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西城秀樹④「傷だらけのローラ」 ローラとは誰なのか?12回も叫ばれる「ローラ」に酔う

田中稲ライター(昭和歌謡・JPOP歌詞研究)

私には年の離れた姉がおり、ヒデキを好きになったのも彼女の影響という、まんま「ちびまる子ちゃん」パターンである。仲良く応援していたが、「傷だらけのローラ」(1974年)でヒデキへの愛が強まり、姉をライバル視するようになってしまった。マジ泣きしながら「ヒデキのお嫁さんは私!」と暴れたりもした。

当時5歳の私にここまでさせた、罪作りなヒデキのローラ・インパクト――。

ただ、そうは言ってもまだチビッ子。ただただヒデキが「ローラ」と叫ぶ姿がカッコよかっただけで、歌の詳しい意味はわからなかった。大人になってもしばらくは
「いいな、ローラはヒデキにこんなに愛されて。ああ、ローラになりたい!」
のんきにそう思っていたものである。

12回叫ばれる「ローラ」の豊かなバリエーション

しかし、中年になってやっと知った。想像の100倍ヤバい世界観だったことに――。

そもそもローラは過去の恋で深く傷つき、深刻なトラウマを抱えているらしい。
ヒデキに対しても震えている。ドン引きではないか。恋愛としては正直マイナスからのスタートである。

しかし、そこは空気を読まないヒデキ。熱い説得を試みる!

この「傷だらけのローラ」が特殊なのは、そのアプローチ法である。非常に難易度が高い「隙あらば名前呼び大作戦」を決行。下手をすればしつこくなるが、そんなリスクはものともせず、3分6秒という短い時間に何度も何度も叫びまくる。計12回、コーラスも含めると18回、ひたすら熱く名を呼ぶ。そしてすべて響きが違う!

せっかくなので最初から追っていこう。

「ただごとではない……」と思わせるサスペンスなイントロ。そしてすぐ来る一発目。

ローラ(俺を見てくれ、と訴えるように)。ローラァ!(お願いだ! と祈るように)。ローラァ……(やさしく語り掛けるように)。

いきなり、あの手この手のローラ・コール大全開である。
そして「そんなに震える」のあとから突然加わるスピード感と希望モード。ここでヒデキがローラを励まそうと、明るく接している感じが伝わってくるではないか!

しかし、そこは激情を抑えきれないヒデキ。つい一人で突っ走ってしまう。「この愛も捧げロホゥー(捧げる)!」のビブラートに、暴走感が見えて切ない! ローラの反応が心配だ。

そのあとの戸惑ったような「オー、ローラ……」で、何を言っても心を開いてくれないローラに「これでもダメなのかい」と涙目になっている彼が見える。

しかも「君をそんな風にしたのは誰?」と、トラウマに直接切り込んでいくヒデキ。ぬうう、気持ちはわかるがこれは危険だ! 「悪い夢は忘れてしまおう」という申し出も、「そんな簡単なもんじゃないよ!」と彼女の神経を逆なでする可能性がある。

しかし、やはりヒデキはおかまいなしだ。アピールタイムは続く。

ローラーァァ! と叫ぶのだ。俺の腕に飛び込めよ、と!

間奏もヒデキは私たちを休ませてくれない。手を伸ばす! クロスする! しゃがむ! 

「押してもだめなら引いてみな」--。西城秀樹の辞書にこの言葉はない。押してだめでも押してみる。そうして心のデンジャラスゾーンを超えてくるのがヒデキ!

もう一度生命も愛も捧げるという誓いの言葉を言い、なにかを地面に叩きつけるかのように腕をブンと振り降ろしながら、念を押すように叫ぶ。

ローーッ・オーーッ・ラーー!!

ああ、愛が溢れすぎて、もはや怖いよヒデキ!

もはやここで歌が終わってもいいくらいの盛り上がりなのだが、ヒデキのアプローチはまだまだ終わらない! 彼の高まる心臓の音を表すかのように、ポカスカスカスカポカスカスカスカとまさかのボンゴの音が鳴り響く。そして

ローラ……(ささやくように)、ローラ!(強めに)、ローォーラーッ(必死)!!

ローラ三段活用で追い打ちをかけるのである。

あくまで私の想像だが、このあたりでローラに逃げられた気がする。しかしそれでも! 彼はまたもや祈りも愛も捧げると言い、彼女の背中を見ながら、もう一度その名を呼び泣くのだ。

ローーォーーラ!!

うおおおおお! 見事! スタンディングオベーションである!!

ローラとは誰なのか

私はこの曲を聴くたび、二時間半くらいの濃厚フランス映画を観た感覚になる。作詞はさいとう大三さん、作曲、編曲は馬飼野康二さん。そして「主演」はヒデキ。

しかし歌詞カードを見ると、とても短い。

歌というのは、作詞、作曲、編曲、そして歌い手のパワーが一体化すると、短くとも、空気感や匂い、希望や絶望までブワッとみえてくる! それを痛感する名曲である。

まさに、生命を捧げるようなパフォーマンス。

2度の脳梗塞を患ってからヒデキはこの激しい「傷だらけのローラ」を生で歌えなかったが、最後までファンの前で歌うことを目標に、トレーニングを続けていたという。
彼にとって「ローラ」はもう架空の女性ではなくなっていたのだろう。

ローラの正体は、彼が、歌を通して愛を伝えたい人すべて。
愛する人すべて。

きっと、そのなかに私も入っている。
ヒデキのローラを聴くと、なんだか素直にそう思えてしまう。うれしくなる。

それって本当にすごいことだ。

ライター(昭和歌謡・JPOP歌詞研究)

Webを中心に、昭和歌謡・JPOP、ドラマ、懐かしのアイドル、世代研究、紅白歌合戦を中心に書いています。CREA WEB「田中稲の勝手に再ブーム」、8760bypostseven「懐かしエンタメ古今東西」連載中。著書に『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)。合同会社オフィステイクオーのメンバーとして、雑学本の執筆にも参加。大阪ナニワにて活動中です。

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