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認知症になっても何も諦めない――「その人らしい生活を送れる」介護への挑戦

伊納達也ビデオグラファー

「お世話する介護から、お年寄りを輝かせ、自分も輝く介護へ」
介護施設を利用するお年寄りに画一的に接するのではなく、一人ひとりのお年寄りの思いをくんで職員が寄り添っていく。そんな個別ケアを中心にしたやり方を「介護3.0」と呼び、全国に広めようとしているのが「介護クリエーター」横木淳平さんだ。「今までの介護はお年寄りが麻痺や認知症になると、何かを諦めないといけなかった。そこを、僕らがそれぞれのお年寄りにやり方を変えることで、何も諦めずに、その人が輝いていた頃のまま生活しましょう、と」。そんな信念を胸に活動する横木さんがめざす新しい介護とはどのようなものなのか。千葉県の施設で、その実践を追った。

●「その人らしい生活を送れる」介護施設づくり

老人ホームに入居しているお年寄りがある日、「自宅に帰ろう」と施設から歩いて出て行った。車で探しに出かけた介護士が、路上でお年寄りを見つけたら、どうするか。すぐに施設に連れ戻すのが、普通の対応かも知れない。だが、横木さんは、そうはしない。車に乗せ、おしゃべりをしながらお年寄りを自宅の前まで連れて行く。そのうえで「ドライブして帰ろうか」と施設に戻る。これが「介護3.0」のやり方だ。

横木さんは、2015年から初代施設長を務めた栃木県下野市の有料老人ホーム「新(あらた)」で、こうした介護を実践してきた。職員や運営上の都合で食事や入浴などのタイミングを決め、マニュアル的な介護を行うのではなく、入居者それぞれの意思やタイミングに職員が合わせていく。あくまでも主体は入居者だ。

従来の介護を「介護1.0」とすれば、ロボットやAIなどのテクノロジーで現場の問題を解決しようとするのが「介護2.0」。その先にあるのが、その人らしい生活を維持し、個人と向き合う「介護3.0」だと横木さんは考えている。

横木さんの活動の原点は、専門学校在学中に実習先の介護施設で見た光景にある。「ガラス張りの部屋でツナギを着たおじいさんが寝ていて、そのツナギには鍵がついていたんです。何の鍵かなと思ったら、おむつを自分で勝手に外さないようにつけられたものでした。今ではもうそんな施設はないとは思うのですが……」

閉鎖的で無機質な施設。みんなが同じ時間に起きてご飯を食べ、歌遊びをする。同じ時間に「昼寝」という名のおむつ交換タイムがある。そんな機械的な介護が当たり前となっている状態に衝撃を受けた。それからは、それぞれのお年寄りが自分らしく生きられる介護をしようと心に決め、活動してきた。

介護施設を運営・管理しやすくするために作ったシステムにお年寄りをはめ込むのではなく、お年寄りごとに異なる「自分らしい生活」を送ってもらうことを手助けする。お年寄りが満足し、介護士も「働きがい」を見いだすことができる介護。それを作ろうというのが横木さんの思いだ。

●「介護3.0」を日本中の介護現場へ

2021年2月。横木さんは「新」の施設長を辞め、「介護クリエーター」という肩書きで独立することを決めた。自分が作り上げてきた介護スタイルをひとつの施設で実践するだけでなく、より多くの介護現場に広めるためだ。

独立後、「介護3.0 本質をつかむ捉え方」という書籍を出版したり、各地で介護教室や講演会を開いたりしていたところ、「うちの施設をコンサルティングしてほしい」との依頼が届いた。千葉県木更津市の「もくもくの里」という施設からだった。

「もくもくの里」は千葉県君津市の住宅メーカーが運営する高齢者ホームだ。メーカーとして築いた住環境づくりのノウハウを生かして、入居者が幸せな生活を送れる施設を作りたいという発想から始まった施設だ。ただ、介護経験のある職員を集めてはみたものの、初めて参入した介護の世界で高い理想をなかなか実現できない悩みを抱えていた。

そんな時、横木さんの著作を読んだもくもくの里の専務である山根嘉護さんが「自分たちが目指している介護はこれだ」と感じ、横木さんに連絡をとった。

●横木さんともくもくの里の挑戦

2021年11月、もくもくの里で毎月2回の横木さんのコンサルティングが始まった。その中で、スタッフ一人ひとりに自分が実現したい介護のビジョンをプレゼンしてもらうことがあった。それぞれが目指したい場所を確認するためだ。「人生の楽しみ方をお年寄りとスタッフが一緒に考えられるような場所にしたい」「挑戦する心を感じられる場にしたい」。スタッフの口からは、介護への熱い思いがあふれてきた。

横木さんはこう感じたという。「大変な現場と言われる介護の世界の中でも、もくもくの里のスタッフのように熱い思い持って働いている人も多い。なんなら僕より熱い思いがある人もいる。だったらできるようにしましょうよ!というシンプルな話。目指したいことが実現できるシステムや仕組みを一緒に作っていきたい」

そこから具体的な取り組みが始まった。日常業務を整理・効率化して、お年寄りと向き合う時間を作る。スタッフの控え室を解体し、お年寄りとスタッフが一緒に過ごせるリビングに作り替える。こうした取り組みが、次々に実行に移されていった。

あるスタッフは横木さんがやってきてからの心境の変化をこう語る。

「こんな介護をしたいという理想がありながらも、介護の仕事を長く続けていると日々の業務に追われて、気がついたら自分たちの都合を先に考えてしまっている部分があった。横木さんと話をしていく中で、この仕事を始めた頃は『そのお年寄りはどんなことをしたいんだろうな』ってもっと考えてたことを思い出しました」

別のスタッフはこう話す。

「理想と現実があって(理想的な介護のために)『じゃあそれをやってみよう』となっても、『いやこういうリスクがあるよね、これはちょっと危ないよね。どうする…?』という話で終わってしまうことが多かった。その理想に、誰かポンって突き抜けて向かっていく人がいなかった。横木さんが来て、その扉を開けてくれたような感覚はあります」

2022年2月、もくもくの里で、終末期と診断された入居者がいた。介護士は「最後のお風呂になるかもしれない。湯船に入ってほしい」と思うが、本人は入りたがらない。そこで、横木さんが入浴させてみることにした。「きょうはぼくら2人っきりなので、体なんか洗わなくていいですから」。横木さんはこう話しかけながら、お年寄りの体を支え、少しずつ体をお湯にひたしていく。「こんないい風呂は初めてです。あがって一杯飲んだら最高だ」。こう喜ぶお年寄りに、横木さんは「風呂上がりは飲むに決まってますよね」と返す。それが人生で最後の入浴になった。

どうして湯船に入れることができたのか。横木さんは「その方のタイミングにあわせて動くことが大切だ」と説明する。職員のタイミングで立たせたり、動かしたりするのではなく、介護される側のタイミングをサポートすることで、痛みも少なく、快適に動いてもらうことができるのだという。

●「圧倒的な個別ケア」に向けて

横木さんが提唱する「介護3.0」では、「圧倒的個別ケア」が求められる。画一的ではなく、介護される側のタイミングにあわせ、個々に向き合った介護を徹底的に行うということだ。

個別ケアは「入居者が幸せに生きられる施設を作りたい」という、もくもくの里の目指すところと一致する。「圧倒的な個別ケア」実現のための一歩として、もくもくの里ではひとりの入居者にそれぞれスタッフがつく「担当制」が導入されることになった。
「日々の業務に追われていると、なかなかお年寄りに向き合うという時間が取れないという固定概念が生まれてしまう。まずは担当者を決めることで、『私はこの人をみるんだ』という意識を持ってもらう」と横木さんはその狙いを語る。

2022年秋から、月に1度、お年寄りと担当者が一緒にお出かけする「個別外出」も始まった。
9月のある日、マイナポイントをもらいにいくためにお年寄り2人と担当者が車でショッピングモールまで外出した。「去年まではこのへんまで歩いて来てたんだけど、最近はちょっと無理ね」と1人のお年寄りは話しながら、モール内のパン屋さんで好物のパンを嬉しそうに購入していた。

「月に1回、ちょっとでも時間を作ってその人がやりたいことをかなえることによって、無理だと思っていたことを『できる範囲ならできるんだ』に変えていく。それによって新しいことにチャレンジする現場の文化がつくっていける」と横木さん。

● お世話する介護から、自分も輝く介護へ。
横木さんが提唱しているのは、お年寄りにとっていい介護ができるかどうかだけではない。それを実践することで、スタッフもまた輝ける介護だ。

高齢化が急激に進む日本社会では、介護の需要と重要度はこれからさらに増していく。一方で、介護職は必ずしも人気職ではないという現実がある。お年寄りを輝かせることが自分のやりがいにもつながっていく。そんな魅力のある職業にしていくことを、横木さんはめざしている。

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クレジット

監督/編集;伊納達也
プロデューサー:前夷里枝
撮影:伊納達也、イザギレ・ファビアン、伊納華
施設内シーン撮影:横木淳平さん
Special Thanks :もくもくの里スタッフ・入居者の皆様、有料老人ホーム新のスタッフ・入居者・ご家族の皆様、横木淳平さん、篠崎一弘さん、青柳徹さん、市村厚子さん

ビデオグラファー

inahoFilm代表。栃木県鹿沼市を拠点に、スポーツや教育など様々な分野で「挑戦する人々」を描いたノンフィクション映像の制作に取り組む。

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