ショートフィルム

アフリカの「ほんだし」を探し出せ!ナイジェリア納豆と格闘する日系食品メーカーのうま味ハンター

岸田浩和

ドキュメンタリー監督

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アフリカ・ナイジェリアで各地を旅し、現地の文化に根ざした調味料を「自分自身の味覚で確かめ」ながら、製品開発に奮闘する日本人がいる。
「こっちに赴任してからは、極力日本食は口にしないようにしているんですよ」ナイジェリア最大の都市ラゴスの屋台で、現地人と一緒に甘ったるいミルクティーを飲みながら話すのは、小林健一さん(53)。

国内大手食品メーカー「味の素」の駐在員として、3年半前から現地の子会社に籍を置き、商品開発に携わっている。同社は、世界各国に流通するうま味調味料「味の素」で有名だが、約3年前から現地向け商品の開発にも積極的に取り組んでいる。
現在、伝統調味料をベースにした全く新しい商品の開発が最終段階にあり、今年中にお披露目される予定だ。

<商品開発の秘策>
ナイジェリアの開発責任者を務める小林さんは、現地スタッフらとともに、新商品を考える中で、ナイジェリア人スタッフと自分の味覚の違いを感じていた。ナイジェリア人と日本人の嗜好の違いには大きな隔たりがある。「現地の人がおいしいと感じる味を、自分自身の味覚で確かめたい」と考えた小林さんは、試行錯誤の末に自分の味覚をナイジェリア化させることに挑戦する。

「一見、ナイジェリア人と日本人の味覚は大きく異なっているように見えますが、舌の構造自体は同じです。育ってきた食文化が違っても、ナイジェリアの料理を一定期間食べ続ければ、日本人でも現地のおいしさを感じられるようになるはずなんです」と小林さん。

一般的なナイジェリア料理といえば、プランテーンと呼ばれる食用バナナをパーム油で煮込んだ料理や、茹でて餅状にしたヤムイモを唐辛子のたくさん入った肉入りのスープと食べる料理など、日本ではどれも馴染みのないものばかりだ。

日本人だけでなく、多くの海外赴任者が、自国と大きく異なるナイジェリアの食文化に苦戦するなか、小林さんは進んでローカル食材を口にしながら、舌の現地化を行っていく。

<大きくて難しいナイジェリア市場>
ナイジェリアは、日本の2.5倍の面積をもち、人口1.9億人を擁するアフリカ随一の大国だ。平均年齢が若く2050年には、中国とインドに次ぐ世界3位の人口に成長すると目されている。食品メーカーにとっては、非常に魅力的な市場だ。

同社のナイジェリア進出の歴史は古く、1991年に遡る。現在ではナイジェリア国内に30以上の支店を展開し、1000名以上のローカルスタッフが販売網を構築している。

ナイジェリアは、250以上の民族と部族が居住する多民族国家の側面もある。地域ごとに言語や食文化の違いがあり、ビジネスにおいても、同じやり方で通用しない難しさがある。

また、ナイジェリアは原油の埋蔵量と輸出量で、世界トップ10に数えられる産油国だが、他の産業が乏しく、不安定な原油価格の影響を受けやすい。原油価格が下落傾向にあった近年は、貿易赤字に陥り、深刻な外貨不足から、様々な輸入商品が軒並み高騰した。原料を国外から輸入する味の素の生産にも、大きな打撃となった。

不安定な原油価格や為替の影響を受けず、安定したビジネスを考える上でも、ナイジェリア国内の原料を使った、オリジナル製品の開発は急務であった。

<なぞの調味料の正体>
開発担当の小林さんが注目したのが、地域ごとに異なるローカル調味料の存在だ。同社をはじめ、多くの外国企業が様々な銘柄の調味料を流通販売させている現在でも、市場に足を運ぶと現地の原料を使ったローカル調味料を目にすることが出来る。

ある日、南東部エヌグ地方出身のスタッフが、一般家庭で根強く使われている発酵させた豆の調味料の存在を小林さんに伝えると、小林さんは現物を見ようと早速現地に行く準備に取り掛かった。地域特有の調味料の生産現場を訪れ、現地の人々が愛する「うま味」の正体を探ることが目的だ。

スタッフらとともに訪れた先は、椰子の生い茂る森の中の小さな集落だった。ここで暮らす主婦たちが作る伝統調味料とは、茹でた豆を庭先のバナナの葉に包んで数日間寝かせて発酵させた、豆のペーストだ。小林さんたちが、このペーストを手に取り、小さな塊を味見する。

「あー、これ納豆だ」香りや糸を引く様子は、日本のそれそのものだ。この地域では、発酵して出来た納豆をグラインダーですりつぶし、親指大のキューブ状に丸めて干して使うのだそうだ。

アフリカの納豆を使ったスープを口にした小林さんは、この地域で愛されるふるさとの味の正体を舌でさぐり、アミノ酸由来の深いうま味を感じとる。豆が発酵する過程で、タンパク質が分解されアミノ酸が形成されるのだ。グルタミン酸ナトリウム単体のうま味とは異なる、複雑に絡み合ったあと引き感のあるコクが生まれている。

いまも民家の軒先で作られるこの納豆のような調味料は、ナイジェリア南東部の多くの食卓で親しまれている。アフリカ各地で、似たような仕組みのうま味調味料が、古くから作られているという。一方で、ハエが飛び交う庭先での作業は、衛生面の問題を抱えている。また、約5日間を要する発酵工程や豆剥き作業は、主婦たちの大きな負担にもなっている。

この国も発展とともにライフスタイルが変化し、伝統的な調味料や食材は、便利で手軽な海外製品に置き換えられる傾向にある。小林さんは、開発のモチベーションのありかを「ただ、新しいものに置き換えるのではなく、地域に根付いた食文化を生かしながら、現在の課題を改善できるような商品を作りたいんです」と話してくれた。

<私たちの新しい戦い方>
世間では、次の経済発展の中心は、アフリカだと叫ばれて久しい。だが、アフリカ随一の人口と経済規模を誇こるナイジェリアは、情勢不安やアフリカ特有の商習慣が足かせとなり、多くの進出企業がビジネスで苦戦している現実もある。

そうした中、賄賂やアンダーテーブルの交渉に長けるインドや中国の企業が、2000年頃から続々とナイジェリアにも進出し、様々な産業分野で急速に勢力を伸ばしている。

高度成長の終盤やバブル期を知る小林さんは、日本企業や製品が世界でナンバーワンともてはやされた時代を体験している。「もう一度、日本企業があの頃の勢いを取り戻すのは難しいかもしれませんが、日本人が得意な戦い方で、他の外国企業と差別化することは出来るはずです」と小林さんは話す。

新興国の日常にある課題を、商品を通じて解決するアプローチは、泥臭い市場調査と繊細な開発力が要求される。小林さんが注目した、納豆由来の伝統調味料が商品化されれば、ナイジェリア国内でも類をみない商品になる。

アフリカでは、さまざまな豆を使った発酵調味料が各地に存在するという。今回の商品がうまくいけば、日本のほんだし、欧米のコンソメ、中華圏の鶏ガラに匹敵するような、現地由来の天然だしが、流通商品としてアフリカ全土の食卓にひろがる可能性がある。

今年の8月末には、アフリカ開発会議(TICAD)が、横浜で開催され、アフリカ主要国の首脳陣が大勢来日する見込みだ。ホスト国を務める日本には、アフリカだけでなく世界各国から注目が集まる。こうした節目の年に、日本企業がアフリカ由来の天然調味料を現地で製品化することのインパクトは大きい。

現地の食文化への徹底したリスペクトを貫く小林さんたちの姿勢は、日本企業がアフリカで存在感を示すための突破口となるに違いない。

受賞歴

第10回 ニューヨーク市フード映画際 2016/最優秀短編賞・観客賞
第06回 京都国際インディーズ映画祭 2012/グランプリ

クレジット

プロデューサー  金川雄策
監督       岸田浩和
撮影       岸田浩和
編集       井出麻里子、岸田浩和
制作       Documentary4 inc.    
謝辞       Nomad Tokyo,WEST AFRICAN SEASONING COMPANY LIMITED

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