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大人の日帰りウォーキング 楽しめるのは景色だけじゃない!旧街道や高速道路も知ると楽しい歩く旅

わか子ライター
甲州街道 鶴川宿

旧甲州街道は住宅街の中を進んだ後、国道20号を渡る歩道橋に出た。この先は国道20号とJR中央本線は桂川(神奈川県内では相模川)に沿って進んで行くが、旧甲州街道は中央道と共に山へ向かう。五街道の1つである甲州街道は江戸時代に造られており、当時の移動手段であった歩く旅では山間部を抜ける方が効率も良かったのかもしれない。

定年退職を目前にしている良人と由美子夫婦は、これからの趣味の1つとして旧街道を歩く旅を楽しんでいる。江戸幕府が造った五街道の1つである甲州街道。江戸東京日本橋を出発して、日帰りで歩き繋いで今日で5日目となる。今回は、JR相模湖駅を出発して歩き進み、上野原宿の街並みを通り過ぎて次の鶴川宿に向かおうとしていた。

鶴川宿は甲州街道の19番目の宿場であり、桂川(相模川)の支流である鶴川が流れている場所にある。上野原宿は桂川の河岸段丘で出来た高台にあったので、ここからは鶴川が流れる大きな谷へ一気に下っていくことになり、その高さは60m以上もある。
「高速道路はこの谷を大きな橋で一気に走り抜けているのか…」
良人は大きな谷に架かっている中央道の大きな橋、谷を流れる鶴川、対岸に見えている高台を眺めて、谷に下るとその分は登り返しになる当たり前のことに気付き、心が折れそうになりながら橋で渡れる文明の便利さを痛感した。

谷を抜ける中央道 鶴川大橋 全長482m(日本橋梁建設協会より)
谷を抜ける中央道 鶴川大橋 全長482m(日本橋梁建設協会より)

「結構、大きい橋ね。車で走り抜けるとしたら…、距離が500mと仮定して時速80kmの車で通り抜けるとして計算してみようか。車は1秒で22m走るから20秒で440m。22秒か23秒ぐらいになるね」
由美ちゃん、計算しちゃったのね。これからこの谷を抜けていくのに大変に感じるじゃないか。
車だとあっという間に通り抜けるのに、歩くとどれくらいの時間がかかるのだろうか。昔の旅人は、ただひたすら山や谷を越えていた実態を目の当たりにした瞬間であり、江戸時代が終わって156年しか経っていないのに人間の生活は随分便利になったと感じた。歩く旅をしている2人はヘアピンカーブの車道を縫うように残っている旧街道の急な斜面を下り鶴川に架かる橋を渡った。

鶴川宿にある公園 東屋で休憩も出来る
鶴川宿にある公園 東屋で休憩も出来る

鶴川は流れが速かったので橋を架けられず、甲州街道で唯一の川越し人足(橋のない川を人が担いで渡す)であった。鶴川宿は川が増水して川止めになると江戸方面に向かう旅人で賑わう鮎が名物の宿場だったという。まっすぐな街道とその両側に並ぶように建物が建つ宿場の面影を楽しみながら通り抜けると、待っていましたとばかりに今度は谷から登っていく急な上り坂が目の前に現れた。
「そう言えば、中央道もこの辺りから談合坂に向かって上り坂になっていたのを思い出したよ」

中央道は都心を抜けると標高400m弱の小仏トンネルに向かって標高を上げた後、この辺りでは一番低い場所になる鶴川大橋(標高250m弱)まで下りが続いている。そして、鶴川大橋を越えると標高を上げながら、談合坂を経て、標高が700m近くにもなる笹子トンネルに向かう。東京スカイツリーの高さは634mなので、スカイツリーよりも高い場所を走り抜けていくことになる。もちろん、中央道は笹子峠を笹子トンネルで抜けていくが、旧甲州街道を歩くと標高1096mの場所にある本物の笹子峠を越えていくことになる。

中央道が並走して山間部を越えていく旧甲州街道
中央道が並走して山間部を越えていく旧甲州街道

朝から歩き続けてきた足には疲れが出てきているが、何とか斜面を登り先に進むと中央道の脇にある道路にでた。振り返ってみると、少し前に谷の反対側から眺めた鶴川大橋がみえた。計算では車で走ると23秒で通り抜けられる鶴川大橋。実際に歩いたらどれくらいの時間がかかったのだろうか。時計を確認すると時刻は14時10分。橋を渡る前の時間を確認しておけば良かった。そう思っている良人を見た由美子はスマフォを取り出して何かを探している。
「橋を渡る前に写真を撮ったから、その写真を撮った時間を探そうと思って…、13時25分頃かな」
「さすが、由美ちゃん、素晴らしい」
「車で23秒の距離でも旧街道を歩いたら45分も時間がかかったね」
車が早いのは当然だが、谷に橋を架けて距離が短いのも大きな理由である。橋の長さは500m程なのに対して、時速3.0kmで45分間歩いたと計算すると、その距離は2.2kmとなり、橋を渡る距離の4.5倍も歩いたことになる。文明の圧勝である。
人間が早く移動が出来るようになったのは本当に便利だ。近い将来にリニア新幹線が開通すれば時速500kmで移動できる世の中になる。しかし、歩く旅は早く移動することは目的ではない。その土地であったり、どうしてここに道が造られたのか、人々はどんな生活をしてきたのだろうか、そして、旧街道とその場所に造られた文明とのコラボを楽しめるのは歩く旅だけであると感じている。
山肌を削って緩いカーブを描いている中央道の脇道を歩き、橋で渡って進んで行くと再び舗装されていない山道になり、文明の象徴でもある高速道路と旧街道のコラボに何だか嬉しくなってくる。そして、その先には日本橋より19番目の一里塚の石碑があった。

甲州街道19番目 大椚(おおくぬぎ)の一里塚の石碑 実際の場所は特定されていない。
甲州街道19番目 大椚(おおくぬぎ)の一里塚の石碑 実際の場所は特定されていない。

2人は一里塚の石碑を写真に収めて、隣に置かれているベンチに座った。持参していたジュースを飲みながら休憩をしていると、向かいの家から男性3人が出てきた。男性らは何かの打ち合わせのように話をしていると、良人と由美子に気付いた様子で話しかけに来てくれた。
「どこから来たの?」
「東京から甲州街道を歩いてきました。もちろん日帰りで歩き繋げまして、今日が5回目になります」由美子が答えた。
「この辺りは旧街道だからハイキングをしている人は良く見かけるよ。東京から歩いてきたのはすごいね。今日はどこまで歩くの?」
「今日は、この先の談合坂SAまで頑張ります」
「そう、談合坂SAまで行けば高速バスに乗って東京まで帰れるから便利だよ。頑張ってね」
良人と由美子は東京から歩いてきたことを凄いと言われたことが、何だか嬉しいと感じていた。凄いと言われる事なんだ。確かに、東京から山梨県まで歩こうと思わないよね。談合坂SAまでもう少し頑張ろうか。少し、足取りが軽くなった。

甲州街道を歩く旅
今回の最初の話:人生も旅も予定通りとは限らない 柔軟に対応する妻とあたふたする夫の夫婦旅
日本橋を出発する最初の話:妻がひとり旅を計画したら予想外の展開になった話
番外編:アラフィフ夫婦の歩く旅 あなたと越えたい峠越え

参考書籍
歴史と文化を訪ねる日本の古道・五街道② 中仙道67次甲州街道45次 教育画劇
ちゃんと歩ける甲州街道 八木牧夫 山と渓谷社

ライター

東京都在住のおばさんです。子育てが落ち着いてきた頃より趣味で登山や街道歩き等を始めました。歩く旅は大変だというイメージがありますが、歩く事で解る楽しみもあります。実際に歩く旅をして、歩く旅の楽しさをお伝えしたいと思っています。

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