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【富田林市】錦織公園内にあるもうひとつの古墳「南坪池古墳」はどこにあるの?人知れず森の中にある?

奥河内から情報発信

奥河内地域文筆家(河内長野市・富田林市)

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富田林市内には数多くの古墳が発見されていますが、宅地造成により消滅したもの、保存されているものなどいろいろです。

ところで、幸いなことに取り壊されずに残ってはいますが、その存在があまり知られていない古墳が錦織公園内にあることがわかりました。それは南坪池(みなみつぼいけ)古墳です。

富田林市内遺跡群発掘調査報告書にある市内遺跡分布図の一部抜粋
富田林市内遺跡群発掘調査報告書にある市内遺跡分布図の一部抜粋

最近は情報が独り歩きして、実在しない、あるいは実在しているかどうか不明なものが、あたかも存在するかのように、ネット上に掲載されていることがあります。

しかし、画像の富田林市内遺跡群発掘調査報告書にある市内遺跡分布図を見ると、143番目の遺跡として「南坪池古墳」の名前が明記されており、この古墳が実在していることがわかります。

位置関係を調べてみると上の地図の通り。南坪池古墳は錦織公園の北東の位置にあるようです。

「あるようです」と書いたのは、驚いたことに、錦織公園の公式な地図などではこの古墳の存在についての表記がまったくないからです。

堂ノ山古墳
堂ノ山古墳

同じ錦織公園内の古墳でも、道標が示され場所もはっきりとわかり、説明版が付いていて、かつ古墳のすぐそばまで行ける堂ノ山古墳とは対照的な扱い。これは本当に不思議ですね。

航空写真でも見てみましょう。国道170号線バイパス(大阪外環状線)のすぐ左側にあります。これ自体は多くの古墳も羽曳野丘陵の斜面にあるので不思議ではありません。

堂ノ山古墳も同じようなところで、南坪池古墳より南側にあります。

錦織公園の公式サイトからダウンロードできる地図の一部です。南坪池古墳のことはいっさい触れられていませんが、位置としては②と③の間、尾根の花径から五ツ辻の途中にある、すすきの丘と書かれているあたりと思われます。

航空写真でヒントになるものを見つけました。高圧鉄塔です。南坪池古墳に行くためには、まずこの高圧鉄塔を目指せばすぐ近くに行けることがわかります。

ということで、南坪池古墳を目指して歩いてみることにしました。

最初に半月池と呼ばれているところに行きました。この池から登りの坂道があり、上がりきったところに高圧鉄塔があるはずです。

こちらが池の横から続いている登り道。公園のマップで「はんのき坂」と、呼ばれているところでしょうか?

公園内の遊歩道なので、道はしっかりしていますが、それでも登り切るのは一苦労。

登りきったところが尾根の花径です。そこから右手を見るとありました。南坪池古墳のすぐ近くにある高圧鉄塔です。

このように尾根の花径には道標がありますが、やはり南坪池古墳のことは書かれていませんね。

高圧鉄塔の横から、尾根の花径を五ツ辻に向かっていきましょう。予想ではこの途中に、南坪池古墳が見えるはず。

古墳がある方向で、少しでも気になる所があればこうやって撮影していきました。後で見て、それらしいものがないかチェックするためです。

といっても、道標もなく古墳の前には表示板もないので、もしそれらしいものがあってもその場所であると言いきれないところが残念なところ。古墳として富田林市が認知しているだけに、何も表示がないのが不思議です。

途中で中に入れそうな細いけもの道のようなものがあったのですが、ここに入る勇気はありません。

実はこのように突然深い谷になっているところがあって、誤って足を滑らせると危険です。公園といっても錦織公園は元々あった羽曳野丘陵の自然を生かして作られているので、今もこういうところが残っているのでしょう。

安全のために、安易に遊歩道として決められているところ以外は立ち入らないのが無難ですね。

逆に、なんとなくですが、南坪池古墳の存在をあえて表記していない理由がわかりました。南坪池古墳の周りは地理的に危険で、整備も出来なさそうなので、わざと存在を示さないようにしているのではと。

いくつか写真を撮りましたが、その中で他のサイトで南坪池古墳として紹介されていた画像に近いのがこちらです。ここが南坪池古墳の可能性が高そう。

もちろん説明版もないので、確証しているわけではありません。あくまで特定されている場所に非常に近いところにあった、人工的に見える盛り土だということです。

南坪池古墳そのものの情報では、7世紀後半(白鳳時代)に造られた方墳で、一辺15m、高さ1.7mあり、花崗岩の切石を積み上げた横穴式の石室であるとか。

また発掘で遺物も出土されており、須恵器(すえき)、凝灰岩(ぎょうかいがん)の小片、同心円文(どうしんえんもん)を有する小片、瓦質土器(がしつどき)が出てきたとありました。

また、かつて羽曳野丘陵の下にあった錦織遺跡の廃寺「錦織廃寺、細井廃寺」の瓦と焼成・施文・技法が共通のものである同心円叩き目文(どうしんえんたたきめもん)が入った瓦の破片も見つかったそうです。

廃寺と言えば富田林駅近くにある新堂廃寺を思い出しますが、古代のこの地域には多くの寺があったんですね。

気になる埋葬者ですが、古墳が造られたという当時、このあたりは錦織郡百済郷(渡来人系の居住地?)と呼ばれていたそうなので、それに縁のある人、特に錦織、細井の両廃寺と関わりがあった人ではと考えられているそうです。

ということで五つ辻のあたりまで来ました。ここには休憩スペースがありますね。さて真ん中の地図では、きつつきの森となっています。

まるで抹消されているように見えて、存在は確認されている南坪池古墳。今も取り壊されることなく錦織公園内に残り、キツツキが静かに暮らしていそうな森の中にひっそりとあるようです。

南坪池古墳
住所:大阪府富田林市錦織 錦織公園内
アクセス:近鉄滝谷不動駅から徒歩30分、南海金剛駅から徒歩45分

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