日本の戦国時代を見わたすと、徳川家康のように

大河ドラマの主役になるほどの“英雄”が語り継がれる一方

「〇〇は愚将だな」

「先代が築きあげた遺産を、台なしにした」

・・などなど。完全なるダメ武将の烙印を押されてしまう人物も、存在します。

その代表的な１人が、今川氏真(うじざね)。

父の今川義元も桶狭間の戦いで大敗したため、“愚将”評価を受けがちですが・・

それに輪をかけて、さんざんな評価をされているのが、息子の氏真です。

なすすべなく今川家を滅亡させ、かつて家臣も同然だった徳川家康とは主従が逆転。

その庇護に甘んじるばかりか、父のカタキである織田信長の前で、蹴鞠を披露。

恥も外聞もなく、強者に媚びるボンクラ息子・・というイメージが、定着してしまいました。

しかし彼は本当に、そのような人物だったのでしょうか？

この記事では、一般的な評価とは違う視点にスポットライトを当て

彼の名誉回復を、目指して行きたいと思います。

じつはひとかどの武将？

今も歴史ファンに大人気のゲームに、『信長の野望』というシリーズがあります。

作中では各武将に、様々な能力値が設定されているのですが、今川氏真は最低ランク。

たとえば“革新”というタイトルでは、おおよそ１００を最高基準として

武勇が６、知略が８という能力になっています。

ちなみに徳川家康は、武勇が８９で知略が９４。

あくまでゲーム内の設定ではありますが、戦いにも政治にも

もう笑うしかないほど、活躍のさせようがありません。

しかし、現実の氏真は、どうであったのでしょうか？

じつは、とうじ剣の腕前が日本でも最高峰の地位にいた

塚原卜伝(つかはら・ぼくでん)という人物に、剣術を直伝されています。

また当時、蹴鞠のウデも一流だった・・というと、

何だかお公家さんのお遊戯といった、イメージが浮かぶかも知れませんが。

権力者の前で披露するレベルとなれば、これは身体能力がずば抜けていなければ、

とても成し得ません。

では戦をしたら強かったのか？・・というと。

さすがに当時の猛将たちには及ばず、あまり戦果はあげられていません。

とはいえ、領地を武田家に取られたのちも、今川家の再興を目指して奔走。

何度も戦いに出陣しており、これは軟弱な人物に取れる行動ではありません。

また晩年は徳川家康と親交を深めたといい、もし氏真がただのダメ人物ならば、

天下人が、わざわざ相手にするはずもありません。

“英雄”とまでは言えませんが、それでも凡人と比べれば、十分にひとかどの人物であったと言えるのではないでしょうか。

今川様のお祭り

ちなみに、かつて今川氏の領地であった、静岡県の菊川市には「今川様」と呼ばれる

氏真をまつる、ほこらが残っています。

とうじ農業用水に困っていた領民たちに、今川氏真が水源を与え、感謝されたと伝わります。

この用水は今でも米作りに使われており、当地では毎年３月に「今川様のお祭り」が開催されています。

そもそも当主として尊敬されていなければ、このような名残りが伝わっているはずもなく

領主として良い政治を行っていた一端が、伺えます。

晩年の新たな人生

かつて平安時代、小野小町など超一流の歌人が“３６歌仙”と称され、人々に崇拝されました。

これに倣い江戸時代の初期、天皇がとくに優れた歌人を『集外(しゅうがい) ３６歌仙』として選びましたが、その１人に今川氏真の名もあります。

彼はもともと、たいへん教養の高い人物でしたが、そのレベルも当時の最先端でした。

晩年は自らを「仙巌斎」（せんがんさい）と名のり、文化人として、第二の人生を謳歌したのでした。

一時は３か国をも支配した、巨大勢力としての今川家は、たしかに彼の代で姿を消しました。

しかし徳川家と朝廷の橋渡し役といった役目もあり、以後は幕府の旗本に任じられます。

そして儀式や典礼を司る“高家”として、その子孫は代々、絶えることなく存続したのでした。

愚将？生き残りの勝ち組？

氏真が晩年に詠んだ歌として、こんな一首があります。

「なかなかに 世をも人をも 恨むまじ 時にあはぬを 身のとがにして」

戦国武将として、他大名に劣っていた。父の遺産を、無くしてしまった。

肩書きや名誉といった面で、彼はきっと生涯、悩みを抱えていたのでしょう。

しかし、かつて氏真が相対したのは、武田信玄や織田信長に、徳川家康・・。

けた外れの武将ばかりであり、その点はさすがに、擁護したい気持ちになります。

そして本人のいうとおり、生まれた時代が戦国でなければ、民衆想いのお殿様として

一族や領地を栄えさせた名君・・という評価をされたかも、知れません。

また冷静に考えれば、かつて強大だった武田家や北条家も、最終的には敗北して、

当主は自害させられているのです。

対して氏真は、７７才の天寿を全うし、一族も幕府の庇護のもと存続。

弱肉強食の時代を、うまく生き延びた人物と、十分に言えるのではないでしょうか。

イロイロな評価

歴史人物も戦国武将も、もちろん優れた人からザンネンだった人まで、

様々であったでしょう。

しかし、目立つ功績だけに着目し、黒か白かで評価するだけでなく

ひとりひとりの人生や行いには、色々な側面があったのだと。

そのように眺めてみるのも１つ、豊かなものの見方ではないでしょうか？

今、お読み頂いているあなたも、ぜひ彩り鮮やかな視点で、歴史を楽しんで頂けたら幸いです。

ここまでご覧いただき、ありがとうございました。