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「貧困から脱出できる選択肢を作りたい」ナイジェリアサッカーチームが国際大会目前に流した涙

岸田浩和ドキュメンタリー監督

努力は報われるというのは嘘なのか――。2022年秋、ナイジェリアのサッカー少年15人は、思わぬ知らせに肩を落とした。欧州での大会に出場するために必要なビザの発給が、不許可になったのだ。15人は、欧州でのプレーを夢見て3年間、血のにじむような練習を積み、300人以上の中から勝ち上がってきた選抜チームのメンバーだ。欧州以外からの参加チームで、ビザが下りなかったのはナイジェリアチームだけ。理由も分からずに夢を絶たれ、涙する選手たち。遠く離れた東京にも、彼らとともに悔し涙を流す日本人の姿があった。

■スラムに誕生したサッカークラブ
話は2019年4月にさかのぼる。ナイジェリアにあるアフリカ最大の都市ラゴスのサッカーグラウンド に、300人ほどの小学生が集まっていた。そこに現れたのは、市内のサッカークラブ「イガンム・タイガーFC」のオーナーで在日経験のあるエバエロ・アバヨミさんと加藤明拓さんだ。 エバエロさんは、少年たちに「この中から、日本の大会に選手を連れて行く。約束する!」と大きな声で宣言した。それを聞き歓声を上げたのは、大阪で開かれる国際サッカー大会に出場が決まった「ナイジェリア選抜」の入団テストに集まった少年たちだ。

ラゴスのイガンム地区で育ったエバエロさんは2004年、 22歳の時に親戚を頼って来日した。建設現場や警備員の仕事をかけ持ちしながら日本語を勉強し、奨学金を得て東海大学の体育学部に進学。スポーツマネジメントを学び、留学生の首席 で卒業した。

エバエロさんは2016年、故郷のイガンムに念願だったサッカークラブをつくる。集まったのは親戚や顔見知りの子どもたち約20人。グラウンドもクラブハウスもない、貧困地域の草サッカーチームそのものだ。だが、エバエロさんには「海外リーグで活躍できるような選手を輩出したい」という構想があった。

エバエロさんが育った貧困地域には、ドラッグや犯罪は身近にあっても、仕事の選択肢はほとんどなかった。貧困からなんとか抜け出そうと日本に渡ったエバエロさんは「大変だったけど、チャンスがあったから、頑張ることができた」と振り返る。「故郷の仲間とも、頑張れば道が開けるという希望を共有できれば」と考えるようになったエバエロさんが出した答えが、サッカークラブだった。サッカーを通じて、貧困から脱出できる選択肢を作ること。それがエバエロさんの思いの根底にある。

だが、クラブ経営の経験もなければ、海外チームへのつてもない。そんな折、カンボジアでプロサッカークラブを経営する一人の日本人が、SNSで目に止まった。それが「アンコールタイガーFC」を経営していた加藤さんだ。エバエロさんがメッセージを送ると、「会って話しましょう!」とすぐに返信が来た。翌日に東京の八重洲で会った 2人は意気投合し、翌月にはナイジェリアへ渡航することになった。

加藤さんは高校のサッカー部でインターハイ優勝を経験し、優秀選手にも選ばれた。これを機に興味を持ったのが、サッカークラブの経営だ。選手として世界のトップに立つのは難しくとも、世界一のクラブを経営し、世界一の選手を輩出することには可能性があると考えたからだ。

その夢を実現するため、大学卒業後に入社したコンサル企業でスポーツマネジメント部門を立ち上げた。役員に就いた後、31歳で独立。その後、カンボジアで経営不振に陥っていたプロサッカークラブを買い取り、わずか5年で観客動員数リーグトップを記録する有力クラブへと立て直した。

加藤さんは、高校生時代に突然父を亡くした経験を持つ。直前まで元気だった父が、突然病に倒れ、55歳で急死したのだ。大きな喪失感を感じると共に、人の人生が突然終わりを迎えることを知る。人はいつ死ぬかわからない。「後からやろう」や「準備が整ってから始めよう」では、どこにも到達できないという危機感を感じたのだ。

こうした経験が元で、世界一のプロサッカークラブの経営とナンバーワン選手の輩出と言う目標に向かって、周囲が驚くような行動をとり続けることとなる。エバエロさんに会い、スラムに誕生したサッカークラブの話を聞いた加藤さんは、大きな可能性を感じる。

■「埋もれた」才能 海外で示す大きなチャンス
アフリカ最大の人口と国内総生産を誇るナイジェリアでは、サッカーの人気が高い。「人口2億人の半数の1億人が20歳以下の若者で、その半分の約5000万人が男性の人口です。そのうちの半数が、なんらかの形でサッカーに触れているとするなら、2500万人以上の競技人口があると仮定できるんです。この層の厚さは、圧倒的なポテンシャルです」と加藤さんは話す。

一方で、社会全体に賄賂や金権主義が横行して、治安も不安定。サッカーに関しても選手の発掘や育成の仕組みが機能していないという。エバエロさんは「有力者のコネや賄賂がないと、ナショナルチームの選抜合宿にはなかなか呼ばれない。そもそも、身体能力が高くても、経済力がないとよい指導者やまともなグラウンドのある環境にはたどり着けないから、才能が埋もれたままだ」と嘆く。「これを変えたい。だから、イガンム・タイガーFCを作った。まずは自分のクラブで、地域に埋もれている選手を発掘して育成し、海外の大会や合宿に参加させて、チャンスに接触させていくのが当面の目標だ」

2019年2月。ついに大きなチャンスが巡ってきた。大阪で開催される12歳以下の国際大会「ワールドサッカーチャレンジU12」の主催者から、アフリカ枠での出場打診が来たのだ。加藤さんたちは2つ返事で快諾。クラブは明るい雰囲気に包まれた。同時に、選手にチャンスを与えることの困難さを身に染みて味わうことにもなった。アフリカから少年の集団を海外に渡航させるには、人身売買の懸念がないことを証明するためにビザ取得の審査が極めて厳しいことがわかった。 選手は誰一人パスポートなど持っていない。貧困地域に暮らす選手たち故、パスポートを取得しようとすると、戸籍の届けから行う必要のある選手も中にはおり、渡航の準備は混乱を極めた。さらに、航空券代だけで450万円もの費用がかかる。

こうした困難を乗り越え、日本に到着したナイジェリア選抜の14名は8月30日、大阪府吹田市のグラウンドで初戦を迎えた。相手は、Jリーグ湘南ベルマーレのユースチームだ。「優れた指導者や練習環境をもつJリーグのクラブと、ナイジェリアの少年たちはまともに戦うことができるのだろうか?」。加藤さんやエバエロさんのこんな不安をよそに、ナイジェリア選抜は試合終了まで衰えない豊富な運動量や長いリーチを生かし、2対0で勝利。その後も破竹の勢いで勝ち進み、ベスト8ではドイツの強豪バイエルンミュンヘンを打ち破った。大会前には全く無名だったナイジェリア選抜は、決勝に進んだのだ。

9月1日。決勝戦のスタンドに駆けつけた観客や前日までの対戦相手はみなナイジェリアチームに声援を送っている。ピッチに現れたナイジェリア選抜の選手たちは、スタンドに右手をあげ声援に答えている。エバエロさんは選手たちの後ろ姿を見ながら「夢みたいだけどこれは現実。うれしい」と喜びをかみしめた。

ナイジェリアの選手はみな貧困地域の出身で、海外はおろかラゴス州から出ることもなかった少年たちだ。海外での試合は一生に一度あるかないかのチャンス。ここで勝つことによって、得られるチャンスと切り拓かれる未来の重みは、誰よりも知っていたに違いない。

そして見事、優勝を飾る。

加藤さんは「彼らは小さなチャンスを大切に生かして、世界に通用することを自分たち自身で証明しくれた」と選手をねぎらった。この快挙は、ナイジェリアのサッカー関係者に衝撃を与えた。それがさらに大きなチャンスにつながっていく。

■閉ざされた欧州への道
2022年秋、エバエロさんと加藤さんが率いるイガンムタイガーFCは、さらに大きな挑戦に踏み出す。日本の大会で優勝したU12のメンバーを中心に、欧州で開催されるU16クラスの大会出場をめざすことにした。U12大会の実績があるため、強豪クラブが集まる大会にも参加が認められるようになったのだ。

U16大会をめざすには大きな理由がある。サッカー選手が国際移籍できるようになるのは18歳以上から。このため欧州の有力クラブのスカウトは16〜17歳の選手が集まる大会に目を光らせている。欧州での大会でいいパフォーマンスができれば、有力クラブへの移籍に道が開けるのだ。

加藤さんたちは、10月にイタリアで開かれる大会にエントリーし、着々と準備を進めた。選手選考には300人が参加し、15人の選抜メンバーが決まった。その3分の2は、U12大会を経験したメンバーだ。

渡航の準備が進む中で加藤さんたちを悩ませる問題が浮上した。EUが ビザの発給条件を厳しくしているというのだ。報道によれば、アフリカや中東から非正規の渡航者や不法就労者が増えていることが背景にあるという。選手たちが夢の舞台への挑戦に向けた練習に力を入れるその裏で、スタッフたちはビザの取得に奔走していた。

出発前日の夕方に、「ビザが発給されそうだ」との連絡が届き、関係者全員が胸をなで下ろした。ところが当日の朝になり、現地スタッフから東京の加藤さんのもとに 「ビザの発給が却下され、渡航できなくなった」と電話が入った。

夜8時。都内の公園の薄暗いベンチに、加藤さんは腰を下ろしていた。「今頃は、試合に向かうフライトの上にいるはずだったんですが」。右手のスマホの画面には、ビデオ通話でつながった選手やエバエロさんの姿が映っていた。

「みんな、ショックで泣いてた」とエバエロさん。続いて主力のダヨ選手が画面に現れた。「今回の大会に出て活躍して、海外リーグでプレーするチャンスが欲しかった」。言葉の端々に悔しさがにじみ出ている。そんな選手たちの話を聞きながら、加藤さんは何度もうなずいた。

「世界のサッカー選手たちは、1つのボールとルールの前に、みな平等であると思っていましたが、そうではないんです」と加藤さん。「日本にいると、なかなか感じることができないのですが、世界を見渡すと、こうした不公平があることに気づきます」

「今回は、選手たちがナイジェリア人であることの現実を突きつけられました。たくさんのお金を使って、一生懸命頑張ったのに、スタートラインに着くことができませんでした」

自分たちだけではどうしようもできない壁にぶちあたった2人は、これからはどうするのか。エバエロさんは「あきらめたくない。パワーが入った。もっと頑張ります」と話す。加藤さんも、エバエロさんに呼応するように、こう力を込めた。
「だからこそ、何度も何度も挑戦するんです」

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本作品は【DOCS for SDGs】にも掲載されております。
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受賞歴

NYC FOOD FILMFESTIVAL 2016 最優秀短編賞、観客賞

クレジット

ディレクター  :岸田 浩和
プロデューサー :井手 麻里子
企画・撮影・編集:岸田 浩和
撮影      :丹波 督 

ドキュメンタリー監督

京都市出身。立命館大学、ヤンゴン外国語大学、光学メーカーを経て、ドキュメンタリー制作を開始。2012年に「缶闘記」で監督デビュー。2016年の「Sakurada,Zen Chef」は、ニューヨーク・フード映画祭で最優秀短編賞と観客賞を受賞した。2015年に株式会社ドキュメンタリー4を設立。VICEメディア、Yahoo!ニュースほか、Webメディアを中心に、映像取材記事を掲載中。シネマカメラを用いたノーナレーション方式の制作が特徴。広告分野では、Google、UNICEF日本協会、妙心寺退蔵院などのプロモーション映像制作に携わる。関西学院大学、東京都市大学、大阪国際メディア図書館で講師を務める。

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