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【駅の旅】平成の大合併で消えた村を井の頭線の中古電車が走る/上毛電鉄・粕川駅(群馬県)

再建された瓦屋根の木造駅舎

 上毛電鉄は、赤城山の南麓を走るローカル私鉄で、中央前橋から西桐生間の25.4キロを結んでいる。ある春の日の午後、途中駅の粕川(かすかわ)で降りてみた。この駅では、西桐生行の下り電車と中央前橋行の上り電車が交換する。上り電車には、ハイキング帰りと思われる人々が大勢乗り込んだ。構内踏切を渡ると、近年建替えられた比較的新しい木造駅舎の出迎えを受ける。古い駅舎を建て直す場合、大抵は簡素な味気ない駅舎になることが多いが、なんだかホッとするような落ち着きのある瓦屋根の駅舎だ。

2004(平成16)年に再建された二代目の駅舎。落ち着いた佇まいが嬉しい。
2004(平成16)年に再建された二代目の駅舎。落ち着いた佇まいが嬉しい。

 ここは、かつて群馬県勢多郡粕川村だったが、2004(平成16)年に、平成の大合併により、近隣の大胡町、宮城村とともに県都の前橋市に併合された。長年、村の玄関口だった駅が、このような形で再建されたのは喜ばしいことだ。

桜並木を見ながら井の頭線の中古電車が走る

 駅を出ると、周囲は静かな住宅街である。しばらく西に歩くと川がある。川の名は、かつて村の名前だった粕川だ。村で行われる祭礼の儀式で酒粕を川に流すことから、この名があるという。その川の土手にある桜並木が、ちょうど、満開の花を咲かせていた。川に架かった鉄橋の上を二両編成の電車がのんびりと走っていく。この線を走る電車はすべて京王井の頭線の中古車である。なんとものどかな風景だ。北側の田園地帯の向こうには赤城の山が見える。冬には冷たい上州からっ風が吹くことだろう。

土手に桜の花咲く粕川橋梁をのんびりと渡る電車。元京王井の頭線で走っていた中古車だ。
土手に桜の花咲く粕川橋梁をのんびりと渡る電車。元京王井の頭線で走っていた中古車だ。

小さな観音堂と謎の城趾

 少し歩くと、小さな観音堂があった。聖観音の文字があるお堂の脇に庚申塚がある。中には県の重要文化財の平安時代に造られた十一面観音があるという。この観音様は60年に一度しかご開帳にならない秘仏であるという。次に姿を現すのはいつのことなのだろうか。

ひっそりと佇む観音堂。中には平安時代の作と伝わる十一面観音があるという。
ひっそりと佇む観音堂。中には平安時代の作と伝わる十一面観音があるという。

 その先にある池のたもとに「女渕(おなぶち)城本丸趾」という石碑があった。ここは、いつ、誰が築いたかがわからないミステリアスな城だ。戦国時代、上杉氏、武田氏、北条氏と、城主がしばしば変遷し、北条氏方の城だった時、豊臣軍に攻められ小田原城の落城と同時にこの城も落城して廃城となった。この城は東西200メートル、南北450メートルの広大な敷地を有していたが、今は、あたりは女渕城趾公園となり、静かに釣り糸を下げる人の姿があるばかりだった。

女渕城本丸跡の石碑。あたりは城趾公園になっており、池にのんびいりと釣り糸を垂れる人の姿があった。
女渕城本丸跡の石碑。あたりは城趾公園になっており、池にのんびいりと釣り糸を垂れる人の姿があった。

【テツドラー田中の「駅の旅」⑫/上毛電鉄/粕川駅/群馬県前橋市粕川町西田面】

1955年神戸市生まれ。本名は田中正恭。生来の鉄道ファンを自認し、1981年国鉄全線、2000年国内鉄道全線走破のほか、シベリア、カナダ、オーストラリアの横断鉄道など、世界27カ国を鉄道旅行。主な著書は『消えゆく鉄道の風景』『終着駅』(自由国民社)、『夜汽車の風景』(クラッセ)、『プロ野球と鉄道』(交通新聞社)など。TBS『マツコの知らない世界』、文化放送『くにまるジャパン極』等にゲスト出演。雑誌寄稿多数。その他、離島めぐり、プロ野球観戦、地酒、エスニック料理など多趣味な人生を送る。2018年10月〜2023年3月までyahoo クリエイターズプログラム・ショート動画に259篇投稿。

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