、一般的な心筋線維症にはロサルタンやスピロノラクトン、トラセミドがよいとされています。

3.抗酸化食品!足の筋肉にもいいよ!
心筋の炎症や酸化ストレスによって心筋が線維化するのであれば、エビデンスはありませんが抗酸化食品も有用と思われます。普段から野菜・果物やナッツ類などでしっかり抗炎症・抗酸化しましょう。心筋も足の筋肉と同じ横紋筋です。足の筋肉をメンテナンスする意味でも、普段からしっかり摂取しましょう。

さいごに

一般的な心筋線維症は心機能の低下や、不整脈のリスクになると言われています。ですが、ランニングによってできる心筋線維症は、心機能が低下するのか?不整脈が生じやすくなるのか?死亡リスクが高くなるのか?など具体的な報告はありません。海外のサイトには、この研究の主任研究員をしているGunnar Lund氏のコメントが掲載されています。
「この心臓の小さな傷は、競技に何の影響もない可能性もあり、現時点ではまだ競技をやめろとは言えない。もし競技をやめろと言ったら、彼らにとってとても大切なものを奪ってしまうから。」としています。

ですがマラソンは心臓が原因で、時に命を落とすこともある競技です。血圧が高い方はしっかり治療し、抗酸化食品を摂取して心臓を労わってあげて下さい。

医師、ランナー、ランニングコーチ

41歳まで某大学病院の消化器肝臓内科で勤務、現在は都内の一般病院で内科医をしています。また、中学でランニングを始めて走歴は約40年、その経験を活かしてランニングステーションでコーチもしています。総合内科専門医・消化器病専門医・肝臓専門医・抗加齢医学会専門医、JMJA公認ランニングドクター他、資格は多数。フルマラソンの完走は67回でベストタイムは2時間50分31秒(2019湘南)。ランナーからよく聞かれることやランナーに伝えたい事を、科学的なエビデンスと経験をもとに記事を書いています。

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