Yahoo!ニュース

大人の日帰りウォーキング 遠出をしないで電車に乗って30分 森と人工の川と自然を楽しむ歩く旅

わか子ライター
野火止用水(埼玉県新座市)

何だか、疲れた…。
社会の中で仕事をしていると、心が疲れてくることがある。そんな時は、1人で出かけることが多いけれど、ここ最近、何かとバタバタしていたこともあり、出かける時間も体力も余裕もなかった。
社会とかかわっていると何かと疲れることが多い。だから、人と関わらないで暮らしていけたら良いなと思うけれど、働かないとお金が無くなり生活していけなくなる。働かないで社会とかかわらずに暮らす、と言う選択肢は私には無い。心の中では「早く来い、来い、年金生活」と呟いているが、年金の受給年齢は上がるばかりで、下がる事は恐らくない。いや、絶対に無いだろう。私が年金生活に滑り込めるのはいつになる事やら。
心が疲れた時には自然の中に行きたくなる。人込みから離れて、人間関係から離れて、1人で旅に出かけたくなる。温泉宿に泊まってゆっくりするのも良いけれど、今の私は何かと忙しいし、温泉旅館に泊まるお金もない。時間もお金もない残念なおばさんは少しヤバイけれど、無い物は無い。近場で日帰り旅を楽しみたい。そう思っていると思い出した。行きたいところがあった。
ずーっと不思議に思っていた場所。野火止用水。

野火止用水(埼玉県新座市)
野火止用水(埼玉県新座市)

埼玉県新座市には市内を横断するように野火止用水が流れている。名前からは周辺に火事が起きた時に燃え広がらないように造られた水路のように感じるが、実は野火止用水が出来る前から野火留(現在の新座市野火止)という地域があり、その場所を流れる用水だから野火止用水になったとある。焼き畑農業の炎症を食い止めるために用水路(野火止用水)が造られたと書かれることもあるが、それは間違いであるとWikipediaにも書かれている。
野火止用水は見た目でも人工の水路であるのはなんとなく分かる。いつ、誰が、何のために造ったのか。その流れている場所の近くを車で通ることがあっても、その先はどこまで続いているのかと疑問に思っていた。そして、
「どうして、こんな長い用水路を水が流れ続ける事が出来るのだろうか?」
水が自然の力だけで流れ続けるには勾配が必要である。広大な武蔵野台地のこの辺りに大きな谷はなく広大な平野が広がっており、山のように盛り上がる場所は無いと人間の目には見える。そして、気付いた。
「そもそも、どっちからどっちへ流れている?」
広大な関東平野の中にある武蔵野台地は、関東平野を流れる多摩川と荒川に挟まれる場所であり、その二本の川をつなぐ様に野火止用水が流れる距離は25kmもある。その場所にいると人間の感覚では土地の勾配に気付かないので、どちらに流れているのかもわからない。そもそも、そんなことに疑問を持つ人も少ないのではないかと思う程の台地が広がっている。

山手線の主要ターミナル駅の1つである池袋駅から東武東上線の急行に乗ると、途中の駅を通過しながら住宅街を走り抜けていく。朝霞台駅でJR武蔵野線に乗り換えて新座駅より歩こうと計画したけれど、そのまま東武東上線に乗って志木駅から歩きはじめることにした。
志木駅南口から国道254号川越街道までの間の野火止用水は、現在では地下に埋められているが、その上は歩道に整備されていいた。歩道を歩いていると、古くからこの場所で農家をされているような大きな家が何軒も建っているのに気付く。日本で水道が普及するようになったのは戦後であり、その前では野火止用水を生活用水として使うように、この場所住んだのだろう。
国道254号川越街道を渡るころには野火止用水も地上に上がり、水が流れている。よく見ると、東京の方からから志木市へ向かって水が流れている。

庚申塔(埼玉県新座市西堀)
庚申塔(埼玉県新座市西堀)

野火止用水の水源は玉川上水。玉川上水は、江戸時代初期に江戸への上水道として造られており、現在の東京都羽村市で多摩川から取水されて新宿区四谷までの43kmを流れている。野火止用水は、小平市の西武拝島線・多摩モノレールの玉川上水駅近くで玉川上水より分水し武蔵野台地を流れ、埼玉県で新河岸川に流れ出ている。気持ちよく水が流れる野火止用水を眺めてみるが、この場所に勾配があるようには感じられなかった。でも、水は滞りなく流れている。

野火止用水は用水路に沿ってウォーキングを楽しめるように整備されている。途中には随所に説明版が立てられており、ベンチも整備されて休憩できる東屋もあり、休日にゆっくり自然を楽しみながらウォーキングするにはとても良い場所になっている。歩いていると、水道が無い時代にはこの水を生活用水に使うためにこの場所に住んだのだろう大きな農家が点々とある。現在でも、首都圏に近いこの場所で野菜を作られており、採れたての新鮮野菜がお買い得価格で売られている。今日は、まだまだ先まで歩く予定にしているけれど、あまりにもみずみずしい野菜と素敵なお値段に心が引かれて大きな大根と人参を買ってしまい、リュックに詰めるとパンパンになってしまった。そして、ずっしりと重くなった。でも、頑張って持って帰る。

平林寺堀
平林寺堀

空には雲があるけれど、雲の間から時折降り注ぐ日差しを感じながら武蔵野の雑木林の中を歩いて行く。冬の木々は寒々としているように見えるけれど、木の葉で日差しを遮られることが無いので暖かい。

お昼には少し早いけれど、ご飯食べようか。
今朝、久しぶりにカレーを作った。カレーは好きだけれど、家庭で作るカレーに入っているジャガイモが苦手なので、わが家でカレーを作る時にはジャガイモの代わりにブロッコリーやキャベツを入れている。野菜が柔らかくなるまで良く煮込むのがポイントであり、食べるとそれはそれで美味しいのである。しかし、年齢と共にカレールーの油で胃がもたれるようになってしまった。今日は、一日かけてウォーキングするので、運動すれば油は消費するだろうと、冷凍庫の片隅でミイラになりそうになっていた鶏肉を入れて作ったという訳である。温かいカレーとご飯をスープジャーに詰めて持ってきた。散策路脇のベンチに座る。お茶を飲んで一息つき、深呼吸をしてからカレーを頬張った。

おいしい。美味しい物を食べると心が嬉しいと感じる。美味しいって大切だ。景色を眺め、こんな近くに広大な自然が広がる場所があるなんて知らなかった。目の前を流れる野火止用水を眺めながら、非日常を感じてストレスまで流れていくように感じた。そして、春の木が芽吹く季節や、夏の日差しを遮るように木の葉が生い茂る季節、秋の紅葉等、どの季節も個性ある美しさがあるのだろうと思った。自然って美しい。また来たい場所に追加しよう。

野火止用水本流と平林寺堀分水点(新座市野本多:野火止用水史跡公園)
野火止用水本流と平林寺堀分水点(新座市野本多:野火止用水史跡公園)

野火止用水が流れるそばに平林寺というお寺がある。平林寺は13万坪(東京ドーム約11個分)の広さの臨済宗の寺院であり、境内林は武蔵野の面影を残す雑木林として、国の天然記念物に指定されている。江戸時代初期に埼玉県の岩槻市より移転されており、その際に野火止用水から平林寺堀が作られて水が流されるようになったとある。平林寺は野火止用水をつくった川越藩主松平信綱の菩提寺でもあり、松平信綱は野火止用水の源流である玉川上水を造る際の工事で総奉行を務めていた人物でもある。

雑木林を抜けてくると、用水は関越道の上を渡り住宅街に入っていく。交通量が多い地域の幹線道路脇で流れを絶やすことなく野火止用水は流れている。用水には鯉が泳いでおり、カモやサギまで見かけて少し驚いたけれど何だか楽しい。西武池袋線の踏切を渡ると清瀬駅がある。ここまで歩いた距離は10km。何だか、物足りなさを感じる。もう少し歩こうか。住宅街の中を走る道路脇を流れ続けている野火止用水に沿って整備されている歩道を淡々と歩いた。心が無になるような気がした。青梅街道を横断し、西武新宿線の久米川駅の近くまで来た。ここまで歩いた距離を確認しようとウォーキング中に使っているアプリを開いた。

そうだったのか。納得した。
野火止用水が流れ続けている理由は一目瞭然だった。

実際に歩いた約15kmの間で標高差が50mほどがあった。
実際に歩いた約15kmの間で標高差が50mほどがあった。

そろそろ帰ろうかと思った時に地元のお肉屋さんに目が留まった。今日の夕飯のおかずを買って帰ろうか。とんかつでも買おうかな。やっぱり、ハムカツかコロッケにしておこうか。

今回歩いたコース(東武東上線志木駅~西武新宿線久米川駅)約15km

ライター

東京都在住のおばさんです。子育てが落ち着いてきた頃より趣味で登山や街道歩き等を始めました。歩く旅は大変だというイメージがありますが、歩く事で解る楽しみもあります。実際に歩く旅をして、歩く旅の楽しさをお伝えしたいと思っています。

わか子の最近の記事